第14話 ちゃんとした失恋

 私の一度目の失恋は高校に入ってから。桜木先輩と再会した瞬間だ。

 あの時の自分は今よりももっと弱くて、当時少しだけ芽久を避けたことがあった。

 でも仲直りして芽久に自分の気持ちを話すと意外にすっきりしたことを今でも覚えている。


 二度目はこの前。桜木先輩に〝芽久以外の女は受け付けない〟と言われた時。

 当時は別に失恋だとは思わなかったけど今思えば言葉で拒否されてて、失恋だったなって思う。


 三度目はいま。

 桜木先輩と視線は合わなくて、周りからの目も痛くて。

 芽久と景くんからは心配。松木先輩からは気づかなかった、そういう視線。先輩だけは、今も感情が読めない。


 私はどれだけ先輩を好きでも先輩から私に矢印が向けられることはない。たぶん一生。

 そんなの私だって分かってる。不毛な恋だし、こんな恋ずっと続けられない。でもきっと引きずる。

 桜木先輩以上の男なんて見つけられないし、好きになれない。


 あの日、あの場所で優しくしてくれた先輩が好きなんだ。


「ちょ、雄介⁉」


 桜木先輩は何も言わず、無言でこの場を去った。それが、私に向けた答えだ。

 視界が歪むし、立ち上がろうにも体に力が入らない。私この人達の前で何回泣くつもりなんだろう。


「ねえ美琴。私やだよ。美琴にはもっと、もっと!」

「芽久……」

「あの時、私と一緒にいなければ。私がナンパされなかったらこうならなかったのに!」


 芽久が泣いてる。自分のせいだって思い詰めてる。


「違うよ。私、桜木先輩のおかげで二年間幸せだったよ。辛いことのほうが多かったけど好きな人がいるって楽しみができた。先輩好きなおかげで巡り合えた縁だってあるの。全部、全部否定しないでっ」


 私は先輩を恨みたいわけじゃない。むしろ感謝してた。

 先輩にとっては迷惑なことだったかもしれない。でも私にとっては楽しかった。

 一方通行の恋愛なんていくらでもある。でも、それにより繋がれた縁がある。


 景くん。水城先輩、小田先輩、寒田さん。

 この四人は桜木先輩を好きじゃなかったら絶対に出会えなかった人。

 大事にしたいこと。私の気持ちを大事にしてくれた人。

 そんな人達に出会えたんだ。全部を否定されるのは、辛くて苦しい。


「美琴っごめん、ごめんね!」

「芽久は、悪くないよ。嫉妬したのも、頑張れなかったのも全部自分のせいだもの。だから松木先輩と別れるって、思いつめないで」


 やっと言えた。二年間言えずにいたこと。

 夏祭りの日、思っていたことは言ってしまった。でもそれだけじゃない。

 芽久に嫉妬してた。でもそれ以上に感謝だってしてた。芽久はずっと私と先輩のために取り合おうとしてくれてたのを知ってたから。

 松木先輩が邪魔をする、っていつも言ってた。でも私の気持ちも汲んで強引に進めることはしなかったその優しさだって知ってた。


 芽久に向ける気持ちは、憎悪だけじゃない。感謝のほうが大きい。

 ぐちゃぐちゃになった感情を整理するのに、随分時間がかかってしまった。


「ねえ芽久。私、芽久には幸せになってほしいの。先輩と」


 だから別れないで。

 そう告げれば芽久はもう別れないだろう。先輩に愛想をつかせて別れるのならそれでいいと思う。でもそれ以外で別れることなんてもう、私が許さない。

 更に泣く芽久を松木先輩が抱きしめる。縋りつくように泣いている芽久は先輩に預けていれば安心だ。今までだってそうしてきた。


 私は黙ったままの景くんを見る。


「景くん。私、失恋したよ」

「うん」

「もう、全部終わったかな……」

「うん、終わったよ。頑張ったね、美琴」


 涙は、もう出ない。

 桜木先輩を好きな、泣き虫の春日井美琴とは今日でさよならだ。

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