第38話 わたしの婚約者 2

「なにはともあれ、これで、わたしは詩織と結婚できるのね! やっと本当に心から愛している人と結ばれるのね!」

リディアが嬉しそうに指輪を撫でながら、微笑んだ。


「そうだよ! まあ、式はまだしばらくあげられないけれどね……」

式どころか、指輪を買ったから生活費もピンチである。もちろん、リディアにそんなこと言えるわけもないけれど。


現実逃避の意味も込めて、話題を変える。


「そういえば、リディアもお腹空いたんじゃない?」

少し夜遅いけれど、向こうの世界からの長旅を終えたばかりのリディアはお腹を空かせているかもしれない。帰ってきたばかりのリディアに、美味しいご飯を食べさせてあげたい。


……って、なんだか実家のお母さんみたいな考え方になってる気がする。


「詩織のご飯が食べられるの?」

リディアは目を輝かせて、期待の眼差しでわたしを見つめた。普通にご飯を作るだけなのに、リディアは年に一回の特別な行事に対するみたいに喜んでくれている。ダメだな、やっぱりリディアが可愛すぎる。


とりあえず、冷蔵庫にあるもので、何か作ろうかと思ったけれど、今のわたしに牛肉をストックしておく余裕はなかった。豆腐ハンバーグでもリディアは納得してくれるだろうか。


「ねえ、リディア。お豆腐って食べたことあったけ?」

「白いやつ?」

「そう、それ」

「前にお醤油かけて詩織に食べさせられたことがある気がするわ。そこそこ美味しかった気はするわね」


「ハンバーグ、お豆腐でも大丈夫?」

「お豆腐でも作れるの?」

リディアが不思議そうに尋ねてくる。うん、と頷いてみたけれど、せっかくリディアが帰ってきたのにちゃんとリディアが好きなタイプのハンバーグにしなくても良いのだろうか……。考えていると、申し訳なさが募ってくる。


わたしは思いっきりリディアに頭を下げた。

「ごめんね!」

「いきなりどうしたのよ?」

リディアが驚いたようにわたしを見ている。


「リディアがせっかく帰ってきてくれたんだから、本当はお肉でハンバーグ作ってあげたいのに、お金ないんだ。ごめんね、本当はお肉のハンバーグが食べたいよね……」

「お金がないって、何があったのよ? わたしがいない間に泥棒にでも入られちゃったのかしら?」

「ううん、理由は言えないけど、ちょっと、欲しいものがあって、買っちゃったんだ……」


指輪を買ってお金がなくなったなんて、せっかくのわたしたちの婚約指輪にケチがついてしまいそうだから、言えなかった。


ふうん、とリディアは曖昧に頷く。


「お金に困ってるんだったら、良いもの持ってきてるわよ」

「良いもの?」

「そう、エドウィンに貢がせたやつ。元々式の途中でこっちに戻ってくる作戦だったから、いくらか懐に忍ばせておいたから。売ったら詩織との生活の資金にできるかなと思ったのよね」


真面目な顔で言って、リディアはドレスの内側から、宝石の散りばめられたネックレスや指輪を取り出した。煌びやかな宝石類がリディアの手の中で光っている。


「えぇっ……!?」

「あの人たちはわたしと詩織の仲を半年も引き裂いたのよ? 慰謝料代わりに貰っておこうと思って。まあ、わたしたちを離れ離れにさせた分の慰謝料だとしたら、これだけじゃ全然足りないけどね」

「いやいやいや、マズイでしょ! 返さないと……」

「大丈夫よ、このくらい余裕で渡せるくらいエドウィンのお家はお金持ちだし、文句があったらわたしの両親に補填させるように伝えると思うし」


「ちなみにどうやって入手したの……?」

「詩織は、目の前にいるわたしの、麗しい顔もスタイルも見えないわけ?」

リディアが立ち上がってくるりと回ると、ふわりとドレススカートが舞った。


「色仕掛けってこと……?」

「言うまでもないけれど、エドウィンとは変なことはしてないからね。浮気を疑われるようなことは当然、一切やってないわよ」

少し不機嫌そうにリディアが答えた。


「じゃあ、一体……?」

尋ねると、リディアが口元に手を当てて、高笑いをした。悪役令嬢みたいなリディアの笑い方は、こっちまでつられて微笑んでしまう。


「わたしのように麗しくて高貴な令嬢が目の前にいたら、自然と貢いでしまうものよ。わたしは別に自分から求めたわけじゃないもの。エドウィンがどうしても受け取って欲しいって言ったから受け取ってあげただけ。まあ、拒みもしなかったけどね」


「リディアってたまに、ちゃんと悪役令嬢っぽくなるよね……」

苦笑いをしたけれど、リディアについつい色々なものを与えてしまいたくなる気持ちはわたしも当然わかる。所持金と貯金のほぼ全てを使い果たして婚約指輪を買ったわたしは、少しだけエドウィンに共感してしまった。


高笑いを終えると、リディアはまた座り直す。ドレススカートは座りにくそうだから、後で着替えるように促したほうが良いかも、なんて思っていると、リディアが微笑んだ。

「そういうわけで、生活費には宝石類を売ってしまえばいいから、問題ないわよ」


リディアは敵に回したらちょっと怖いかもしれないけれど、味方にいてくれたらとっても頼もしい子なのは間違いない。わたしの婚約者は優しくて、可愛くて、頼もしくて、カッコよくて、顔がとっても強いけれど、やっぱりちょっと悪役令嬢みたい。


「でも、そんな高価な宝石類と比べたらわたしの指輪は見劣りしちゃうね……」

リディアが机に置いた宝石と、リディアの薬指の根本についている不恰好な指輪。比べるのも烏滸がましいくらい、差がある気がする。


苦笑いをしたけれど、リディアは真面目な顔で「何を言ってるのよ?」と答えた。

「こんな、お金さえあれば手に入るものと、詩織にしかプレゼントできないとっても素敵なもの比べるなんて烏滸がましいわね。もしどちらか選べって言われたら、エドウィンの家の宝石なんて、ゴミ置き場にでも置いてくるわ」


そんなめちゃくちゃなことをジッとわたしの瞳を見つめて、真剣に伝えてくる。ああ、やっぱりわたし、リディアのこと、大好きすぎるな……。


「リディア、ありがと!」

ギュッと力一杯抱きしめたら、「こちらこそ」と優しい声で言ってくれたのだった。

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