第2話 療養

 2週間の療養期間が設けられたが、それはカイルにとっては拷問に等しかった。

 特別遮蔽室に隔離され、病室から出ることは許されない。精神感応能力者用の当然の入院処置だが、外界の思念と完全に遮断されているので、カイルの孤独感は増した。少しの楽しみは端末から自分の持ち帰った成果を確認することだった。


 だが、見舞客は多数訪問した。

 彼らは、今回の探索での膨大な情報収集をねぎらったあとに必ず決まった言葉をかけてきた。

「――ところで、今回の探索で質問があるのだが」

 そこから自分の専門分野に関する質問がでてくる。カイルの見舞いより研究課題の補足が目的であることは明らかだった。


 こ、こいつら……。

 観測ステーションの選抜スタッフは研究バカの集団であった。――自分も含めて。


「元気そうで何よりだわ。心的外傷トラウマにならないように、精神衛生メンタルヘルスも手を抜かないようにね」

 研究分野の質問をしなかったのは、探索の熟練者で今回オブザーバー役として参加しているイーレで、彼女自身、過去の探索で死亡経験があったため、カイルの精神状態を純粋に心配していた。

 イーレは金髪の長い髪を編み上げた子供の姿をしているが、カイルよりはるかに年上だった。

「純粋な見舞いの言葉は新鮮だよ」

「研究馬鹿達に一般常識を期待しちゃだめよ。私の時も散々だったわ」

「イーレは質問しないんだね?」

「私は今回は地上に降りないことを条件に中央セントラルの要請を受けただけ。地上に興味はないわ。――プロジェクト初の死亡者の称号は永年つきまとうわよ」

「……嬉しくない情報だなぁ」

「自業自得でしょ」

 ばっさりと切りすてたイーレは、カイルに耳打ちした。

「気をつけてね。中央セントラルは何か隠しているから」

「え?」


 カイルはドキリとした。

 問い返す間を与えずに、イーレはにこやかに病室を去っていった。


「シルビア、ディムは?」

 カイルは付き添っているシルビアに尋ねた。

「勤務中です」

「そうじゃなくて……」

「まだ怒っていますから、見舞いにはきませんよ」

「……」

 シルビアの言葉は正しかった。関係者で唯一、ディム・トゥーラだけは最後まで見舞いにこなかった。


――これは相当怒っているな……。


 カイルは深いため息をついた。



 療養期間が終了し、病室から解放されると、カイルはすぐにディム・トゥーラの個室コンパートメントに向かった。

「ディム?」

 扉の前で声をかけると開いたので、カイルは内心ほっとした。居留守を使われたらへこんでいたところである。

 ディム・トゥーラは操作卓コンソールに向かい背をむけていた。数分待ったが反応はない。気づいていないわけではない。背中が拒絶している。

 をあげたのはカイルだった。

「……このたびは心配をかけて申し訳ありません」

「……二度としないと誓え。さもなければ、俺はお前の支援追跡バックアップは辞退する」

 モニターから目を離さないままの死刑宣告である。

 支援追跡バックアップがなければ、探索跳躍ダイブはできない。できないと言うことは、惑星に降り立つ機会がない。

 かと言って他者の支援追跡バックアップでは段違いに力不足なのだ。

 これは全力で許しをうしかなかった。

「二度としません、……多分」

「多分?」

 ぎろりとディム・トゥーラはにらんだ。

「いや、だって、まさか、心拍停止するとは思わないじゃないか。記憶にある限り素体に異常はなかったし、何が原因かわからないよ」

「知るか」

「……僕、切断直後に死んだの?」

「違う。しばらくしてから、痙攣けいれんが起こって、いきなりきた。素体の事故とは状況が明らかに違った。しかも蘇生処置をしても意識が戻らないから、現場は大混乱だ」

「タイヘン申シ訳アリマセン」

「シルビアがまだ隠し事があると言っていた」

 やはりシルビアにはバレていたが、ディム・トゥーラに密告するとは計算外だった。

 だから怒っているのか、とカイルは納得した。

 ディム・トゥーラは、辛抱強くカイルの返事を待っていた。

 カイルは指を天井にむかってくるくると回し、合図を送った。ディム・トゥーラは、すぐに部屋の仕様を非公開プライベートに変更した。記録はされない。それが重要だった。


 ディム・トゥーラは、カイルに自分のそばの椅子に座るように指示した。カイルは腰をおろし、彼を見つめた。

「で、あの後は何があった?」

「ここだけの話にしてもらっていい?」

「内容による」

「切断後、飛行を続け、街を縦断して素体を人気のないところで休憩させたんだ」

「それで?」

「現地の少女と出会った」

 ディムは顔をしかめた。

「彼女は素体と同調している僕を見抜いた」

「はあ?」

 すっとんきょうな声があがる。その反応はカイルにも、よく理解できた。

「しかも僕と直接会話が成立した。精神感応テレパス超遠隔遠視クレヤボヤンス、間違いなく能力者だ」

「――」

「ありえないの連続だよ。だからこの記録は正直残したくないし、僕の記憶の正常さも保証できないし、何よりも――」

「重大な法規違反」

 二人で大きなため息をついた。

「黙っている時点で俺も同罪だな」

 ディムはモニターを切り替え、大陸地図を示した。

「お前が送ってきた情報を基に作成した地図とお前が転送した画像だ。素体と同調した座標はここ、そこからお前は南に下ったはずだ」

「うん」

「ここの街を取り囲む外壁で、俺との同調は切れた」

「一致する」

「で、お前は街を横断し――」

「その高い内壁の中の――その巨木にとまった」

「で?」

「彼女が木の下にいた」

「なんで不用意に近づいたんだ」

「だって気づかなかった――そうだ、人がいる気配なんかなかった」

 カイルは思い出した。気配があれば、他の場所を選んだだろう。

「どんな会話をかわした?」

「名前を聞かれたので答えた」

「それで?」

「何をしているか、と聞かれたので『地上を見ている』と」

「彼女は何か言ったか?」

「――嵐で水害があって病気が蔓延している」

「ここに自然災害の跡があり、多数の人がいる」

 ディムは街の南東の川そばの画像を拡大した。泥炭に沈んでいる廃墟のような村跡が付近にいくつかあり、行き場のなくした人々の集団が映し出された。

「――隣国との戦争が危ぶまれる」

「推定国境がこのあたりだとすると、不自然な集団移動はこれだな」

 目ざとくディムが示したエリアは北北東だった。

「ここ、何?」

とりで――古代の戦争で利用される進軍拠点だな。他には?」

「――エトゥールを継いだばかりの若き領主の能力を疑い、内乱の兆しもある」

「歴史上よくある権力闘争だ。つまりこのエリアは最近領主の交代が行われた、と。国の名前はエトゥールか」

「――西の民との和平もままならない」

「この山地を超えた森のあたりにいくつかの大規模な集団が認められる」

 ディム・トゥーラは吐息をもらした。

「つまり大陸は多民族が乱立する古代レベルの権力闘争の真っただ中。そこに進化レベルを無視した異彩を放つ能力者か?宗教がらみの巫女の文明例はあっても異例すぎる。しかもその惑星は通常探査不能だときている。かなり異常だ」

「――進化理論の道から、はずれている?」

「可能性はある」

「プロジェクトは中止かな?」

「これだけ材料が揃えば十分な理由になる。おまけに今回の事故だ。ここで問題になるのは、お前の処遇だ。強制送還は免れないぞ」

「だよね?」

所長トップに申告するか?」

「少し時間が欲しいんだ」

 カイルは視線を落とした。

「ここのプロジェクトは確かにトラブル続きだったけど、人間関係は好きだ。皆、専門分野に特化しているし、僕も選抜されて嬉しかった。僕の同調能力は活かせた。それを今回のことで手放すのは、正直悔しい」

 ディムは片手をふった。

「……俺もシルビアもお前が結論を出すまで黙っているから好きにしろ」

 突き放すような言葉の中に優しさがあり、それを隠す無愛想さにカイルは笑って彼の個室コンパートメントをあとにした。


 自分の個室コンパートメントに戻ったカイルは記憶を保存した。

 切断後の事故から、ディム・トゥーラの会話までを、他人が覗けない個人領域にダウンロードする。

 それから彼は紙とペンを取り出した。

 非電脳アナログな道具による素描は彼の趣味だった。

 脳裏の映像を正確に転写できる時代に、非効率な道楽だとイーレにはよくからかわれた。

 ペンを使い、支援追跡切断後の光景を再現していく。

 街並み、城壁、巨木と整えられた美しい庭。

 何枚目かに少女にたどりついた。印象が深かったので細部まで書ける。青いウェーブのかかった長い髪、翠の瞳。初めて間近で見た地上人は、美少女だった。

 衣服や装飾品から文化の特徴が読み取れるだろう。これらの絵を騒動の詫びの置き土産として、処罰を受けに中央セントラルに戻らなければいけない。

 カイルは溜息をついた。

「……もう一度降りたかったな」

 個室の窓から見える青く美しい惑星にカイルは想いをせた。




『ディム・トゥーラ!カイルの生体反応バイタルが消失しました!』

 シルビア・ラリムの悲鳴に近い精神感応テレパスにトゥーラは跳ね起きた。真夜中。上着をつかみ、カイル・リードの私室に走る。

 低下ではなく消失だと?!

 生体反応バイタルの消失は、個体の死亡か危篤状態であることを示す。カイル・リードが死にかけていることになる。

「いつ?」

『今、たった今です!』

個室施錠ロックを解除してくれ!」

『やっています!』

「カイル!」

 飛び込むように侵入した個室コンパートメントは、予想に反して無人だった。

「部屋にはいない。IDスキャンをして現在位置を教えてくれ!」

『それも反応がありません!』

 反応がないなんてことはないだろう。舌打ちして彼はすぐに警報を鳴らした。

『全員カイルを探してくれ!何処どこかで倒れている』

 観測ステーションは大騒ぎになったが、かまうものか、とディムは思った。あとで詫びるのは本人だ。土下座でもなんでもすればいい。

 だが、時間がたつにつれて事態は深刻さを増した。

 カイル・リードはどこにもいなかった。



 上層部は行方不明者の発生に中央セントラルへの報告にかかりきりになり、捜索を続けるメンバーを除いた人間は、皆集まった。

 カイル・リードは観測ステーション内に存在しない。監視機器類の全てがそれを示していた。


 冷静さを取り戻したシルビアが、皆にカイル・リードの生体反応バイタル記録の履歴を見せる。確かに唐突に彼の生体反応バイタルは消えていた。

移動装置ポータルの数を確認して。もしかして無断で地上に降りているのかも」

 イーレが指示をだす。

「全数揃っています。稼働記録もありません」

中央セントラルに帰ったとか」

連絡船シャトル離艦りかんしていません。そもそもゲート通過で記録が残るでしょう」

 ディムは身を乗り出した。

「映像記録を出してくれ、カイルの個室コンパートメント付近の廊下だ」

「彼は3時間前に個室コンパートメントに戻っています」

「俺の個室コンパートメントで奴と話したあとだ。一致する」

 部屋に飛び込むディム・トゥーラの映像までに、誰も廊下を移動していない。

「彼は部屋をでていないことになるわね」

「でも、いなかった」

「彼、移動能力テレポーションあった?」

「ない」

「IDの移動痕跡もないんですよ」

 シルビアは蒼白になり訴えた。

「ありえないことです」


――ありえない。最近そのフレーズを聞いたではないか。


 ディム・トゥーラは歩きだした。

「どこに?」

「ヤツの個室コンパートメント

「私も行くわ。シルビア、IDと生体反応バイタルの正確な消失時間を上層部と中央セントラルに報告をあげて」

 ディム・トゥーラはイーレと共にカイルの個室コンパートメントに再度向かった。

「中世の画像娯楽でこういうネタあったな」

「どんな?」

「宇宙生命体にわれるヤツ」

「あら、それなら血とか肉片とか痕跡は確実にありそうね」

「イーレのその冷静さが今は頼もしいよ」


 カイルの個室コンパートメントに二人は足を踏みいれた。

「寝た痕跡はない」

「絵でも描いてたんじゃないかしら」

 イーレは床に散らばっている紙を拾い集めた。

「綺麗だけど相変わらず非効率な趣味よね」


――地上の絵だ


 カイルから事情を聞いているディム・トゥーラはすぐに理解した。非常事態であるにもかかわらずそこにある情報量の多さに研究者として気をとられた。カイルの絵の緻密さは称賛ものだった。観察眼の鋭さが、貴重な画像資料を生み出していた。風景、建物、大樹、庭園風景、服に宝飾品――。

 人物画?

 ディム・トゥーラは数枚の絵に釘付けになった。

 それはおそらくカイルが違法に接触した少女の姿絵だった。

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