第40話 もう、子供じゃない

 



「本気ですか、真人さん……」


 扉をくぐった先を見るなり、莉奈は引きつった顔で真人の服の裾を掴んだ。


「何がだ?」


 扉の向こうには、移動のみを目的としたシンプルな作りの地下通路が拡がっている。あまり使われていないのか、手入れのされていない電灯がチカチカと点滅している。


「いや、こういうのってホラー映画とかで見るやつじゃん。ちょっと譲っても、ゲームとかのラスボスに続く道じゃん」


「……俺にとってはラスボスだけど、身内だから安心しろよ」


「そんな心配してないってばぁ!」


 電灯が消えるたびに、ひっ、と莉奈が小さな声を漏らす。


「怖いなら怖いって最初から言えばいいのに……。ほら、手繋いでやるから行くぞ」


「はぁっ!?」


「こらっ、叫ぶな。響く」


「真人がらしくないこと言うからでしょ!」


「はぁ……じゃあ、もう進むぞ。ほら、早くついてこないと置いてくぞ」


「えっ、嘘嘘! 手繋ぐ! 連れてって! こんなとこに一人にしないで!」


「ははっ、はいはい。すぐつくから、それまで我慢しなさい」


「う、うん……」


 落ち着かせようと優しい声色で諭してくる真人の横顔を見上げると、莉奈は遠慮がちに指を絡ませた。

 涼しい顔をしてずんずん進んでいく真人が、歩く速度を合わせてくれているのが嬉しくて、莉奈は繋いだ手に力を入れた。


(……び、っくりした。莉奈だぞ? 何意識してんだ、俺は。子供の頃もよくこうやって繋いで歩いてただろうが)


 子供の頃に繋いだ時の印象のまま、ぎゅっと繋がれると思っていた手を、おずおずと照れた様子で握られたことに動揺した真人は、変に意識してしまった自分を心の中でたしなめた。


 女性らしい柔らかくてすべすべとした指先が、ゆっくりと真人の指に絡み、嫌でもお互いに大人になってしまったことを思い知らされて、真人は内心気が気ではなかった。


 お互いに意識をしないようにしようと考えていることなど知る由もないまま、カツンカツンと響きわたる二人分の足音が、流れる沈黙を肯定していた。


(ううっ……。薄暗い地下通路こんなところじゃなければ、まだついて欲しくないな……とか乙女な感情に浸れたのにぃ……)


 莉奈は涙目になりながら、真人の腕に絡みつくとゆっくりと歩く足を進めた。乙女心ってやつは、まったくもって厄介だ。


「よし、無事ついたな!」


 わざとらしく声を張り上げた真人に、莉奈が慌てて抗議する。


「ちょっと待ってよ。無事つけない可能性もあったってこと!?」


「いやいや、何回か分岐があっただろ? ほら、俺の記憶が頼りだったからな。まぁ、つけたんだから大丈夫だ」


「うわぁ……」


 嫌そうに身震いする莉奈の手をじっと見つめて、少しだけ気まずそうに真人は言った。


「……莉奈。もう、ついたんだから、その、手離していいんだぞ?」


「へ? う、うわわわわぁぁぁっ! い、いつまで繋いでんの!」


 後退りをしながら、ぱっと手を離した莉奈に、真人はほっと胸を撫で下ろす。


「いや、お前が強く握ってて離さないからだろ?」


「ななな、そんな訳ないでしょ!」


「はぁ……。今更隠さなくなっていいから」


「ふぇっ!? 何が!?」


「お前が怖がりなことくらいわかってるって。さっきまで散々ビビってるの見た後なんだからさ」


「あ、あぁ……。そういうことね」


「他に何があるんだ?」


 別に。

 莉奈はそう言おうとしたが、急に真人のピリついた空気を感じ取って、ばっと後ろを振り返った。


「…………真人?」


 独り言のような、聞こえないくらい小さい男の声。

 暫く会話などしていなかったのに、自分に似ているその声に、真人は微かに眉をひそめた。


「久しぶりだな。……父さん」


「久しぶり、か。お前には避けられていたようだからな」


 いかにも仕事が出来るといった風貌だったが、目の下の隈のせいで年齢以上に疲れきっているようにみえた。

 暗い色のスーツに身を包んだ真人の父親は、細い眼鏡越しに鋭い目つきで真人を見つめると、動揺を隠すように煙草に火をつけた。


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