雪花

月コーヒー

第1話


「もしもし雪花、報告するぞ。……もぐもぐ……」


 妖魔討伐軍、帝都遊撃隊、第4独立部隊隊長の井上碧は話し出した。


「午前1時14分。妖魔がローメン街道に現れた。……もぐもぐ……、帝都へと移民を乗せたバス10台が逃げてきている。乗客は、職を求めてやってきた中年のおっさんとおばさんだ。助ける価値がないので我々しか動かん」

 

 第4独立部隊唯一の戦闘要員、塚原雪花の頭の中に、部隊長の井上碧の声が響く。


「キェェェェェェェエッ!」


 人の背丈ほどある猿のような、団子鼻の妖魔の奇声が、森を貫くローメン街道で響いた。


 カマキリのような鎌状になっている両手が、満月の光にギラリと輝く。


「おっと!」


 雪花が大猿の振り回す大鎌を、でんぐり返りしてかいくぐった。


「きゃっ」


 慌てて雪花は、軍服のスカートを押さえる。


「しかし、すぐに1台が破壊されてしまった。通報した護衛と話をしたら……もぐもぐ……妖魔は民を体を真っ二つにされたあと、みじん切りにしていたと言う」

「キェェェエッ!」


 妖魔が右腕の鎌を雪花目掛け振り下ろした。


「くぅっ」


 雪花は腰に差した刀を抜刀。


 刀身が、満月にギラリと輝いた。


――キンッ。


 甲高い金属音が響く。


「こんのっ」


 妖魔の大鎌を刀一本で受け止めた。


 脚がぬかるんだ地面ににめり込む。


 雪花が歯を食いしばり耐えていると、碧の声が響いてきた。


「きっと食いやすいようにやったんだろう。まったく、とんだ猟奇的で攻撃的な奴だ。……もぐもぐ……雪花、聞いてるか? なんとしてもおっさんたちの被害が拡大する前に討伐しろ、それが我々、第4独立部隊の役――」

「――碧殿さっきから、うるさーいっ!」


 雪花の叫びが月明りで明るい街道に木霊する。


「キェェェェェェェエッ!」


 妖魔の雄叫びも辺りに木霊する。


「お前もじゃー!」


 雪花が体全体の力を使って、受け止めた妖魔の鎌を跳ね返す。


 間髪入れず妖魔の右腕目掛け飛び掛かった。


「せいやっ」


 鎌になっている手の付け根めがけ、刀を振り下ろす。


「ギャァァェェェェェェェエッ!」


 妖魔の腕が切断され血が噴き出た。


「キャァァェェェェェェェエッ!」


 痛みに奇声をあげ、妖魔が左手の大鎌を振り回す。


「そいやっ」


 雪花が振り回される大鎌の一撃を姿勢を低くしてかいくぐる。


 そして2メドルほど頭上にある妖魔の顎下に向け、跳んだ。


「もう雨は止んでいる。お粗末な防水機能でも大丈夫だろう……もぐもぐ……我々の3回目の出動、まだわからんこともあるだろうがしっかりな」

「せいやぁぁっ!」


 跳んだ勢いそのまま、刀を奴の顎下に突き刺さす。


「ギャェェェェェェェエッ!」

「よーしっ!」


 雪花は、刀から手を放し飛び退った。


 音を立てて、カマキリの腕をした大猿の体が倒れる。


 顎から脳天まで串刺しにされていた。


 その頭から開きだす血が、雨でぬかるんだ街道に流れて溜まりを作っている。。


 喉口からあふれ出す血で、喉がゴボゴポ鳴っている。


 全身を覆う太く黒い体毛が、しなしなとしなだれていった。


 切断された腕の鎌の刃が血で赤く染まり、月明りに鈍く輝いている。


「ふーっ」


 雪花は大きく息を吐いた。


「どうした さっきから……もぐもぐ……何騒いでいる?」

「ローメン街道を突っ走ってきたら、逃げてきた馬車とちょうど遭遇、不意を突かれてしもた」


 雪花が背後を振り向き見る。


 自身の指示通り、200メドルほど離れたところで避難しているバスを望んだ。


 満月が、5台しかない車をはっきり照らしている。


「じゃ早く殺せ」

「もう殺したわい。今から小海が分析じゃ」


 雪花が、ぱぱぱっと、刀の形にした左手を上下左右に動かし、印を切る。


「来い小海。出番じゃぞ」


 首に下げている7色の数珠のうち、青い玉が光った。


 光は数珠から離れ、印を切った右手の先に止まる。


 その光が人の形を作っていった。


 貝殻で大きな胸の上半身を作った後、魚の形の下半身を作っていく。


 ベルトで背中に盾を背負った小海が、ロングヘア―を乱れさせながら出てきた。


「んぐっ、苦しいっ」


 小海は尾びれをピチピチさせて、喉を押さえ、慌てた様子だった。


「苦しいっ、どこ? どこ? うぐっうぐうっ」


 両手で地面を探りだす。


「息が、息ができませんいっ、雪花っ」


 小海は息ができず苦しい顔をして、助けを求めるように雪花を見た。


「尾びれの所じゃ」


 雪花の言葉に小海は、尻びれの近くの海水を満たした金魚鉢みたいな専用ヘルメットを見つけ急いで被る。


「あっ、ゴボゴポ……雪花、どういたしました、ゴボゴポ……」

「肺部分がエラに変わったのにまだ慣れておらぬのか、ちゃんと被って出てこんか」

「急に呼び出すからですよ、しかしまぁ、こんな時間からお仕事ですか?」


 小海が夜空を見上げた。


「そうじゃ」

 

 小海に、威圧を込めてクイッと顎で妖魔を指し示す。


「奴じゃ」


 小海が、妖魔の死体を見てビクッと体を震わした。


「あっ、はい、ゴボゴポッ、了解いたしました」

「分析して終わりじゃ、早よ終わらしてくれ」

「……うんと、あっちは怖いからこっちで、ゴボゴポ……」


 小海がピチピチ跳ね、倒れている妖魔を襲ってこないかとチラチラ見ながら、切り落とされた右腕に近づいて行った。


 小海が両手をぐっぐっと握って開いてをして、それから両掌を落ちている腕の鎌にかざす。


「ふぅぅぅぅ……、はぁぁぁぁぁ……」


 小海は呼吸を深くして整えると、しばらくして意を決したように、両掌をピタッと刃部分につけた。


 小海のオーシャンブルーの目が、ディープブルーに変わる。


 小海の視界が真っ暗になった。


 やがて、ガリガリの犬、ガリガリの子供、横道で倒れたまま動かない人、ボロボロの服をなんとか着飾って男に声をかけている女性――そんな、どこにでもある最下層民が住む町の様子が目に映った。


 妖魔のステータスが、その映像と重なって徐々に表示されていく。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

    田中翔


 神歴1791年……。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 ステータスの半透明の文字は読みづらく、小海は目を凝らす。


 その時、子供の泣き叫ぶ声が、小海の耳に聞こえてきた。


「俺らは野垂れ死ねってことか!?」


 次に大人の男性の野太い声がする。


「お父さん、お母さんは?」

「死んでしまった、ああ、なんでこんな事に……」


 野太い声が涙に震えていた。


「お母さん、お母さん……」


 そう泣いては母を呼ぶ、5歳ほどの団子鼻の男の子の姿が小海の目に映る。


 次に、30才ほどの男の姿。


 その男の左足が義足だった。


 どこか暗い、汚い部屋の中で、そのふたりが泣いている。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

    田中翔


 神歴1791年、初夏の生まれ  5才  男  半人半妖


 生命力  :   0(1010)

 魔力……。

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「こんな体じゃどこも雇ってくれやしねぇ!」


 30才ほどの男が、野太い声で嘆いていた。


「お父さん、お腹空いたよー!」


 子供が泣き叫んでいる。


「黙れ! クソガキが!」


 男の怒号が飛んだ。


 そして右拳が振り下ろされる。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

    田中翔


 神歴1791年、初夏の生まれ  5才  男  半人半妖


 生命力  :  10(1010)

 魔力   :  82( 112)

 知能   :  40(  40)

 攻……。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「痛い! やめて! わぁぁぁぁん!」


 男の子が泣き叫ぶ。


 泣き叫ぶ声がどんどん大きくなっていった。


   ◇


「どした小海、大丈夫か?」


 小海の顔が歪んでいるのに気づき、雪花が心配して声を掛けた。


「大丈夫、ゴボゴポッ」


 そう言いながら、どんどん大きくなる泣き叫ぶ声に、小海はおもわず耳を塞ぐ。


「おい変なもんまで見るな、そいつのステータスだけで良いんじゃぞ」

「わかってる、ゴボゴポ……」


 小海は、苦しみながらも分析を続けた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

    田中翔


 神歴1791年、初夏の生まれ  5才  男  半人半妖


 生命力  : 100(1010)

 魔力   :  82( 112)

 知能   :  40(  40)

 攻……。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 男の子が虐待される映像が、小海の目に流れ続ける。


 その苦しさゆえに小海は、妖魔の生命力の数値が回復している事に気が付かなかった。

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