第53話 戦闘配置準備ヨシ

 安春曹長と栄伍長、それに衛兵に付き添われ、15、6歳の赤いドレスを着用した少女と、20歳台前半と思しきメイドが、軍議の行われているグリトニルの執務室に現れた。


 グリトニルは、その少女に見覚えがあったらしく、


「シャルロッテ!」


と呼び掛けた。


 偵察から帰還後、ようやくのこと、言葉の理の術が掛けられた腕輪を受け取った安春は、少女の名前とメイドの愚痴を聞き取っていた。


 その少女シャルロッテ・アルビーネ・デ・シボラは、グリトニルとは現在敵対し、今回の騒動の黒幕の一人と目されている、現属領主の長男フレデリク・アルビス・ファン・ミズガルズ子爵の異母妹に当たり、王都クラズヘイムの魔術学校に留学していたが、たまたま帰省中、今回の騒ぎとなった。

 シャルロッテは、巻き添えは御免とばかりに、侍女のマリサ・アリアスと共に支城を脱出し、クラズヘイムに戻ろうとしたところ、南部大陸諸国から派遣された兵士に見つかり、元々フレデリクに人望がなく、むしろ反感を買っていたこともあって、「裏切り者」として処断されるところ、ということだった。


「この駒は使える。」


 軍議に参加していた面々は、一様にそう考えた。


 ワイバーン・ハーピー襲来と夜会襲撃から大艦隊来航、そして今後見込まれる陸戦に至るまで、旧公国派とともに黒幕の一人と目されているフレデリクは、当然黒幕であると考えられてはいるが、確たる証拠がある訳ではない。

 しかし、シャルロッテはフレデリクの異母妹であるから、その証言次第ではフレデリクを断罪することも不可能ではないし、場合によっては人質としての活用も考えられた。


 加えて、偶然とはいえ、その「有効な駒」を救出したのが日本軍であったことは、今後、日本軍が属領主府側と交渉を行う上で、大きなアドバンテージになるはずであった。


 当のシャルロッテは、魔術オタクが高じて留学に至ったもので、どうやらそのオタク的言動が、諸国から派遣された兵士には「禁断の黒魔術使い」と捉えられたようでもあった。


 そうであるから、デ・ノーアトゥーンには宮廷魔術師のソフィアが滞在中と聞き


「ねえ、是非会わせて頂戴。お礼に何でもお話しするわ。」


と懇願し、これを取り次ぐと伝えたところ、聞きもしないことまでぺらぺらと喋り始める始末であった。


 それによれば、思った通り、今回の一連の出来事は、旧公国派とフレデリクが組んで計画を立て、南部大陸諸国とも密約を結び、資金と艦隊、兵力の提供を受けて実行に移した、乾坤一擲の作戦であることが判明した。

 また、魔術至上主義を掲げる天道地教会保守派も、魔術師の派遣やアジトの提供など、協力を行っていることも分かった。


「宗教が絡むと、面倒だなぁ。」


 これを聞いた桑園が、ボソリと呟いた。


 桑園たちの世界の歴史上、宗教が絡むと、欧州の三十年戦争や日本の一向一揆に見られるように、戦乱が大規模になり、かつ、収束まで長期を要することになるほか、相手がゲリラ化すれば、中国大陸やフィリピンに見られるように、その鎮圧は容易ではない。


 さはさりとて、今回の敵軍の来襲は、シャルロッテの情報では、三日後ということである。


「準備に半日、移動に二日、陣形を整えるのに半日、というところか。」


 朝日大尉の見立てである。


 こちらが行うべきことは大きく二つで


・住民の避難

・陣地構築と部隊の配置

 

となる。


 デ・ノーアトゥーンと支城の間には、農村が二つ、漁村が一つあり、それぞれに500人ほどの住人がいたが、その避難は、属領主府側が強引ではあったが手際良く行った。


 日本軍としては、できれば、集落は焼いてしまう焦土戦術を採りたかったが、「短期戦で済むためその要なし。」との属領主府側の強い意向もあり、その策は採らなかった。


 次いで、陣地と薬研堀の構築であるが、朝日大尉ほか、陸軍の歴戦の将校が指揮を執り、実に効果的に構築されたが、塹壕戦や散兵線の概念がない属領主府兵やミズガルズ王国兵は、身を隠して敵を迎え撃つという思想に乏しく、その目には、これらの手法が新鮮に映った。 


 戦力になる戦車隊及び砲兵中隊、並びに歩兵中隊は、その日の夕方までにはデ・ノーアトゥーンに到着し、歩兵中隊の揚陸も終わった。

 また、給糧艦浦賀が同伴して来航し、守備兵たちへ文字通り給糧を行うとともに、戦闘が始まれば、野戦病院として負傷者を受け入れる準備を行った。


 そのほか、トゥンサリル城の尖塔に砲兵弾着観測所を設け、無線もしくは有線電話によって、各陣地と連絡が取れる体勢とした。


 翌日から、各陣地への戦車と歩兵、陸戦隊の配置を開始したが、その間、2度にわたり偵察目的と思われる、敵ワイバーンの飛来があったため、その度に、令川丸の二式水上戦闘機が舞い上がり、これらを撃墜した。

 すでにトゥンサリル城の本城と支城の人流は絶えており、海上を通る船舶も、日本海軍と属領主府が合同で臨検しているため、情報が伝わる余地はなく、よってこちらの兵力配備が敵側へ漏れる可能性はなかった。

 逆に、日本軍が偵察機を飛ばし敵情を把握しているため、敵の動きはつぶさに観察でき、シャルロッテの情報通り、一両日中の敵の襲来が確実と思われた。


「それにしても、こっちがブンブン偵察機を飛ばしているのに、敵さんは用心もせんのだろうか。」


 桑園少将が25航戦参謀山花大佐に言うと


「分かりませんが、数に驕っているのではないでしょうか。先の夜会襲撃の鎮圧は承知しているでしょうが、艦隊全滅は知らないと思われますし、我々の戦力も分かっておらないでしょう。」


 現場指揮に回っている朝日大尉を除き、グリトニルの執務室にいる軍議の面子一同の前には、以前の偵察写真を基にした簡単な絵図面と敵味方を示す駒が用意されたほか、散兵壕の指揮所と結んだ野戦電話が設置され、伝令の報告のほか、逐次、情報が伝わるようにしてあった。


 各所から


「戦闘配置準備ヨシ。」


の報告が入る。


 海軍の水偵の偵察結果では、支城の敵軍はすでに動き始めており、じきに戦場となるデ・ノーアトゥーン南方域の平原に姿を現すはずであった。


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