第4話

 

 祝福「ストームヴィル断崖」は城の裏手に回り込んだ場所にある祝福だ。


 かつて何と戦ったのか、頑丈な城壁にはいくつもの穴が穿たれ、無惨な姿を晒している。

 そんな疵痕を眺めながら、その先にある木製の階段を登っていくと城内に入ることができる。


 階段とは言っても壁に木の板を打ち込んで作っただけの簡素なもので、足元はスカスカだし、手すりなどという上等なものはない。

 おまけに敵も配置されているので、こんな狭い場所で乱戦になることすらあった。


 慣れていないと、落下死と背中合わせのためにゾワゾワした変な感覚を抱えながらプレイすることになる。


 ただ、意外と言っては失礼かもしれないが、黎人の操作は思ったよりも上手く、こんな難所のバトルも楽しんでくれているようだった。


『これならいけるぞ!』


 言いながら、ブロードソードを振りきった。


 刀よりも重々しいモーションから繰り出される攻撃が、敵の一体を仕留める。

 相手の半数は兵士ですらなく、ゴストークと同じ囚人のような格好をした雑魚敵。

 物陰に隠れて後ろからナイフでひと突きしてくるなど、特殊な攻撃にさえ気を配れば初心者にとっても恐ろしい相手ではないだろう。


 中に入ると入り組んだ構造になっているのだが、そのあたりは航が先導し、そして途中の小部屋に配置されている飛び抜けて強力な敵―失地騎士に一敗を喫した。


 再びストームヴィル断崖まで引き戻されたのだが、黎人はむしろ発憤し、即座にリターンマッチを挑んで今度こそ切り抜けたのである。


「やりましたね。この先、次の祝福までにはまだちょっとありますけど、今の失地騎士は一度倒せば充分なので実質進展しましたよ」


『あ、この鍵は死んでも手元に残るもんな』


「そうです。ある意味このゲームって、強敵とかアイテムとか死んでも巻き戻らない要素を死にながら集めていくことで進展させるって考え方もできるんですよね」


『なるほどなぁ。いやぁ、助かるわぁ。俺一人だったら右も左もわかんないところだったし』


「役に立てたならよかったです」


『さっきも言ったけど、会社と全然イメージ違うよな』


「僕ですか?」


『そうそう。頼りになるわ』


「えっと……」


 改めてそう言われると我に返ってしまう。


「ま、まぁ、エルデンリングのことだと自信が持てるというか、このゲームのおかげでやっと普通に喋れるというか」


『そんだけこのゲームに夢中になってるってことなんだろうな』


「どうなんですかね。大人としてどうかとは思いますけど……」


『いいじゃんいいじゃん。好きなものがあるっていいことだと思うぜ』


 気楽な調子ではあったが、航には黎人の言葉が嬉しい。

 自分が他人と、ネット越しとはいえこんなに一緒に過ごすことなど想像もしていなかった。


 しかも楽しい。


 エルデンリングがこれほど魅力的なゲームでなければきっと黎人もはまらなかっただろう。


 そう考えると、エルデンリング様々である。


『よ~し、じゃんじゃん、攻略しちゃおうぜ!』


 二人の攻略は、ストームヴィル城の中心部へと向かう。


 勢いに乗った二人は、城壁の塔の祝福まで辿り着いていた。

 円筒形の大きな建物で、螺旋階段を伝って登る塔である。その粗末な一室にある祝福だ。ストームヴィル城において、航はここをかなり重要なポイントだと考えていた。


 一直線のルートの途中にあるのではなく、この祝福を出た後、ルートがいくつかに分岐する。

 ここからストームヴィル城の様々な場所にアクセスでき、攻略の拠点となるのだ。


 航としてはどこまで手伝うか迷いどころではあった。


 ネタバレに注意しているとはいえ、手伝っているからには一人で進めるより楽になっている。

 それは逆に言うとこのゲームの、手こずりながら進めるという面白さを目減りさせることにはなっていないだろうか。


 あるいは、確かにストームヴィル城は序盤でもっとも盛り上がるポイントだが、ここを捨て石と割り切り航が身につけているコツを伝えることで、このあとソロでも楽しめるようにするという考え方もある。


(考えすぎなのかもしれないけど……)


 ゲームなのだから、ノリで楽しめればそれでいいのかもしれない。

 ただ航はどうにも、こうした細かいことが気になるのだった。


 いずれにしても、ここは一つのポイントではある。


 このエリアが終われば、エルデンリングの基本的なところは伝えられると考えているからだ。


「ここからけっこう山場になりますけど、準備はいいですか?」


『山場? 強敵でも出てくるのか?』


「ボスもいますけど、色々このあとも使えるコツとか見せられるので、参考になるかなって感じです」


『あ、そういうの嬉しいな。二人で協力して攻略するのも、思ったより面白いけど、このままだとおんぶに抱っこになっちまうからな』


「お手伝いすること自体は苦じゃないですけど、確かに自分の力で進めたい欲はありますよね……」


『いや、でも今日はめっちゃ楽しいぞ。前の助っ人はもう、一方的にマルギット倒しちゃったしさ』


「こうやってボイチャつないでないと、意思疎通もできませんしね」


『そうそう! そういう意味で、今日はマジで楽しい!』


 よほど前回の、野良助っ人と行ったマルチプレイでは心残りが多かったのだろう。


「じゃあ、ここからはちょっと先導しますね」


 楽しんでもらえているとわかってホッとしつつ、航はガイドを開始する。


『よろしく!』

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