第10話「リリアさんの不安」

 俺の家に初めてクラスメイトがやって来た。

 それだけでも大事件なのに、その人はなんと女の子、しかもフランス出身のハーフとなると、父さんと母さんのテンションが高かった。


「リリアさん、はいどうぞ、コーヒーよ。って、英語で言いたいところだけど、どう言えばいいのかしら、Please drink a coffee」

「あ! ありがとう!」

「おお、ありがとうと言えるのか、すごいな。リリアさんはどこから来たのかな? Where are you from?」

「あ、わたし、フランス!」

「あらー、フランス出身なのね、すごいわー、フランスの方とお話するの初めてだわー」


 三人が楽しそうだ。ま、まぁ、楽しそうならいいか……。


『コーヒー美味しい! ねぇショウタ、美味しいって日本語でどう言うの?』

『あ、ああ、美味しいはこう言う』


 俺はそう言った後、「おいしい」と日本語で言った。


『ああ、なるほど! オイシイ、か、覚えたかも!』


 リリアさんが「ママ、おいしい」と笑顔で言った。


「あらまぁ! ふふふ、リリアさんありがとう。可愛いわねー、翔太にこんな可愛いお友達ができるなんてねー」

「い、いや、だから友達ではない……」

「翔太、コーヒー飲んだら、翔太の部屋に案内しなさい。あ、手を出したらいけないぞ」

「え!? い、いや、それは……」

「そうよー、せっかく来てくれたんだし、二人でゆっくりしておいで。あ、キスくらいならいいかもしれないわねー」

「なっ!? そ、そ、そんなことするか!」


 相変わらず俺の話を聞いていなくて、勝手に決める両親だった。俺は泣きたくなった……が、リリアさんが両親と俺を交互に見てくる。い、今のはさすがに全部は翻訳できない……。


『り、リリアさん、お、俺の部屋……来る?』

『いいの!? うん、ショウタの部屋見たい!』


 嬉しそうな笑顔のリリアさん。し、仕方ないので俺の部屋に案内した。ドアを開けて中に入るように促す。部屋に入ったリリアさんは笑顔で部屋を見回していた。


『へぇー、ここがショウタの部屋かぁー、綺麗だね』

『ま、まぁ、片付けは嫌いじゃないから……』

『そっかー、あ、これ、ゲーム?』

『ああ、勉強して休憩する時にやってる……かな』


 ……ちょっと待て、なんだかこれだと友達を部屋に入れたみたいじゃないか。そうではない。リリアさんはクラスメイトではあるけど、友達ではない。そう、ただの一緒のマンションに住んでいる隣の席のクラスメイトだ。だいぶミラクルが過ぎるけども。


『ここでショウタが寝てるんだねー』


 そう言ってリリアさんがベッドにそっと座った。


『ま、まぁ、そうなるな……』

『ふふふ、ねぇショウタ、こっち来て』


 リリアさんがぽんぽんと自分の横を叩いている。え!? そ、そこに座れというのか……!?


『い、いや、それは……』

『えーいいじゃん、ほら早くー』


 リリアさんが立ち上がって俺の手を引き、ベッドに座った。し、仕方ないので俺もちょっと離れて座った……するとリリアさんがぴったりと横にくっついてきた。え、えええ!? が、学校の時よりも距離が近い……俺はリリアさんのスカートからスラっと伸びた長い脚を見てドキッとしてしまった。


『ふふふ、ショウタ赤くなってる』

『え!? い、いや、まぁ……』

『……ショウタ、ありがとう。ほんとはね、日本の学校に行くのすごく不安だったんだ。でも、ショウタがフランス語も話せるし、私に色々教えてくれるし、嬉しいよ』


 リリアさんが真面目なトーンでそう言った。そうか、まぁそうだよな、母国ならまだしも、遠い異国の地の学校だ。周りもリリアさんにとっては外国の人だらけ。不安にもなるだろう。学校の先生は英語もフランス語もできない人が多いし、俺がいなかったらと思うと……。


『……だから、私にもっと色々なこと、教えてくれる?』


 リリアさんがこちらを見たので、俺もリリアさんを見ると――


『……あ、ああ、俺でよければ……』


 ……リリアさんのはにかんだ笑顔が、可愛く見えた。


『ありがとう! ショウタ優しいね。あ、また顔が赤くなってるー! 私が女の子だから?』

『え!? い、いや、まぁ、それはあるけど……って、ち、近――』


 ぐいぐい来るリリアさんだった。だ、だから距離感がおかしいって。もうちょっとどうにかならないものか。

 

 ……でも、不思議と悪くない気分だった。

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