第7話 ホワイトデー


「柊くーん! お待たせ」


「い、いや。えっと、あー待ってない、ぜーんぜん待ってないよ!」

(あぁついにやってきた! 三月十四日、ホワイトデーの日が)


 不安と期待が入り混じる中、とてつもなくぎこちない返事になる。


 僕は今日、りらを初デートに誘っていたのだ。思えば付き合うことになってからの一ヵ月間、一度も二人っきりでは遊びに行かなかった。


「ねぇ、柊君♪ 何食べに行く? こないだ皆で行ったご飯屋さんも美味しかったけれど、たまには……――」


 一生懸命に、りらが話しかけてくれているのが分かった。恐らく僕が緊張しているのが伝わったからだろう。本当に優しくて良い子で、どうして僕なんかを好きになってくれたのか? それは未だに謎だ。


「よし……」

――考えていても何も進まないんだ!


「りら!!」


「う、エッ? ハイッ!」


 僕がいきなり大きな声で名前を呼んだので、りらは「どうしたの?!」と、恥ずかしそうにびっくりした顔をしている。実際、自分でも緊張しすぎて、声のボリューム調整が出来なかった。とても恥ずかしい。


 でも今は、そんなことを気にしている場合ではないのだ。「がんばれ、柊!」と、僕は心の中で自分のことを鼓舞する。そして意を決して、りらに話し始めた。


「あの、ちょっとさ。最初に行きたい所があるんだけれど、いいかな?」


「えっ、うんうん! もちろん♪」

 なんだぁ、ビックリした! と言いながら、オッケーの返事をしてくれた。


 良かった、と安心しながら目的の場所へ歩き始める。僕はドキドキとする、胸の高鳴りを抑えきれずにいた。


「でも、珍しいね! 柊君が行きたいところって。みんなで遊んでる時も、いつも周りに合わせてくれて……うっふふ。もしかして、いきたいところを言ってくれるのって、初めてじゃないかな?!」


「あ、う、うん。そうだったかな?」


 どこだろう? たのしみぃ~と、りらは楽しそうに満面の笑みでついて来てくれる。


 待ち合わせした駅から五分程歩き、着いた場所。そう、そこは……。


「えー?! ここ……『プティカド・ボヌール』って……」


 実はりら、甘いものに目がない無類のスイーツ好き。しかし、さすがのりらもこのお店には来たことがなかったらしく、瞳をキラッキラと輝かせ、ショーウィンドウを見ている。その姿は、まるで子供のようだ。


「さぁ、行こう!」

「えぇっ?! でも。ここってすごく高級なお菓子屋さんなんじゃ……」


「うん」

「“うん”って!」


「大丈夫だよ、予約してあるんだ」


「ぇ……?」


 りらは、とても小さな声で呟き、目をまんまる。頬を紅潮させていた。


――カラーンコローン♪


「いらっしゃいませ~、おぉ柊! 待ってたよ」


「栗さん、お世話になってます。えーっと」


「あぁ、席に案内するよ。どうぞ~こちらへ」


「う、えっ? エッ? ありがとう、ご、ざいマス? えっ?」


 りらは見たことのない顔、聞いたことの無い声で、かなり動揺していた。

 それもそのはず、ここはそれだけ有名な人気店の洋菓子屋さん。そんなお店の人と、僕が親し気に話しているのだから、驚かない訳がない。もし僕が逆の立場なら、放心状態になってしまうかもしれない。


――そのぐらい奇跡的なことだ。


 りらも僕も、緊張で無言の時間が続く。すると栗さんが、頼んでおいた紅茶を運んできてくれた。


「改めまして、店主の栗栖です。えーっとそれで? 柊、こちらの可愛らしいお嬢さんは?」


「んあっ、は、ハイ! ご、ご紹介します。彼女の『花咲りら』さんです!」


「ふあぅ! あの、あの、初めまして!! 花咲りらです」

 りらは緊張のあまり、ペコペコとお辞儀を繰り返している。


「ははは、初々しい」

 そう言うと、栗さんは慣れた手つきで紅茶を注いでくれる。その後から、僕の【注文品】が運ばれてきた。


「それでは、ごゆっくりお過ごしください」

 紳士的な栗さんは、落ち着いた声で、大人の静かな雰囲気を残し、去って行った。


「ふぅ~……え、えっと」


「…………」


 僕の溜息まじりに少しだけ、沈黙の時間が流れる。


――よしっ! せっかく栗さんが作ってくれた雰囲気だ、頑張れ僕!


「あのさ、まずは去年のことを謝りたいんだ」

「え? 去年?」


「言い訳なんだけど、僕さ、チョコをもらい慣れてなかったせいもあって、去年のバレンタインデーのお返し、ホワイトデーを忘れていたんだ。何もお返しせずに、ごめん」


「ふぅ~! なぁんだぁ。びっくりしたぁ」

 全然、気にしてないのにぃー♪ そう優しく言ってくれる。


「ありがとう。それでさ、今年はまた更に素敵なバレンタインデーのプレゼントをもらったから……ね。えっと、つまり、その」


 この重要なタイミングで、僕は急に恥ずかしさがこみ上げてきて、口籠ってしまった。


「うん? 柊君、大丈夫?」


――心配させてどぉするんだ!


 情けないボク。

 そんな自分の両頬をパシッと一回軽く叩き、気合を入れ直す。そして、話を再開させた。


「ごめん、大丈夫! 今年のバレンタインデーは、りらと付き合えるようになって、夢のようで……とても嬉しかった。本当に心からありがとうを伝えたかったんだ。僕は今、りらと一緒にいられることが、とても幸せです」


 りらはそれを聞いて、顔はりんごのように真っ赤っか。恥ずかしいだけなのか、喜んでくれているのか? 分らなかったけど、僕は気合の入っているうちに、そのまま話を続けた。


「それでね、ホワイトデーに何か出来ないかな? と思って考えて。実行しようと思ったことがあったんだけど、うまくいかなくて。でも、もっと最高のプレゼントを見つけて」


 そう言いながら僕は、被せてあった飴細工の蓋を開けた。このプレゼント箱に見立てられた素敵な蓋は、栗さんが作ってくれたものだ。


「わぁ……かっわいい♡」


 僕から大切な彼女。

 りらにホワイトデーにプレゼントしたもの。


 それは――『お菓子で出来たライラックの花』だ。


「ちょっと不格好で小さいけれど。これ一応『りらの花』」


 我ながらギリギリの合格点な出来のお菓子。気持ちが大切だとはいえ、さすがに恥ずかしくて笑いながら伝えた。


「もしかしてライラック! ありがとぉ!! でも、これって……」


 りらがとても不思議そうな顔でこちらを見ていた。キラキラと潤んだ期待の瞳で。


「そう、実は。僕が作った。ごめんね、下手で……でも! 味はもちろん保証する!!」


 僕はこの十日間、栗さんの思わぬ提案で、ここでずっとこのお菓子作りに取り組んでいたのだった。厳しくも優しい! のご指導により、何とか見た目は『花』と呼べるようにはなった。


 そんな僕の、オリジナル焼き菓子。


「――うぅっ! グスン」


「えっ、何で泣いちゃうのぉぉぉ?!」

(やばい! 何がヤバかったんだぁー!?)


「んーん、違うの。うれし、嬉しくて……とっても、すて、き、で」


 いきなり泣き出したりらに、僕は慌てた。が、しかし喜んでくれていると分かってホっと胸を撫でおろしたのだった。


「よ、良かった……のかな?」


「ハイ! 幸せいっぱいです。ありがとうございます、柊君♡」

 りらは、溢れる涙を拭いて、今日イチの満面の笑みで答えてくれた。

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