さかもげの手

広之新

プロローグ

 それは月のない暗い夜だった。真夜中になり灯りは次々に消え、街は漆黒の闇に飲みこまれそうになっていた。そんな時、ホテルラウンジというラブホテルの従業員から男性の刺殺体を部屋で発見したとの通報があった。署から連絡を受けて私はすぐに現場に向かった。

 そこは繁華街のはずれ、ホテルの派手なネオンとけばけばしい外観が人目を引いていた。中は顔がはっきり見えないほど薄暗く、廊下をまっすぐに行くとそれぞれの部屋に行きつく。

 事件現場は奥の部屋だった。すでに捜査員たちが到着して調べている。倉田班長もすでに来ていた。遅れてきた私に一言、


「殺しだ」


 と告げた。部屋の中ではすでに鑑識が活動していた。部屋の中は誰かが暴れたようにかなり荒られされていた。男は着衣のままナイフで心臓を一突き、そのナイフは近くに転がっていた。倉田班長が男の所持品を調べた。


「男は南野翔一。26歳。ホストクラブ鹿苑のホストか・・・」


 ラブホテルではよくこんな事件が起こる。その場合、痴情のもつれの線が色濃いのだが・・・。


「多分、犯人はこの男と一緒に来た女だろう。藤田はこのホテルの防犯カメラをチェックしてくれ。岡本は・・・」


 倉田班長が次々に指示を与えていく。この分では犯人を逮捕するのにそう時間はかからないだろう・・・私はそう思った。

 その時、このホテルの清掃員と思われる中年の女性が部屋の外に来ていた。さっきからずっと中をのぞき込んでいる。彼女は不安そうな顔をしてささくれた手をさすっていた。何か私たちに用事があるのかもしれないと彼女に尋ねてみた。


「どうかしたのですか?」

「あの・・・」


 彼女は何か言いたげだった。もしかしたら犯人を見たのかもしれない。


「何かを目撃したのですか?」

「いえ・・・私が殺しました・・・」

「えっ?」

「その男を私が刺しました・・・」


 その女性ははっきりそう言った。

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