第5話 ダンジョンマスター

 ドラゴンに知識を与えてしまった。そのことは俺にとってかなりの衝撃だった。喋れる竜と言うだけでも驚きなのに、それが俺のせいってなると焦る気持ちも分かるだろう。

 いったん冷静になって、自分に付与されている権能を改めて調べてみることにする。


「……ううん?あ、あーこれか」


 どうやら俺自身も知らなかった権能がまだ残っていたみたいだ。

 モンスターに自らの知識を与えるという権能がある。とりあえず、これは目の前のドラゴンが律義に警告してくれた通り切ることにしよう。


「どうやら上手くいったようだな」


「まあ、なんとかね」


 口調は尊大なのに態度はフランクなちょっとちぐはぐなドラゴンに、俺は最早恐怖を忘れて友人のように接していた。

 実際、友人のような距離感なのだ。ドラゴンはなんだか嬉しそうだし、俺も俺で悪い気はしない。


「それで、なんで喋れるんだよ。知識を得たからってそんなに流暢に話せるもんなのか?」


「生まれたてなのは否定せんが、これでも我、冥界のモンスターぞ?スペックはそんじょそこらの雑魚とは違う」


「言い方に棘があるな」


「ドラゴンは舐められたら終わりだからな」


「……ん?ドラゴンの共通認識があるのか?舐められたら終わりって」


「そんなものはない。なんとなくそう言ってみただけだ」


「おい」


 なんなんだろうこのドラゴン。すごくお茶目だ。


「そもそも、我はまだ生まれたばかりなのだぞ?種として竜がどういう生き物なのか知らんし。ダンジョンのモンスターに家族などないわ。まあ、群れはあるようだが」


「ふーん。ダンジョンのモンスターってマジで親とかなしにそこら辺から生まれるんだ」


「そのようだ」


 どうやら、本当に知識は俺と同等らしい。

 今言ったことは全て俺が知識として持っていることで、特段目新しいものは無かった。


「知識さえあれば喋れるだけの知能があったってことなのかな?」


「なんでもいいだろう。結果として話せる。それで十分ではないか?」


「世の研究者を敵に回すような発言だな」


 俺がそう言うと、ドラゴンは少しだけ申し訳なさそうな態度になった。なんかすごい小物感があるなこのドラゴン。俺の知識を吸い取ってしまったからだろうか。


 だとしたらなんか申し訳なくなってくるな。


「知識は俺と同じってことでいいのか?」


「うむ。そのような認識で問題ない。この喋り方だって主の知識にあった威厳の出る喋り方を意識しているのだ。どうだ?我、威厳出てるか?」


「その体躯でその喋り方をされると普通の人は怖がるんじゃないかなぁ……」


「よし」


 すごくお茶目だこのドラゴン。


「それで、改めて聞くけど元々持っていた知識とかそう言うのはないわけ?」


「ない。一切ない。主が人間ではなかったら喋るどころか知識すらない、ただの本能で生きるドラゴンに成り下がっていただろうな」


「つまり、俺と言うイレギュラーから生まれた新たなイレギュラーってことか……」


 なんかここまで来ると今更だよな。どうせコアと融合した俺と言う存在がもう特大級の爆弾なんだから、喋るドラゴンくらいなんてことない。うん。なんてことないんだ。誰が何と言うとなんてことないはず。


 なんか誰に向けるわけでもない謎の責任感を感じるが、もう吹っ切れよう。どうせダンジョンを日本中に展開するっていう野望は捨てないんだし、今更だよ今更。


 とは言え、今後は絶対にモンスターに知識は与えないようにする。人間の狡猾さや残忍さを知ったモンスターが凶悪になってしまうのは目に見えているし、もしかしたらダンジョンの法則から外れて、自ら外に出ようとする個体が現れるとも限らない。


 俺は別に人類と敵対したいわけではないのだ。

 

 まあ、不本意ながら目の前にいる特大級の地雷は作ってしまったわけだけど。


「あまり気に病むことでもない。失敗は誰にでもあるものだ。我も別にここから動いて人間を殺そうなど野蛮なことは考えていないしな」


「そう言ってくれるとありがたいよほんとに」


 でもこいつ零歳児なんだよな……。


「今、失礼なことを考えなかったか?」


「そんなことないさ」


 冷静になって考えてみると、このドラゴンって俺が生み出したようなものなんだよな。ダンジョンのマナによってモンスターは生み出される。モンスターにはちゃんと肉体もあるし、死んだとしてもマナとなって霧散するっていうことは起こらないし、やっぱりダンジョンって不思議だな。


「俺がお前のパパってことになるのか?」


「きっしょ」


「おい。威厳はどうした威厳は」


「いや、あまりに気色悪い発言だった故、シンプルに反応してしまった」


 うんまあ、改めて俺の発言を思い返すとしっかり気色悪いな。反省しよう。


「悪かった。忘れてくれ。あー、お前のことはなんて呼べばいいんだ?」


「主が名付ければ良かろう」


「俺が?」


「うむ」


「じゃあヨルでいいか」


「どういう理由で?」


「ヨルムンガンドから取った」


「それ毒蛇なのではなかったか?」


「なんでもいいだろ」


「良くはない。が、悪くもないか」


 別に彼も特段こだわりはないようなので、ヨルで決まりだ。

 喋る竜。いや、現代知識を得た竜と言った方が表現としては適切かもしれない。


 ヨルと話して分かったことは、とにかくイレギュラーが重なった結果だと言うことくらいで、ダンジョンについて理解を深められるような知見は得られなかった。


 あとは、ヨルがこんな短い期間で誕生したのは恐らくダンジョンコアの本能のようなものであろう。コアは単独では自衛手段がない。そのため、ダンジョンで発生するモンスターに守ってもらう必要があるのだ。


「我がすぐに誕生したのは、主を守る為であろうな。ダンジョンを作ったのであればマスターが必要になって来るであろう?」


「うん。そこら辺の考えは大体同じだな」


「つまり、我がダンジョンマスターという訳であるな」


「そうなるのかもな」


 喋る竜なんて前代未聞なモンスターが誕生してしまったが、そこまで慌てることでもないのかもしれない。そもそも、ここま冥界と呼ばれる地下深く。零等級が徒党を組んで訪れるような魔境だ。そうそう人目に付くことはないだろう。


 それに、ヨルに喋らないようにお願いすればいい。どうしようもなくなったらここだけ隔離してしまうこともできる。


「コアが動き回っているのにダンジョンマスターもくそもないよな」


「あまり考えるな。我もアイデンティティーを失いかけているのだ」

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