第41話 わたしの婚約者 5

ケーキを食べ終えると、リディアが真面目な声で尋ねてくる。

「この後はいちゃらぶえっちをするのかしら?」

「へ、へぇっ!?」


わたしは思わずコーヒーを吹き出してしまった。机にコーヒーを撒き散らしてしまう。


「何やってるのよ。部屋を汚さないでよね」

リディアが呆れたように言いながら立ち上がり、布巾を取ってきて、机の上を拭いてくれた。


「リ、リディアが変なこと言うからでしょ!」

「玖実が言ってたでしょ? ケーキ食べたら、いちゃらぶえっちをするのがこの世界の慣習だって」

「そんな慣習ないよ! 玖実が揶揄っただけだって!」

「あら、そうなの? 残念ね」


リディアはそういうと、布巾を戻した後にわたしの後ろに回り込んで、後ろから首元に手を回して体をくっつけてくる。


「まあ、良いけど。今日は気分じゃなくても、これから何回でもエッチくらいしてくれるわよね?」

「……そういうことあんまり堂々と言わないでよね」

「してくれないのかしら?」

「だから、そういうのは面と向かって答えるものじゃないでしょ……」


恥ずかしさを隠すために少し不機嫌そうに伝えると、リディアが「えー」と口を尖らせた。

「詩織はわたしのこと好きじゃないのかしら?」


何度もリディアに聞かれた質問だけれど、昔は恐る恐る尋ねてきたリディアが今は堂々と尋ねてきている。もうわたしが好きだということを分かった上で確認してきているみたいだ。


もちろん好きだけど、さっきからわたしからの愛を求めてきているリディアにそのまま返答するのも違う気がした。せっかく帰ってきてくれたんだし、わたしはたまにはリディアを積極的に愛してみることにした。


後ろから抱きしめているリディアの手を避けながら、クルッと後ろを向くと、リディアの顔がすぐ目の前にある。いきなり至近距離で見る、大好きなリディアの麗しいお顔に驚いて、思わずヒャッと声を出しかけたけれど、我慢して、そのままリディアの顔にわたしの顔を近づけた。


「えっ」と驚いたリディアの唇にキスをする。モンブランとチーズケーキの味がするキス。


甘いな、ほんと。とっても甘い。


わたしが満足して、リディアとのキスを止めようとしたのに、リディアがこちらに体を預けてきて、ギュッと抱きしめてくる。そして、さらに顔をわたしのほうに押し付けるようにして、キスをやめてくれようとはしなかった。


わたしは思わず机に背中を当てる。カチャリと食器が揺れる音がした。リディアが本気でわたしを愛でてくれている。たまにはわたしからリディアに攻めてみようと思ったけれど、結局リディアの方がわたしを好きにする方がなんだかしっくりくる。


わたしはリディアに身を委ねた。リディアがわたしの髪の毛を優しく撫でながら、キスを続けてくれた。長い長いリディアのキスにわたしは蕩けそうな気分になっていた。


そうして、リディアがキスを終えたかと思うと、そのままわたしを床に倒して、上に乗ってくる。別にエッチなことをするつもりではないのだとは思う。ただじっと、わたしの体の上で心音を聞くみたいにして、リディアは胸の上に顔を横にして乗っかってきていた。リディアの頭がわたしの小さな胸に沈み込む。


「わたしね、ジェンナのことはとっても嫌いだったわ。でも、もしあの子のエゴでわたしをこっちの世界に飛ばしてくれなかったら、わたしはあの世界でお金持ちになったり、良家の人間と結婚して自分のことを良く見せたり、そういうことに幸せを感じていたと思うの。だから、本当にジェンナが自分勝手で良かったって思っているわ。もし、詩織と会えなかったらって思うとゾッとして、怖くなってしまうもの」


リディアがわたしの胸に顔を埋めたまま、ギュッとお腹のあたりにしがみついてくる。背が高くて美人で中身もカッコいいのに、時々とっても子どもになるリディアはやっぱり可愛らしい。わたしはソッとリディアの頭を撫でた。


「こうやって、詩織に頭を撫でてもらうことも、とっても幸せなんだって、一旦向こうの世界に戻されて、実感したのよね。わたしはただ、詩織がそばにいてくれたら、それがとっても幸せなんだってことを」

リディアがわたしの胸から少しだけ顔を上げて、上目遣いで伝えてくる。


「わたしもだよ。リディアのいる毎日の幸せを改めて実感してるよ」

心からそう思っている。お世辞なんかじゃない。この世界が、リディアの存在する世界になってくれて、本当に良かったと思う。


「そうだ!」

わたしは思い出したみたいに、リディアに乗っかられたままの姿勢で、机の上に手を伸ばして、スマホを取った。


「どうしたのよ?」

不思議そうに尋ねてきているリディアとわたしが一緒に画面内に入るように、横になったまま腕を目一杯伸ばして、スマホのインカメラ機能を使う。とっても適当に、映えも何も気にしない、とにかく2人がちゃんと一緒に写っている写真を撮りたかった。


「リディア、スマホの方向いて。一緒に写真撮ろ」

「え?」


パシャっと音がする。完全に油断しているリディアと、一応写真を撮る心づもりをしているわたしのツーショット。口が半開きになっているにも関わらず、リディアは相変わらずとっても可愛らしかった。


ちゃんとリディアがわたしに密着している写真がスマホに残る。恋人っぽい様子が撮れた。これでわたしのこと、リディアのストーカーだなんて、もう誰にも言わせないんだから!

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