誰かの特別になりたい。それか、笑えるくらい顔のいい女に人生狂わされて終わりにしたい

犬です。

地獄なのは電気屋じゃなくて





この場所は、主張しても理解されにくいところまで含めて、俺にとって1番の地獄だった。


エスカレーターだかエレベーターだかを登った先では “ 我が社のネット回線に契約しているか否か ” で分けられたビンゴ大会が開催されていて、ビニールプールに入った玩具に釣られる女児から残念賞の箱ティッシュを求めて参加する大人まで幅広い年齢層の方がその遊びを楽しんでいた。見事ビンゴが発生した時にはガラガラとわざとらしい音のベルが鳴り響き、遠くの家電売り場ではウン万しそうなスピーカーから流される神々しい音とチープなCMソングで異様なマッシュアップが繰り広げられている。




一人暮らしへの夢に思い馳せながら例の家電コーナーをひとり巡った。電子レンジや炊飯器はどちらも1万円以下におさえたいし、冷蔵庫や洗濯機だって高いものは買えないんだと思う。冷凍庫は大きいと助かるし、毎日洗濯なんて要領の悪い自分には出来なさそうだから5・6kg服が入るものが欲しいけど。



「なにかお探しでしょうか」という店員らしき声に肩を跳ねさせたものの、その声は自分でない家族に向けられているのだと分かってホッと胸を撫で下ろす。……ふと辺りを見渡すと、どこも親子連れやカップルらしき人間に溢れていて、いて、いて、!


こういった光景を目にするだけで呼吸の仕方を忘れたような心地に陥る。実際忘れて犬みたいに蹲っているわけじゃないし、涙を流すのは勿論表情が翳ってもいないけど、音が遠くに聞こえるのだ。いや、俺の意識が遠いのか。なにもわからない、けど。






逃げるように家に帰った。平日の昼間、それも暑い暑い夏だった。ふらふらと歩いている最中、お天道様が俺を責めているような気がした。普段そんな大層な呼び方も扱い方もしないくせ、こういった時だけ神がなんだと宣うあたりバチ当たりでしかない。働きもしないで夢を見ている。バンドマンだの絵描きになりたいだの、そういうのではなくて。普通に学校生活を送り普通に職に就き普通に家庭を築き普通に死ぬ、そんな夢。それか俺が自殺した時の夢。

俺が死にたいと主張したら、あのひとたちはどんな反応をくれるのか。怒るのか、泣くのか、……わからない。記憶の中の顔はなんだかひどくぼやけていて、声も曖昧で、そういえば三年近く顔を合わせていない事に布団の中で気付いてしまった。


“ 姉の行為を見てしまい… ” ×

“ 生意気J〇を催眠治療!続きは⬇️を ” ×


バリエーションに欠ける漫画広告を回避しながらの面倒なネットサーフィン。追放系だの無双系だの無駄に長いタイトルの並ぶ画面をスワイプしていながら俺の意識はそこになかった。遠く、遠く、遠く、昔のことばかり考えている。霧がかっている。霞んでいる。思考のピントが合わず、脳内に巡る言葉はあっちを行ったりこっちを行ったり急に飛び越えたりと忙しなかった。いやな記憶を反芻している。馬鹿みたいに古い幸せな記憶を思い出しては勝手に病んで勝手に死にたくなっている。


地球人口の70億人だか80億人だかはみんな愛を知っているのかもしれない。じゃあ、自分はずっとこのまま?愛も恋も知らない、向けられない、抱けない、そのまま死ぬしかないんだろう。おれは愚かだから。己を褒めたたえて自尊心を満たしてくれるお姫様やら、スーパーダーリンと呼ばれる白馬の王子様やらはこないから。性的対象がどちらかもわからないから。けど性欲だけは有り余ってひとりシコシコやってるから。__ほら、また飛んでいる。

だから終わらない。夜遅くまで起きているから面倒なことを考えてしまうのだ、という有り体な声に、

“ 考えているから眠れないんだ ”と苦言を呈した。

けどどちらも俺の声だから意味はなかった。

睡眠薬は紛失するか効かないかのどちらか。そういえば今日のは飲んだっけ?…飲んでいない気がする。ぬるくなった無果汁の炭酸ジュースで流し込んだ直後、隣に別の薬ゴミがあることに気がついた。けど、見ないふりをした。そう、あれは昨日の分だと言い聞かせて瞼を下ろす。こんなんだからいつまでたっても治ってくれない。


普通になりたい。叶わない。

誰かの特別になりたい。もっと無理な願いだ。

笑えるくらい美人な女に人生狂わされて終わりにしたい、幸せな夢に浸って、所謂恋は盲目というのを体験して、そこで、……あんまりにも非現実だ。

己をわらって、この妄想はおわり。このまま目が覚めませんようにとも思ったけど、最後くらい“死にたくない”とありふれた言葉を吐きながら終わってみたいと、強く願いながら睡眠を試みた。

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