第2話

「なあ、どう思う?」

 テーブルを挟んだ向かいには吉野よしのがいる。

 矛盾むじゅんを感じて”夢”だと気付いたのに、目覚めずに夢を見続けた。この話の意見を聞きたかった。


陽翔はると。この前も言ったけどさ、疲れが溜まっているんじゃないのか? あまり頑張り過ぎるなよ」

 吉野は返事ではなく、俺の体の心配をした。


「寝不足はいなめないけど、やっぱり気になるんだよ」


「誰かを探していたこと?」


「それと、今回は目覚めなかったことも」


 吉野は呆れたような顔をしていたけれど、何かを思い出したように言った。

「以前に何かで読んだことがあるな。その、夢の中にいる認識についての事例を」


明晰夢めいせきむのことだろ」


「なんだ、知っているのか」


「俺も気になって調べてみたんだ。夢だという認識があるのに、目覚めることなく夢を見続ける。自分の意志で動き回れることもあるらしい。だとすると、俺が見たのも明晰夢めいせきむだったのか?」


「そうかもしれないな。でも、陽翔はるとが誰を探していたのか分からないんだろう?」


「うん。探す相手も分からないのに、探し回るって、いかにも夢っぽいけどな」


「大学時代の夢なら、その頃に出会った人じゃないのか?」


「その頃に出会った人か……」


 当時を思い返してみた。

 大学では吉野をはじめとする多くの友人に巡り合った。同級生をはじめ、サークルのメンバー、大学関係者、教授や准教授……。人物は思い浮かぶが、探している理由がわからない。

 もう一度、あの頃の明晰夢めいせきむを見て、人探しの続きをするしかないかな? 何か要件があって探していると思うんだけど……。


 それからというもの、明晰夢めいせきむを見る方法について色々と調べてみた。寝る前のイメージ作りから、レム睡眠状態が長く続くようなリラックス法など、とにかく夢を見続けるための情報を探しまくった。

 睡眠の質が低下するデメリットがあることも承知の上だ。寝不足なんて今更。この夢の謎から開放されないことには、眠るに眠れないのだから。

 そして知識、心身共に整った。解決するよう願いも込めて、準備万端でベッドに入り、目を閉じた。




「ああ、ちきしょう。なんであんなミスを……」

 久しぶりに仕事で大きな失敗をした。寝不足が原因という言い訳はできない。なぜなら、あれから夢を見ていない。ぐっすりと眠れていたのだ。

 この日の帰りには、吉野を強引に誘い、ヤケ酒を飲みに行った。翌日も仕事があるので早々に切り上げたものの、コンビニでカップ酒を買って、自宅に戻ってからまたんだ。


 酔いが効いたのか、また昔の夢を見ることができた。大学時代に出会った人たちが次々と夢に出てきたのだが……。


「で? 何か分かったのか?」

 言わなきゃよかったかな、と後悔する。話を聞いた吉野は、呆れた顔をしていた。

 夢に出てきた人たちから、色々と想像を巡らせてみても、探していた人は全く見当が付かない。


「なぁ陽翔はると、あまり言いたくはないけどさ。結局のところ、お前の夢は意味や目的があるわけじゃなくて、楽しかった大学時代を懐かしんでいるだけじゃないのか?」


「そ、そうかな……」


「夢にとらわれてばかりいると、本当に体を壊してしまうぞ。過ぎた昔なんて忘れて、ちゃんと現実を生きて行けよ」


 痛いところを突かれた。吉野の言う通りだ。不思議な出来事だと、勝手に解釈していたのは事実。今は社会人なんだから、もっとしっかり生きて行くべきだ。


 それは分かっている。分かっているが、心の中の別の一面が邪魔をする。


 あの頃に何かがあって、大事なことを忘れている。そんな気がしてならない。

 必死に考えても思い出せない記憶なら、夢の中で、あの時代に戻ったら分かるのではないか。


 そんな心の葛藤を、吉野は気付いている。なぜなら「現実を生きろ」と言った吉野が、自ら昔のことを話し出したからだ。

「でもまぁ、楽しかったよな。大学に行ってた頃……」


「ああ、楽しかった」


陽翔はるととは常に一緒に行動していた気がするよ。よく映画を見に行ったり、近くの喫茶店でサボってたり」


「そうだったな。夏には海に遊びに行ったじゃないか。男二人でわびしく」


「海にも行ったなぁ。クラスの女子でも誘えば良かった。すぐ近くに水族館もあったのに」


「その水族館にも行ったな」


「えっ? 水族館は二人で行ってないぞ。誰と行ったんだ?」


「あれ、それは別の時だったかな……? それより、同級生たちは元気にしているのかな」


「それぞれ頑張っていると思うよ。あれから会えないままだけどさ」


 あれから、か……。

 そういえばみんなと最後に会ったのは何時いつだっただろうか?





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