第5話

 同じころ、孤児院を出る15歳になったアベルは、いつも内職を世話してもらっていた中堅の商会に拾われ、その人当たりの良さから渉外担当として王国中を飛び回る多忙な日々を過ごしていた。


「会長、ただいま戻りました」

「おう、よく帰ってきたなアベル。で、首尾はどうだった?」

「はい、商会の皆さんがまとめてくれた資料のおかげで、何とか先方に納得してもらうことができました」

「よっしゃ! これで南のルートも確保できた! よくやったなアベル!」

「あ、ありがとうございます。ちょ、痛い、痛いです」


 部屋に入った途端、パッと見商会のトップというよりは山賊の親玉にしか見えない会長に、肩を強めに叩かれながら褒められるアベル。


「しっかし、お前がウチに来てもう三年か。もともと即戦力のつもりで来てもらったんだが、まさかここまでの業績を上げるたぁ、さすがアベルだ!」

「いえ、僕のような子供だけじゃ、誰も信用してくれなかったですよ。交渉の主役は一緒だった先輩達ですよ」

「バカ野郎、お前個人の伝手が繋がったから、交渉の場が設けられたんだろうが。謙遜も度が過ぎればただの嫌味だぜ!」


 がははと大笑する会長だったが、急に表情を引き締めて言った。


「だが、ここ最近王国のめぼしい商会で業績が上がってるのは、はっきり言ってウチだけだ。他は大手も含めて現状維持すらできていねえ。アベル、なんでかわかるか?」

「もしかして、この間の隣国との戦ですか?」

「そうだ。表向きは一応王国が勝ったことになっちゃいるが、戦死者は圧倒的にこっちの方が多かったそうだ。こう言っちゃなんだが、何万人兵士が死のうが常備軍だけで十万はいるって言う王国にとっちゃ、大した損害じゃねえ。だが、この間の戦は、王国軍の屋台骨を支える将校たちが軒並み戦死したって話だ。噂じゃ、王国の軍事力の三分の一が消失したんじゃねえかって言われている」

「そ、そんなに……」


 思わず固唾を飲んだアベルに、会長は深く頷いた。


「アベルも知ってると思うが、ここ数十年の王国の発展は、今の王様が軍事力に物を言わせて領土拡大に勤しんだおかげだ。その一人息子である王子も、その血を色濃く受け継いでるって言われてる。実際、戦の勝利のきっかけは王子の単騎駆けだって話らしいから、ただの噂ってわけじゃねえんだろう。だが、アレは駄目だ。あの王子の代になったら王国は滅びるぞ」

「か、会長、声が大きいですよ。誰かに聞かれたら……」

「構うもんか。この部屋は俺自ら絵図面を引いて完璧に防音を施した部屋だ。それに、ここにいるのは俺とお前の二人だけ、何の心配もねえよ」

「僕がうっかり外で喋るかもしれないじゃないですか」


 話をはぐらかすためのほんの冗談、そんなつもりで言ったアベルの言葉だったが、いつもは軽く流してくれるはずの会長の顔つきが変わった。


「バカ野郎、俺を見くびるなよ、アベル。傭兵上がりで計算も交渉事もからっきしの俺が、この商会をここまで大きくできたのはな、人を見る目だけは誰にも負けねえって自信があったからだ。その俺のカンが言ってるのさ、この先にやってくるだろう厳しい時代で、お前以外に俺の商会を背負って立てる奴はいない、ってな」

「か、会長」


 冗談が過ぎますよ、と続けることは、アベルには口が裂けてもできなかった。

 商会に就職する前、孤児だったころからの付き合いを含めると、すでに十年近く経つアベルと会長の関係。

 受けた恩は数知れず、商会に入ってようやく役に立ち始めたところだ。

 そんな父親のような人が、今まで見たことのなかったほどの真剣な目でこちらを見てきた。


「おっと、商会の他の連中のことや、時間をくれなんて言い訳はするなよ。どうせお前のことだ、あっちこっちに遠慮していることくらいすぐわかる。だが俺ももう年だ、この仕事もできてあと五年、子供もいない俺はそれまでに部下の中から後継者を決めにゃならん。だからアベル、五年だ、五年かけてお前が本当に俺の後釜にふさわしいか見極めてやる。もちろん、仕事の厳しさはこれまでとは比べ物にならん。お前のやり方が通用しない相手だって出てくるだろう。だがなアベル、お前ならきっと俺のしごきについてこられると信じている。その時にゃ、他の連中だってお前のことを本当の意味で認めるだろうさ」


 そこまで一気に喋った会長は、水差しからコップに水を注ぎ喉を鳴らしながら飲み干すと、勢いよくコップを置きながらアベルに迫った。


「さあアベル、今ここで決めろ。このままちょっと人当たりのいい一従業員として一生過ごすのか、厳しい未来の王国で人々のために汗をかく役目を背負うのか、どっちだ?」

「僕は――」

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