夏の思い出

楠秋生

特別な夏休み

 もうすぐ特別な夏休みがやってくる。僕はお父さんの話を聞いてから、楽しみで楽しみでしかたなくなっていた。


 その話を聞いたのは、まだ梅雨が明ける前の蒸し暑い日曜日の午後だった。外はしとしと雨が降っていた。ゲームにもあきてぼーっとソファーでテレビを眺めていた僕の隣に、お父さんが座った。


「聡。夏休みのことだけどな」


 それだけ言ってお父さんが続きを言わないから、僕は不思議に思って前に聞いてたことを確認した。


「お母さんと二人で加奈おばあちゃん家に行くんでしょ?」


 お母さんのお腹には僕の弟か妹がいて、七月の終わりに生まれる予定だった。だから、夏休みに入ったらすぐに、隣の県のお母さんの実家の加奈おばあちゃん家に行って、夏休みが終わるまでそこで過ごすことになっていた。


「うん、それなんだけど。聡、一人で田舎のじいちゃん家で過ごすのは無理か?」

「え? 僕一人で行くの?」

「行きと帰りは、父さんが送り迎えするよ。それからお盆休みにもいつも通り五日ほど行くけど、どうかな?」


 毎年お盆の間しか行かないじいちゃん家。周りには田んぼや林があって、虫もいっぱいいる。すぐ近くにいとこの家もある。断然そっちの方が楽しいに決まっている。 

 じいちゃんはちょっと厳しいところもあるけど面白い話をしてくれるし、去年教えてもらった将棋の相手もきっとたくさんしてくれるだろう。喜代ばあちゃんはおっちょこちょいだけど、お母さんみたいにあれこれ口うるさくない。

 加奈おばあちゃんも好きだけど仕事をしているから、お母さんと赤ちゃんがいたら僕の相手をしている時間はきっとない。


「行く行く!」

「父さんも母さんもいないけど、大丈夫か?」

「へっちゃらだよ。それより、お母さんはいいって言ってるの?」


 心配性のお母さんは、僕が一人で行くのをオッケーしてくれるのかな。


「先にお前の意見を確認したんだ。母さんにはこれから言うよ」


 この後、お母さんが納得するまでしばらくかかったけど、加奈おばあちゃんにかける迷惑や、夏休み中友だちもいないところで過ごすことになるより、じいちゃんばあちゃんやいとこがいる方が僕にとってもいいと何度も話して、なんとか行かせてもらえることになった。

 お父さんからもお母さんからもこんなに長く離れて過ごすのは、初めてだ。たくさんの楽しみと、ほんのちょっぴりの不安とで、僕は毎日どきどきして夏休みが来るのを待った。



「忘れ物はない? 宿題も入れた?」


 お母さんは出発前ぎりぎりになっても、「きちんと挨拶するのよ」とか、「ちゃんとおじいちゃんとおばあちゃんの言うことを聞くのよ」とか、「いたずらしないのよ」とか、あれこれ言ってくる。もう何度も聞いたのに。


「大丈夫だよ〜。もう三年生なんだし、お母さんがいなくても、ちゃんとできるよ。お母さんは元気な赤ちゃん産んでね。写真、スマホで送ってね。僕も電話するから」



 意気揚々と出かけた僕の胸は、期待でいっぱいだった。


「ねえ、お父さん。捕まえた虫とか魚とか、飼ってもいいかな?」


 お母さんが虫や生き物を嫌がるから、僕は飼ったことがなかった。


「おばあちゃんに聞いてみないとわからないけど、多分大丈夫だろう。ちゃんとお世話するならな。父さんは子どものころ、いろいろ飼ったぞ」

「楽しみだなぁ」

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