第4話 父と子

 あたりは暗くとても静か。風が山を追い越して、新緑の香りを届けてくれる。

 風を身に纏う百地新左衛門ももちしんざえもんは、ゆっくりと軒先のきさきに近づいた。周囲には彼と同じく山伏装束やまぶししょうぞくを身に纏う妖怪が三人いる。

 屋根から下を見れば、いくつかの篝火かがりびが闇に割り込み、斑模様まだらもようをつくりだしていた。

「時間です。行きますか」

「しくじるなよ、新左衛門」

「……」

 白百合しらゆり色の毛、ふわふわの二尾、先のとがったケモ耳、美しい顔立ちをした石川五右衛門が釘を刺す。

 小町鼠こまちねず色の狐耳、毛先だけ小町鼠色の白くふさふさの二尾。白い頭髪は高い位置で一つ結び。フェイスラインに沿った髪の束を、鎖骨まで伸ばした少年の名は新左衛門。二人は兄弟に見える。

「新くん、気を付けてくださいね」

 半歩後ろに立った神戸小南かんべこなんは五右衛門とは真逆。何もかも包み込むような優しい微笑を浮かべている。

殺生石せっしょうせきに人のむくろを」

「「「殺生石に人の骸を」」」

 応仁の乱より九十三年後、永禄えいろく三年の十市城とおちじょう朱殷しゅあん色をさらに暗くした山伏装束が、能面をかけ、屋根から飛び降りていく。漆黒の山伏装束を身に纏う下柘植木猿しもつげきざるだけがその場に残る。

 三人は無駄のない動きで城内に忍び込んだ。情報通り、ここ十市城には同胞がいないらしく、予定通り誰にも感知されていない。

 侵入後は四方に散る。移動速度は人知を超えており、それでいて音もしない。

 草木も眠る丑三つ時。周りには低い山があり、夏の訪れを匂わす草の香りがする。彼らは伊賀国の忍び。

 十市城に侵入してからおよそ五分。さやさやと奏でる癒やしの音が、人間の悲鳴によって侵された。

 城のつくり、大きさなどは、城主の血と汗と涙、そして繁栄の結晶といえる。ひとつ前の城主の名は十市遠忠とおちとおただ。大和四家、大和五大豪族と呼ばれるまでに十市氏を繁栄に導いた。

 現在の城主は息子の遠勝とおかつ。没落への道程は、遠勝の拙劣な行いの繰り返しだった。そして、木猿率いる伊賀衆の手によって、大和・十市氏の繁栄の物語は、終幕を迎えた。



「にゃーご、ごろにゃーご」

「報告しろ」

 長閑のどかなるときの流れに、麗らかな日差しを浴びる和室。新左衛門に似た美丈夫が屏風びょうぶを背に座り、脇息きょうそくに身を預けている。

 伊賀国、百地三太夫ももちさんだゆうのお屋敷。忍びの国とは思えないほどの穏やかさだ。

箸尾為綱はしおもりつなの依頼は、茶器、九十九髪茄子つくもかみなすを引き渡して完了いたしました。城もすでに箸尾為綱のものとなっていることでしょう。報酬の一千貫はこちらに」

「我ら伊賀国は人を駆逐する。滅ぼさねばならぬ。そうすべきなのだ……」

 木猿の報告を聞く三太夫には、労いの心が感じられない。

 三太夫は伊賀国随一の権力者。独自の文化を形成する伊賀国では、伊賀国全体の活動に対する方向性や運営に関して、みんなで話し合って決めている。

 とはいえ合議が開かれても意味がない。百地の独壇場。三太夫の力が強すぎるのだ。

 伊賀国に住まう左螺旋は、多かれ少なかれ三太夫の優生思想と人に対する憎しみの影響を色濃く受けている。

「……今回の成功で、忍び業だけでなく傭兵業の依頼も増えるといいのですが……」

 先の白いふわふわの尻尾とぴんと立つ狐耳を持つ美青年。髪の色はブロンドで、瞳の色は青く美しい容姿。鍛え抜かれた身体に高い身長。この国の男性身長の平均値を優に超えている。新左衛門、五右衛門、小南、三人の師匠でもある下柘植木猿は、三太夫に十市城での働きを報告した。

「そうでなくては困る。わかるな新左衛門?」

「はい、父う──」

「あぁ⁉」

「……失礼いたしました」

 木猿は悲しそうな顔をしながら、悪くなった空気を追いやるようにして報告を続けた。これ以上、親子の関係を悪化させないようにしているようにも見える。

「そういえば、松永久秀まつながひさひでの情報通りでした。お陰で仕事は予定通りです」

「そうか……。筒井順慶つついじゅんけいの家臣、箸尾為綱を裏切り者に仕立て上げ、それを隠れみのに茶器をかすめ取る。恐ろしくて殺したくなるな……」

「……松永が敵に回るようなことがあれば、苦しい戦いになることでしょう」

「とはいえ松永は、今のところは我らと仲良くしておきたいらしい。情報と高額な報酬は、お近づきの印というところか……」

「松永とは長い付き合いになりそうですね」

「利用するだけ利用してやろうではないか。そんなことより新左衛門。これまで通り強く、理想を体現し続けろ。それが伊賀国の、そしてお前のためになる。わかったらもう下がってよい。木猿とはもう少し話がある」

「……畏まりました」

 庭にいた猫の気配は、いつの間にやら消えていた。

「監視役から前もって聞いてはいるが、新左衛門たちを独り立ちさせて問題ないか?」

「……新左衛門は短気なところがありますが、三人とも問題ありません。百人程度の人間では、三人の剣を止めることはできません」

「左螺旋の力を十分に見せつけることができたであろう。これからは、より金になる傭兵としての依頼も増えそうじゃな」

 伊賀国最強の忍び三太夫は、笑みを隠すことなく満足そうにうなづいた。

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