トリニティ

第7話

――カフェCielシエルの夕刻。

 平日の昼間は奥様方の井戸端会議や、息抜きで訪れるサラリーマンなど常連さんの憩いの場として賑わっている。しかしそれは夕方まで。日が暮れる頃からは静かな雰囲気の場へと一変する。放課後の学生には最適な勉強場所となるようだが――。


「ねぇテンちゃん見て、これ可愛くない?」

 ジュエリーのパンフレットを穴のあくほど眺めていた永田ながたみなみが話しかける。


「テンちゃん、コーヒーのおかわり欲しいな」

 こちらは週刊誌のグラビアモデルを、穴のあくほど眺める吉野よしの茂雄しげお


「ああ、コーヒーは私が持って行くから大丈夫よ、テンちゃん」

 と言ったのはCielシエル澄玲すみれ店長。


「……あれ、ここに置いたレポートどこ行った?」

 勉強の場にしているのは六ッ川むつかわ陽翔はるとだけのようだ。


 いつもなら静かな時間帯のカフェが、時折こうして大学帰りの同級生が寄り道して行く。初めは「みんなで課題をやろう」というのが目的だったはずが、今ではご覧の有様。でも、仲の良いこの4人が集まる理由を、私は知っている。


「このネックレス、テンちゃんに似合いそう」

「南にも似合うと思うよ」

「じゃあ、お揃いにする?」


 女子のやり取りを横目で見ていた六ッ川君が、「みんないいなぁ。俺も『テンちゃん』と呼びたいな……」と呟くのが聞こえ、すぐに吉野君が反応する。

「お前、心の声が聞こえたぞ。っていうか、いまさら?」


 みんなから『テンちゃん』と呼ばれるが、”天”の本来の読みは『そら』。幼少時から間違えて呼ばれるので、もはや『テン』は愛称だと思うようにしている。


「あ、いやその……。最近はこの4人で行動することも多いし、もうちょっと親しい感じになりたいな、と……」


「別にいいよ。『テンちゃん』って呼んでもらっても」


「良かったな。どうせなら陽翔も下の名前で呼んでもらえばいいのに」


「愛称でもあるといいね。南ならなんて呼ぶ?」


「普通に呼ぶなら『陽翔君』。可愛く『ハルちゃん』とか?」


「あれ、どうした陽翔? 顔が赤くないか?」


「そういえば、吉野君にも愛称ってないよね」


「そうなんだよ。ぜひテンちゃんや南ちゃんにも、俺のことを親しみを込めて呼んで欲しい」


 私と南は顔を見合わせ、

「吉野君の苗字以外が思い出せない……」


「忘れないでくれ……」


「吉野でいいじゃん」


 カラン、と扉を開ける音が鳴った。

「いらっしゃいませ」

「いつもの席、いいですか?」

 この時間でも常連客は来る。日が暮れてもカフェは暖かな雰囲気だ。




「そろそろ帰らないと。また明日ね、テンちゃん」


「うん。気を付けて帰ってね」


「俺たちも帰るか、陽翔?」


「もう少しで書き終えるから、先に帰っていいよ」


 カフェCielは、夜7時に閉店する。常連客や、たまに勉強をしに来る人たちも、6時を過ぎた頃から徐々に減って行く。

 テーブル席のひとりを除いて。


「頑張ってるね」

 追加オーダーのカフェオレを運んできて、声を掛けた。


「うん。いつか専門分野の資格も取りたいから」

 テーブルに広げられた参考書を端に除け、照れたような顔を向ける。少し頼りなさげに思っていたけど、将来を見据えた顔が大人びて見えた。





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