第17話 野生のウールヴェ

 リルが人と交渉し、サイラスは魔獣退治に力仕事と、役割を分担しエトゥールへの旅は続いた。

 リルから周辺の話をききながら、サイラスは言語を習得した。サイラスの言葉が流暢りゅうちょうになったことにリルは驚いたものの、会話が増えたことに喜んでいるようだった。


 事故が起きたのは5日目だった。川に水をみにいったリルが魔獣に襲われたのだ。

「サイラス――!」

 リルの悲鳴に駆けつけたサイラスが剣を振るい、事無きを得たが、襲われたリルよりサイラスの方が事態を重くみた。

「リルに通信機を持たせたいんだ」

 事故の夜、サイラスはディムに提案した。ディムに習得した言語を転送する。

「生体認証さえすればディムが現在位置を把握できるから、今日みたいなことは防げるし、最悪、防護壁シールドは遠隔でそちらで発動できるだろう?」

『可能だが、俺のことはどうやって説明するんだ?』

「あの子は賢いし、口は堅い。適当に話を作る」


 翌朝、サイラスはリルに話をもちかけた。リルに護るものをつけたい、と。

「も、もしかして精霊様?!」

 サイラスには精霊が何か理解できなかったが、すごくワクワクされていることは感じた。

「精霊って何だ?」

「世界を守ってくださるんだよ。不思議な力を持っているよ」

「そんな高級なものではなく……下僕げぼくみたいなものかな」


『おい、こら、待てや』


「やっぱりサイラスは精霊使いだったんだね」

 誤解が生まれていたが、サイラスは説明を放棄した。

 リルの指先から血をもらい、イヤリングを模した通信機の生体認証をさせた。これでこのイヤリングはリル専用になり生体反応バイタルを追跡できる仕組みだった。サイラスはイヤリング型の通信機をリルの耳につけた。腕輪に模した単体の防御もつける。

「何か喋ってみて」

「せ、精霊様?」

 リルがおそるおそる声をかける。


『リル』

 リルはドキっとした。精霊様の声だ。本当に声が降ってきた。名前まで知っているなんて。

『サイラスがいない時は護るから、指示に従ってくれ』

「は、はい!」

『目立つから、小声で頼む』

「……はい」


 この方法は案外うまくいった。身の危険が迫った時に、ディムはリルに警告し、指示を出す。魔獣が近づけば、荷馬車に戻り、サイラスから受け取っていた金属球で広範囲の防護シールドを張るという単純な行為を繰り返した。その間にサイラスが魔獣を狩った。

 サイラスの視覚は完全リンクしており、映像は観測ステーションに送られてくるが、インプラントが何もないリルの情報はステーションから観測できる生体情報に限られた。ディムはクトリが増やした動体追跡ユニットをリルの周辺に幾つか配置し、子供の身を守ることに専念した。

 彼女に近づいてきた魔獣はサイラスが全て狩り、素材として近隣の村で売った。

 路銀以上の儲けを出しながら、エトゥールへの二人の旅は続いた。


 それに遭遇したのはたまたまだった。

 リルが木の根元に座り込み、何かを熱心に見ていた。白い毛玉が木のうろにいた。小さく手の平に乗るサイズだった。

「うさぎか?」

「……ウールヴェの幼体ようたい……」

 はじめて聞く名前だった。

「売れるのか?」

「……金貨1枚くらいかな」

 銅貨100枚が銀貨1枚、銀貨100枚が金貨1枚、とリルから教わったサイラスは感心した。

「高額だなぁ……6匹いる。リルの生活も安泰じゃないか」

「ま、待って。これを手に入れるのは覚悟がいるんだよ」

「覚悟?」

 リルはソワソワしている。

「幼体を発見するのはまれだから宝箱に遭遇したようなものだけど……これ、怖いんだよ」

「怖い?」

 リルはあたりを用心している。 

「何が怖いんだ?」

 リルは答えない。だが、さすがのサイラスも異常に気づいた。

 鳥の声が唐突に止んだ。森が不気味な静けさに包まれた。

「……やばいよ、やばいよ」

 リルは真っ青になった。

「何がやばいんだ?」

「親のウールヴェがくる」

 サイラスは幼体をもう一度見下ろす。幼体がこの大きさなら成獣せいじゅうの大きさはおよそ推測できる。

「四つ目より楽勝だろう」

 その時、大地が揺れた。木がメキメキと音をたて折れる。大地の揺れはおさまらない。

 ステーションでのんびりと鑑賞していたディム・トゥーラはぽかんとした。

 地上のサイラスも同様である。



 体高15メートル越えの白毛のマンモスいのししが現れた。



――遺伝子情報が狂ってないか?

 さすがのサイラスもあっけに取られた。あの小さな白毛玉が成長して、どうやってこの大きさになるというのだ。それに何かがおかしい。

『サイラス、おかしいぞ。こいつ、唐突に現れた』

 そうだ。違和感の正体はそれだ。ディム・トゥーラが二人に近づくものを見落とすはずがない。こんな巨大なものを気付かないということは、ありえない。

「み、見つかっちゃったよ、サイラス、逃げてっ!」

「リル、あいつの弱点は何だっ?!」

「え?あ?し、知らない」

「ディム!いのししの弱点て何?!」

『鼻、耳の後の首、心臓』

「さすが、専門家!」

『って言うか、それをいのししと思っていいのかね?』

「論文の考察は後にしてくれっ!」

 野生のウールヴェはサイラス達に突進してきた。

 ひょいとリルを抱きかかえると、サイラスは木の枝にジャンプして避けた。巨大いのししとの戦闘など想定していなかったので剣以外の武器は荷馬車だ。

 遠隔武器など弓しかないが、弓で倒せるとは到底思えなかった。

 巨大猪はそのまま突進して木々を薙ぎ倒していく。

 道ができたような状態を見下ろして、サイラスはつぶやいた。

「すごい破壊力だな……」

「辺りを開拓する時は便利だって、父ちゃん言ってたよ」

 確かに便利かもしれない。コントロールできれば、だが。

 目標を見失なってやりすごせたか、と思ったら巨大ウールヴェはくるりと方向をかえ、再び正確にサイラスのいる木に向かってきた。

「に、逃げて、逃げて――っ」

 サイラスはリルを抱きかかえたまま、木から木へと飛んだ。森の中を逃げたが、追跡が止む気配はない。白い巨大な四つ足が、道なき道を突き進んでくる。

「ウールヴェは執念深くて追いかけてくるんだよ」

ひぐまか』

「だってサイラス、幼体を連れているじゃん」

『それだ!』

 いつのまにか幼体が長衣ローブのフードに潜んでいた。ひっぺがそうとしてもガッチリ長衣ローブに爪をたてて剥がれない。

 サイラスは幼体を引き剥がすことを諦めた。

 武器が必要で一度荷馬車に戻らなければならないが、親ウールヴェを荷馬車から引き離す餌は必要だ。幼体を利用するしかない。

「リル、防護シールドの張り方は覚えているな?」

 リルは頷く。

「荷馬車を中心に防護シールドを張って、その中にいろ。絶対に出るな。ディム、リルを頼む」

『了解』

 荷馬車にたどりつきリルをおろすと、サイラスは3本の槍と弓矢を手にしてすぐに森に戻っていく。彼を追跡する激しい破壊音は荷馬車から離れていった。

 震えながらもリルは教えられた通り、小さな金属球を荷馬車の下に置き、精霊に声をかけた。すぐに荷馬車の周辺に防護シールドが張られた。

『そこから出ないように、この中は安全だ』

「う、うん」

 リルはほっと息をついた。まだ追いかけられた恐怖が残っていた。多分、サイラスがいなければ踏み殺されていたに違いない。

『リル、あれは何だ?』

「野生のウールヴェ、そのまま育ってしまったヤツだよ。害獣で、家とか潰したりする超やっかいものなんだ」

『確かにあれでは簡単に潰せるな』

「精霊様、サイラスは大丈夫かな?」

『大丈夫、サイラスは2番目に強い』

 その力強い言葉にリルは安心したが、ん?となった。

「サイラスより強い人がいるの?」

『いるいる。サイラスの師匠ししょうが彼の10倍以上強くて、白毛マンモスウールヴェ以上の破壊力を持っていて毎度、犠牲者が多数だ』

 ガツッと妙な音が響いて精霊の言葉はそれっきり途絶えた。


 サイラスは木に素早く登ると槍をみきに刺した。

『視界を奪え』

「順当な攻略提案だねぇ」

 助言通りに、弓を構え、接近してくるウールヴェの目を狙った。1本目は外し、2本目は右目を貫いた。

 痛みに対する巨獣の咆哮ほうこうに、森全体がビリビリと震えるような錯覚をサイラスは覚えた。

「古代種の生き残りの希少種ってオチはないよな?」

『捕獲してみるか?』

「冗談でしょ。命がいくつあっても足りないよ」

『残念だ』

「マジに残念がってない?同僚の命と希少種のどっちが大事なんだよ?」

『当たり前のことを聞くな』

 ディム・トゥーラが即座に答える。

『希少種に決まっているじゃないか』

「この研究馬鹿の人非人ひとでなしめぇぇぇ」


 すぐに枝から移動する。時計周りに枝から枝へと移動しながら、弓で左目と右脚の腱を狙った。皮は柔らかく矢は確実に刺さったが巨大なウールヴェの勢いは止まらない。サイラスが足場にしていた大木をなぎ倒していく。

 左目を射抜いても、獣はサイラスの場所を察知した。

「これ、なんで?」

『体温感知か、匂いか――それとも幼体の感知か』

 魔獣の四つ目の方がまだ可愛げがあるとサイラスは思った。

 足場がなくなる前に決着をつけなければならない。

――これは本気で行くしかないだろう。

 サイラスは一本目の槍を掴むと上空に跳躍し、真上から巨獣の首を狙った。槍は深々と刺さったが、まだ倒れない。

 すぐに着地した背中から逃れ、二本目の槍を掴む。そのまま矢の刺さった右目を再度狙う。狙いは命中したが、同時にウールヴェは激しく首をふり、頭の上のサイラスの身体を跳ね飛ばした。

「生意気だなっ!」

 サイラスは木に激突する瞬間に身体を回転させ、幹を蹴った。木と木を移動し、三本目の槍を手にするとサイラスは自分の身体をウールヴェの真上のはるか上方の空間に自身の身体を瞬間移動テレポートさせた。そのまま自分の防御シールドを発生させ、手にした槍に自然落下の重力加速度を乗せる。

 心臓を貫く攻撃にウールヴェはようやく倒れた。


『おかしな生き物だな』

「全くだよ。ここまで手こずるとは思わなかったなあ。矢を消費しすぎた」

『まだお前についてるぞ』

 その言葉にサイラスは白い毛玉を回収した。

『どうするんだ、それ』

「売るに決まってるじゃん」

『……お前、間違いなく地上で暮らせるな』

 呆れたようにディム・トゥーラが評した。



「すごい、すごいよ、サイラス。ウールヴェを倒せるなんてすごいよ」

 リルは大興奮だった。

「あたし、村で人を集めてくる」

「なんだって?」

 わざわざ村まで声をかける意図がサイラスには理解できなかった。

「人を集めてどうするんだ?」

「食べるの――っ」

 リルは手をふって駆け去る。

「……食べる……だと?」

 自分の背後にあるマンモスもどきの死体を見上げ、サイラスは愕然がくぜんとした。



 野生のウールヴェはご馳走らしく、近くの村人が総出の解体ショーになった。リルは格安とは言え、ちゃっかり金を取った。退治した労力からすると、金を取るのは当然らしい。

 放置しておくと大部分の木を喰われる大食漢で、退治したことを感謝され、村長から報奨金が受け渡された。さらに持ち金が増えた。

「これを飼おうとするお貴族様って物好きだよね」

「……どうやって飼うんだ?」

「知らない」

 さすがに疲れたサイラスに、リルは無邪気に焼けた串を差し出す。

 非常に悔しいことに、味は超極上だった。

「……おかわりが、たくさん欲しい」

「はーい」


「……美味しそうだな」

「……ちょっと食べてみたいわね」

 観測ステーションの二人は地上のバーベキュー祭りをうらやましそうに眺めていた。

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