第40話 夜会の始まりと不穏な空気
デ・ノーアトゥーンの街とトゥーンサリル城を襲撃しようとした、ワイバーンとハーピーによる2波の攻撃は、水上機隊の空戦と、戦艦出雲の対空戦闘によって、全滅させられた。
米軍機相手では、なかなか命中せず、また、命中しても撃墜に至らない日本の対空射撃であるが、今回は、てきめんの効果を発揮した。
防空指揮所でこの対空戦闘を見ていた、魔術師クリステルとエミリアの二人は、魔術でも何でもないのにワイバーンとハーピーの大群を全滅させた様子に、ただただ驚いた様子で、ようやくクリステルが
「こんなこと、魔術だってできやしないわ。」
とだけ言った。
トゥンサリル城では、決死の覚悟で城を守ろうとしていた女騎士のメルテニス勲爵士と、九七式中戦車の豊平少尉も、肩透かしを食った形となり、ホッとしたのか残念なのか、複雑な心境だった。
「いったい、ワイバーンとハーピーの大群は、どうなったのでございましょう。」
メルテニスが当惑したように豊平に聞いた。
「我が軍の水上機と出雲以下の艦隊が、協同して殲滅したようです。我々地上部隊は、出番がありませんでしたね。」
豊平が、ドヤ顔で答えた。
「大きな艦なので、砲も大きいと思っておりましたが、よもや空に向かって撃ち上げるとは、意外でございました。」
「我々の世界では、艦隊同士の砲戦はむしろ少なく、最近では、対空戦闘、つまり空から襲って来る敵を撃ち上げることが主流となっているのです。」
豊平はメルテニスに説明したが、無論、陸軍士官の豊平にとって艦隊戦は門外漢であるから、聞きかじりの知識であった。
「これで、今晩の夜会は心置きなく開催されることになるのでしょうね。」
豊平が話題を変えるように言うと、メルテニスは
「おそらくは、大丈夫と思います。」
と答えた。
「『おそらく』と言いますと?」
「招待客は、かなり広い範囲になりますから、一応、身元は確認しているとはいえ、旧公国派の息の掛かった者が紛れ込んでいないとは、完全に否定できません。」
豊平の問いに、メルテニスは少し言葉を選びながら答え
「ですから、豊平様方二ホン軍がいかに勝利を収めようと、我ら城内警備の者は、少しも気を緩めるところはございません。」
そう決意のほどを語った。
その頃、デ・ノーアトゥーンの街は、奇妙な祝勝感覚で溢れていた。
今まで、街や城を何度か襲い、時に深刻な被害を与えていたワイバーンとハーピーが、今までにない規模で来襲しながら、ミズガルズ王国軍もブリーデヴァンガル属領主軍も、特に何もしないうちに、ある日異世界から突如として現れた見知らぬ軍隊が、信じられない技術と戦法を用いて、これを全滅させてしまったのである。
ところで、今般のイザベラ姫の来訪は、次代属領主の婚約者を貴族をはじめ、市民へ「顔見せ」するという意味合いもあったため、結婚前祝いということで、広く庶民へも酒肴が下賜されていた。
しかし、一般市民にとって、イザベラ姫の来訪は、興味はあっても直接関係がなかったから、その意味で、属領主代官から市民に下賜された酒肴は、本来の趣旨とは異なった、ワイバーンとハーピー撃退祝いの意味合いとなった。
そんな訳で、トゥンサリル城内は夜会のための飲食物の木箱や樽、街中の至る所には、下賜された飲食物の木箱や樽が山積みされていて、そのうちの幾つかは、なぜかガタガタと揺れ動いていた。
他方、ギムレー湾の25航戦、北東方面艦隊、元小笠原増援輸送隊では、デ・ノーアトゥーンへの敵空襲の報を受け、全艦が、対空戦闘と緊急出港に備えた。
同時に、デ・ノーアトゥーンやトゥンサリル城を目標とした再度の空襲、敵の上陸や陸伝いの侵攻にも備えるため、二式水戦3機、零観5機を令川丸へ移動させた。
また、駆逐艦葉月と海防艦利尻、千早搭載の魚雷艇2隻を急派し、陸路からは、三式中戦車3輌、九七式中戦車3輌、九五式軽戦車3輌と一式装甲兵車2輌に分乗した歩兵1個小隊、さらには、
以上の防備強化のほか、本筋の夜会参加者としては、25航戦司令官桑園少将、出雲艦長白石大佐、令川丸艦長南郷大佐と先行していた副長大谷地中佐が、25航戦と北東方面艦隊を代表して出席するが、小笠原増援輸送隊からもどなたか参加されたい、ということで、当初は千早艦長如月大佐に出席を依頼したが
「千早は、本来の輸送隊ではない。」
として固辞したため、給糧艦浦賀艦長の千葉大佐に白羽の矢が立った。
海軍のほか、乗艦の陸軍部隊代表として、階級最上位である、戦車第11連隊第7中隊長朝日大尉に参加を乞うた。
朝日大尉は当初、将官と佐官が居並ぶ海軍側に遠慮し
「尉官の自分が、貴族の夜会に参加するなど滅相もない。仮に参加を是としても、海軍とは違い、相応しい服装ではない。」
と、嫌味っぽい理由も含めて固辞したが、陸軍代表がいないのは格好がつかないから、ということで半ば強引に参加させられた。
もっとも、実際の彼の服装は、将校用軍服の左腰に軍刀と右腰に拳銃嚢、足元は、部隊が移動中の大連で特注した乗馬用長靴、戦車帽に
「貴様、せめて戦闘帽くらい被り、鉄鉢は置いて来たらどうたったのだ。」
とたしなめられたが
「戦車兵と言うものは、畏れ多くも、大元帥陛下の御前であってもこの服装であります。」
しれっとそう答えた。
その朝日大尉と千葉大佐は、陸路でも海路でも夜会の開始に間に合わないことから、根室が折り畳んで輸送、陸揚げ済みの三式指揮連絡機を使用し、その特性を利用して、空路移動、直接トゥンサリル城前の広場へ着陸することとした。
これ以外の艦艇と部隊の移動には、3時間から3時間半程度を要するため、夜会の半ば頃のデ・ノーアトゥーン到着と見込まれた。
桑園少将と白石大佐は、クリステルとエミリアを同伴して、対空戦闘を終えた出雲からデ・ノーアトゥーン港に上陸し、ティアマト号艦長バース子爵に出迎えられ、見たこともないような豪華な馬車に乗った。
クリステルとエミリアは、師匠格の魔術師が商工ギルドに逗留しているらしいのでそこへ行きたい、と希望したことから、商工ギルド会館へ立ち寄って二人を降ろした後、馬車はトゥンサリル城へ向うことにした。
すでに日の暮れた街の中は、(出雲の手柄であるが)勝利の高揚感に下賜されたタダ飯タダ酒の勢いが加わり、酒場や食堂は、酔っ払い客などが溢れ返らんばかりであり、道路上も人々でごった返しており、馬車は、度々停止を余儀なくされた。
ただ、車中の人である桑園と白石にとっては、そうした庶民の営みは却って好ましく思え、また、様々な種族の容姿も珍しく、興味は尽きなかった。
途中、商工ギルドに寄り少女たちを降ろし、港から30分ほどかけて城に到着した2人は、庶務尚書ケッペル男爵とメルテニスの恭しいお辞儀と、すでに警備の一員となっている豊平少尉の敬礼に迎えられた。
馬車を降り地面に立つと、気のせいか上空から爆音が聞こえており、少し経つと、それは明らかに飛行機の接近を告げるものであった。
「あれは三式指揮連絡機であります。着陸場所を探しているものと思われます。」
豊平が上空を見上げながら言った。
「着陸場所って、そんなに広い場所はないんじゃないか、ここいら辺りには。」
白石が言うと
「いえ、三式指揮連絡機は、無風でもせいぜい50m程度の距離で離着陸できるのであります。おそらくは、この玄関前広場で十分と思われます。」
豊平が説明した。
「なるほど。ケッペル男爵、至急、この広場を空けていただけませんか。飛行機が降りて参ります。」
白石がケッペル男爵に向かって、そう頼んだ。
ケッペルは、言葉の意味が良く理解できない様子ではあったが、衛兵に命じて人と馬車を隅へ寄せ、広場を広く空けてくれた。
すると、頃は良しと見た三式指揮連絡機が、微妙に風を読み、風上に向かって進入し、フワリと言う感じで着陸した。
豊平が停止した機体に駆け寄って扉を開けるのを手伝うと、中から、海軍の佐官と陸軍の戦車将校が降りて来た。
二人は、桑園たちに気付くと近寄って来て、折り目正しくそれぞれ海軍式と陸軍式の敬礼を行い
「給糧艦浦賀艦長の千葉大佐です。」
「戦車第11連隊の朝日大尉であります。」
と名乗った。
桑園は、白石と共に答礼をしてから
「第25航空戦隊司令の桑園と出雲艦長白石大佐です。今夜はよろしくお願いします。」
と丁寧に言った。
突然の三式連絡機の着陸に目を剥いて驚いている、メルテニスほか城の一同を尻目に、バースとケッペルの案内で、帝国陸海軍の面々は城内へ入り、夜会の会場へと向かった。
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