乙女に囲まれ、ある日の労働②
俺は店内を案内してもらった後、スタッフルームに戻って片桐さんと今後の話を詰めていくことになった。
「写真を撮るのは良いんですが、別に俺は技術も何もないんですよね」
改めて、俺は片桐さんにそのことを伝えておいた。あくまで俺は一介の大学生でしかない。
片桐さんはそんな俺の言葉に躊躇せず頷いた。
「そうさね。あんたを雇うより綺麗に写真を撮るプロは山ほどいるだろ。だが、これはあたしの助言だが、あまりそういうのは自分から言わん方が良い」
「そういうの?」
「自分には何もない、みたいな卑下する言い方」
片桐さんは俺の目をじっと見る。人の目を真っ直ぐに見る人だ。だが、不思議とその視線から目を逸らそうとは思わない。
「謙虚は美徳だが、やり過ぎると信頼を得るチャンスさえ失う。少なくともこっちはあんたのことを見込んで頼んでるわけだから、ちょっと調子に乗るくらいがちょうど良いんだよ」
「なるほど」
それは確かにその通りかもしれない。
「あんた、まだ大学生だろ。ウチの女の子の平均年齢より下だ。あまり卑屈だと、女の子にまで舐められる。堂々としてた方が良い」
「わかりました」
「返事は良いね。悪くない。良い意味で擦れてないんだろうね」
片桐さんはそう言って、ヒヒヒと愉快そうに声を出して笑った。
「実際、あんたの写真は大したもんだよ。ウチの店は女の子の入れ替わりも激しい。だから、常連でもなけりゃ店に来る前から誰を指名するかなんて決めないもんだが、美咲に対してはそれがついた。数えるくらいのもんだが、その数えるくらいってのを偶々だと見逃さないのは大事さ」
「それは美咲の魅力ですよ」
「ああ。だが、写真がその魅力を底上げしたのも間違いない。待機室で本読んどいた方が良いって提案したのもあんただって?」
「それは、はい」
写真撮影の時に、そんなことを確かに言った。俺がそれを言った時は、美咲は嫌がっていたはずだけど。
「あれも良かったね。他の子との差別化がついた。こう言っちゃなんだが、あの子が後ちょっとで辞める約束なのを皆知ってて良かったよ」
「あ、もしかしてそれもあったんですか? 美咲だけを贔屓してるように思われないように?」
「良いカンしてるね。そう。美咲のことは、あくまでテストとして撮っただけ。あんたが他の子も撮ってくれれば、そろそろ辞めるあの子を実験台にしただけ、って体裁も取れる」
なるほど。俺なんかより流石によく考えている。いや“俺なんか”は良くないんだったか。
「美咲の個性を引き出したわけだ。ある種の付加価値だね」
美咲の写真を撮る時に、この店だけでなく色々な見学店、のぞきクラブなどのHPのキャスト紹介ページを見たが、基本的には皆顔を隠しているので、そのポーズやコスチュームでの個性を出すくらいしか写真にやれることはない。
美咲は他のキャスト紹介に倣ったような写真を撮りたがったが、俺は他になさそうな文学少女路線の写真を撮ったわけだ。いや、半分は趣味であることを否定はしないが。
「繰り返すようだが、ここは入れ替わりが激しい。それに言葉を選ばずに言えば、ウチみたいな安いところで満足するような客ってのもわんさかいるわけだ」
それはぶっちゃけ過ぎなのでは。それに、全員が全員そうだとは言わないが、茉莉綾さんみたいな魅力を持ったパフォーマンスだって売りの一つだと思う。
「俺が体験した感じでは、それでもリピートしたい魅力もあると思いましたが」
俺は素直に所感を伝える。
その言葉に片桐さんは、感心したように息を吐いた。
「それ、本人にも言ったのかい?」
「え、はい。言いました」
「そりゃ良いね。褒められて悪い気がしない子はいない」
「そうですか? オーナーの話に乗っかるわけじゃありませんが、ここに来るような客にパフォーマンスを披露して、良い体だねとか言われても必ずしも嬉しくはない気が」
「それもその通りだね。言い方ってもんはある。でも、多分あんたはその辺心得てたんだね」
ふーん、と片桐さんは改めて俺のことをまじまじと見つめた。
「ま、それは良いか。とにかく今は写真だ。実のところ、改めて個別の写真撮影をするってのは女の子達にも伝えて、撮影希望者は募ってたんだ」
「なんと」
そりゃまた仕事が早い。
「俺がダメだったらどうする気だったんですか」
現に俺はこうしてバイトをすることにはなったものの、俺が仕事をする気を持たなかったかもしれないし、片桐さんの眼鏡にかなわなかったかもしれないのに。
「そん時はそん時だ。なんかそれっぽい奴を雇って撮るよ。こういうのは足踏みした方の負けだ」
「なるほど」
美咲から話を聞いて俺を呼び出したのもそうだが、片桐さんがかなりアクティブな人なのはこの短いやり取りの中でよくわかった。
「とは言え、あんたも知らん女の子相手に写真をガンガン撮ってけるタイプにも見えないからね」
「う、それは……」
俺の頭の中に、グラビアやヌード写真を撮るカメラマンのイメージが思い浮かんだ。いいよいいよーなんて女の子を
あれは多分、俺には無理。
「そんなんする必要はない。あんたが撮りたいように撮ってくれればそれで良いよ」
「それは」
随分と信用されたものだ。俺のことをこの人はほとんど知らないだろうに。だが、さっきの片桐さんの助言を思い出し、俺は自身の頬を軽く叩いた。
「わかりました。任せてください」
うおー、なんだこれ怖ぇー!?
思うだけなら何てことないが、いざ口に出してみると、責任の重みが違う。
片桐さんは俺の返事に、また楽しそうに笑った。
「今のだけでもあたしはあんたのこと、だいぶ好きだけどね。あんたのことをあたしは知らないが、あんたを信頼してる女の子のことはよく知ってる。だから、あたしにとっちゃあんたを信頼するのはそんな変なことじゃないんだよ」
なんとも嬉しい言葉だが、そう言われると、体がムズムズするような気分になる。
「奏もあんたの写真の腕は褒めてたからね」
「へえ……は!?」
奏、つまり古宮さんだ。古宮さんの言う写真って言うと、あのハメ撮り写真ということになるのだが!?
「え、古宮さん、俺のことなんて?」
「ん? 可愛く写真を撮ってくれるって言ってたよ」
そりゃそうか。……そりゃそうだ!
わざわざラブホでのことは言わないで伏せるくらいの良識、古宮さんにはあるか。そりゃそうだよ、美咲じゃないんだから。
「今日は茉莉綾が出勤日だし、慣れる為ってのも含めて、茉莉綾から撮るかい?」
「茉莉綾さんを?」
どうだろう。多少知っている間だからこそ撮りづらいということもあるような気がする。とは言え、知らない女の子を前にするよりはマシか。
「わかりました。撮らせてください」
「やっぱりあんた良いよ。因みに茉莉綾ならどう撮るんだい?」
茉莉綾さんなら、か。
「二度指名しただけですけど、すずかさんの魅力は、礼儀の正しさとか、少し上品なところにあると思うので、コスチュームを着て正座をしてるところとか、ですかね」
「なるほど」
片桐さんは興味深そうに頷いた。
「ありだね。あたしもあんたと同じ見解だ。あの子は根が真面目だし、育ちも良い。一朝一夕な身につけられない色っぽさを持ってる」
「ですよね? 美咲本人にも言ったんですけど、あいつに比べても艶やかというか、所作もパフォーマンスも様になってるんですよ」
俺の話を聞きながら、片桐さんは何度も首を縦に振った。
「良いね。よく見てる。やっぱり心配はいらなそうだ。そろそろ開店だし、じゃああんたには一度帰って休んでもらって、また夜になったら来てもらおうかね」
「あ、そのことなんですが、一つ良いですか?」
「もちろん良いよ。なんだい?」
片桐さんと話しながら、やはり俺がキャストの写真を撮るには、その良さを少しは知ってとかなくてはならないと思った。美咲のことは普段から知ってる。茉莉綾さんのことも、一度デートしただけだがプライベートでの彼女を見て、彼女の良さを改めて確認したからさっきの片桐さんの質問にもすぐ答えられたのだ。
「営業中、撮影を希望してるってキャストの様子を見ているのはダメですかね? その、マジックミラー越しで」
個室でのパフォーマンスを一々見ることはできないにしても、実際に働いている様子やスタッフ側から、それぞれのキャストをどんな方向性で撮るかのヒントになるかもしれない。
「なるほど。わかった。じゃあ他のスタッフや女の子にもあんたがいることは伝えとく。時給も出すから遠慮なく見学していきな」
「え、良いんですか?」
「良い写真を撮る為の時間なら労働のうちだろ。その代わり、誰か困ってたら雑用くらいは頼まれてくれ」
「それは勿論」
俺はただ少しでも様子が見れればと思っただけだが、まさかお金までもらえることになるとは思わなかった。
というわけで、俺は客が満員でなければ、個室の一つを使わせてもらい、マジックミラー越しに待合室を見る許可を得た。他の個室が埋まっていれば客優先で個室を譲り、また個室があくまではスタッフルームや受付の雑用手伝いをする。今日来ているキャストの情報と、実際に待合室にいるキャストの様子を見比べながら、どんな様子でいるかをよく観察した。
おそらくはそういう指導が入っているのだろうが、指名を待つまでの間、ほとんどのキャストは基本的には個室側に向けて体育座りをしたり、椅子に座っていても膝をあげたりして、下着が見えるようにしている。
見ているうちに茉莉綾さんも入って来たが、やはりスカートの中が見えるようにしている。
見学店というだけあって、指名が入っていない時間は基本的にはこの待合室の様子を見るのが客の楽しみになる。平均して四、五人程度のキャストが待合室にはいる。
そう考えると、美咲が本を読んでいる様子など、他と違うのはやはり目立つのだ。
キャストの入れ替わりは激しく、一時間強ほどだけ出勤して帰るキャストすらいた。美咲からも多少聞いていたが、こうして時間の融通も効くのは、働く側としてはメリットの一つだと言う。場合によっては指名されずに勤務時間が終わるようなキャストもいたが、そのキャストはそのことをあまり気にしているようにも見えない。
確かにこうしてキャストが入れ替わり立ち替わりしているのを見るとわかるが、本来キャスト紹介の写真なんかは、あまり手をかけるような部分でもないのだろう。
ほとんどの客にとっては誰がいるかどうかはさほど問題にはならない。そこにエロい女の子がいて、パフォーマンスの質までよければラッキーといったところだ。
片桐さんによると、現在この店に在籍しているキャストは30名程だという。
改めて見ても本当に色々な女の子が、色々な事情や動機で働いているのだろうことが、待合室にいる彼女達の様子を見るだけでも分かるような気がした。
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