第2話

「しゅるさんがどうしたって?」

 真坂さんは今日、春奈たちより1時間早いシフトだったせいで、昼休憩も早かった。急に休んだ誰かの代わりに出たのだろう。


「チュンさんがね、しゅるさんの後をつけたんだって」

 春奈はお弁当のちくわ揚げをつまみながら応えた。

 ちくわ揚げは薄味だった。このところ、どのおかずも薄味だ。

 お弁当は、夫であるマルが作る。剛田勝ごうだまさる。省略してマルと呼んでいる。多分、誰が見たって、マルは剛田勝よりマルという名のほうが似合っている。

 


「で、どこだったの? しゅるさんの家」

 真坂さんが続けて訊くと、チュンさんがふたたび顛末を説明した。


「そっか。林で巻かれたのか」

 なんて言うと、またチュンさんが混乱する。そう思った春奈は言い足そうとしたが、さすが、学習能力の優れたチュンさん、

「そう。巻かれました」

と返事をした。


「だから、千円、もらえませんね?」

 残念そうにチュンさんが言うと、

「ああ、あのクイズね」

と、真坂さんは笑った。真坂さんも忘れていたのかもしれない。


「それにしても、どこに住んでるんですかね」

 仕切り直すみたいに、涼くんが声を上げた。

「狸野の先の林には家はないはずだしなあ」

「でも、幽霊なら」

 チュンさんが、怯えた声で返した。

「そうだよね。幽霊だったらあの林にいてもおかしくはない」

「やめなよ」

 春奈は涼くんを制した。

「幽霊呼ばわりするなんて、なんか、しゅるさんに悪いじゃん」

「そうですね」

と、涼くんは首をすくめた。

 人付き合いが悪く、ちょっと不思議な雰囲気だからって、幽霊にしてしまうのは失礼だ。誰よりも完璧に仕事をこなすしゅるさんなのに。


「行ってみようか」

 真坂さんが、拡声器を当ててるみたいな声を出した。

 みんなが一斉に真坂さんに顔を向ける。

「みんなで狸野の先の林に行って、しゅるさんの家を探してみようよ」

「えー? みんなで?」

 春奈の声は裏返ってしまった。真坂さんときたら、またしても突拍子もないことを言い出す。

「みんなで行くなら、もうクイズは終わりですね」

 チュンさんは、ぼそっと呟き、

「おもしろそうだなあ。ピクニックだ」

と、涼くんがはしゃいだ。

「決まり。いつにしようか」

 真坂さんは、スマホを取り出して、カレンダーを見始めた。 



 春奈がこの和菓子工場で働き始めてから、そろそろ四ヶ月になる。初日は雛祭りの日だったから、今はもう夏の盛りだ。


 自宅から歩いて行ける場所で、きつくなさそうで、それより、嫌になったらすぐに辞められるパートを探したら、ここになった。


「いいんじゃない?」

 パート先を決めてきたとき、マルは、すぐに賛成してくれた。

 マルは二歳年下の二十七歳。結婚してから一年半だ。

 マルは、市役所の総務部で働いていている。真面目すぎるところもあるけど、大抵のことは春奈に賛成してくれる。


「だから、みんなで行ってみようって話になったの」

 夕食をテーブルに並べながら言うと、マルはキッチンで火を止めてから振り返った。

「何人で行くの?」

「五人。根本さんも行くことになったから」

「お弁当は?」

 マルは料理が得意で、お弁当含め、すべての料理はマルの担当だ。春奈は掃除、洗濯を受け持っている。結婚するときガチガチに取り決めたのではなく、結婚前に三か月ほどいっしょに暮らしたときから、なんとなくそうなっていた。春奈は料理が苦手だ。

「持ってかないわよ。だって、夕方から行くから」

「幽霊が出るって噂のある場所に夕方から行くんだ」

 大皿に、フライパンからナスと豚肉の炒め物が移された。

 う~ん、おいしそう。


「ちょっとした肝試しみたいになってる。ほんと、しゅるさんに悪いよ」

「本人に訊けばすむことなのにね」

「それは訊かないルール」

「変なの」

「だから、楽しんでるんだってば、みんな」


 実際、根本さんあたりが、おばさんの図々しさを発揮して、家はどこなの?とはっきり訊けば、事は終わる。それをあえてしないのは、みんな、このイベントを楽しんでいるからだ。


 みんなで行くのは、それから二日後の土曜日、午後六時と決まった。

 待ち合わせ場所は、狸野に曲がる土手の上。日が高いからきっと明るいだろうと思う。それが救いだ。

 

 ほんとうのところ、春奈は幽霊だの妖怪だのが苦手だ。想像力がたくましいのか、夜のベランダで揺れる洗濯物を見ても怖い。

 それなのに、このイベントに参加してしまったのは、春奈なりに、バイト先の人間関係を考慮してのこと。みんなが行くと言っているのに、話に加わっていた自分だけが行かないのは、なんとなく後が気まずいんじゃないか。後でみんながその話で盛り上がったとき、話の輪に入れないのもさびしいし。


 当日は、よく晴れた。

 行ってみると、もう、真坂さんとチュンさんが、土手の上で立っているのが遠くからも見えた。


「おつかれさまー」

 仕事でもないのに、いつもと同じ挨拶をし合った。

「すごい、重装備ですね」

 真坂さんは上下迷彩柄の服を着こんで、大きなリュックを背負ってる。

「何があるかわかんないからねー」

 ひるがえってチュンさんは、近所のスーパーにでも出かけるような服装。ただ、手に懐中電灯を持っている。

「いりますか、懐中電灯」

「持ってこなかったの?」

 真坂さんに呆れられた。

 


 



 

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