第35話 送り込まれた暗殺者
ドラホスラフは漆黒の礼装を身に纏っていたのだが、いつもは目元が隠れるように下ろされた前髪が後ろに撫で付けられていたため、その野生的な顔立ちが露わとなっていた。
鼻が高く、一見すると猛禽類を感じさせるような鋭い瞳が細められると、気を取り直すように優しくカロリーネの頬を撫でながら、
「カロリーネ、僕は君を愛している。何があっても、どんなことがあっても、どこまでも君を愛している」
愛おしげに見つめながら囁くように言い出した。
これは・・一体・・何の告白なのだろうか?
新聞では大々的に、マグダレーナ嬢との婚約が発表されていたと思うのだが、これはあれか?仕方ないから他の女と結婚するけれど、本当に愛しているのは君だけなのだという、意味不明で不愉快で、苛立ちで頭がおかしくなりそうな告白という奴なのか?
カロリーネはブルブル震えながら言い出した。
「私・・絶対に・・ぜ―――ったいに愛人にはなりません」
「は?」
「そんなものになるくらいだったら、全ての人間に『オールドミス』と言われ、後ろゆびをさされながら馬鹿にされ続けたとしても、本望なくらいですわ!」
「え?」
「そもそも、最近は商売が上手くいっていますし、例え貴族籍を剥奪されたって生きていけるほどの財産は築いているつもりですわ!」
カロリーネはメラメラと燃えるような瞳でドラホスラフを見上げながら言い出した。
「だから絶対に・・ぜーーったいに、貴方の愛人にはなりません!」
「なんでそんな話になるんだ?」
ドラホスラフ王子はカロリーネの手を握りしめ、彼女の前に跪きながら言い出した。
「君と私は正式に婚約の契約をも交わした婚約者同士、君と結婚をするために、僕がどれだけ苦労しているのか分からない君ではないだろう?」
「いえ、分かりません。全く!全然!分かりません!」
カロリーネは首を横に振って、大きなため息を吐き出した。
「そもそも、貴方様からお手紙が届かなくなって何ヶ月が経ちましたか?我が侯爵家からも、婚約を破棄もしくは解消とするのならば手続きを進めると言っておりますのに、お返事は無視されたままなしの礫。そんな状態で、私は一体、何をどう理解すれば良いのですか?」
「なっ・・・」
絶句するドラホスラフ王子に、インジフ・ソーチェフが囁くように言い出した。
「オルシャンスカの手の者を発見、殿下はすぐに移動をしてください。ここは非常に危ないです」
「オルシャンスカの手の者ですって?」
第二王子の婚約者はマグダレーナ・オルシャンスカだった、新聞では大々的にドラホスラフとの結婚を発表されていた人物の名でもある。
「何をどうやったって、絶対にマグダレーナなんかと結婚しないし、王家としても僕の意思を尊重すると言っているのだから・・」
カロリーネが目を見開いた状態で、そのまま固まってしまった。
驚くべきことに、カロリーネの額めがけて投げつけられた20センチの長さとなる銀色の針を、ドラホスラフが片手で掴んで止めたのだ。
「殿下!カロリーネ様!お逃げください!」
インジフがステッキをドラホスラフに渡しながら前に出ると、カロリーネを抱え上げたドラホスラフが、カロリーネに向かって言い出した。
「僕の首に捕まって!」
「何?何?どういうことですの?」
カロリーネが座っていたソファは、奥まった場所にある、人の目に付きづらい所にあった為、舞踏会場の方はこちらの騒動には気が付かない様子で、楽しげな歓談の声がこちらの方にまで聞こえてくる。
すぐ後ろがテラスにもなっていた為、ドラホスラフはカロリーネを抱えたままの状態でテラスに躍り出ると、高さのある手摺りを乗り越えて、木々の間を滑るようにして落ちて行ったのだった。
◇◇◇
妹のカロリーネを舞踏会の会場からは少し外れた場所にあるソファに誘導をしたエドガルドは、ドラホスラフ王子に抱き上げられた状態でテラスへと移動をして行った妹の姿を見送りながら大きなため息を吐き出していた。
自分は婚約者に捨てられて失恋をしたと思い込んでいるカロリーネは、カサンドラ王太子妃に丸投げされたドレスの作製、服飾事業を成功させるために奮起して働いていたのだが、いつの頃からか、怪しい人物が妹の周辺を嗅ぎ回るようになったのだ。
妹の事業の成功を妬んでというよりも、その影で動き回る人間がモラヴィア人であることに気が付いたエドガルドは、密かにカサンドラ王太子妃に相談を持ちかけることにしたのだった。
するとカサンドラ妃は、エドガルドに内密にするように言いながらこう告げたのだった。
「カロリーネ様はご自分のことを捨てられた女というように考えているようだけれど、ドラホスラフ殿下は絶対にカロリーネ様と結婚すると、帰国後も息巻いているような状態です。ドラホスラフ殿下の結婚相手には、第二王子の婚約者だったマグダレーナ・オルシャンスカにするべきだという意見が国内貴族の大方の意見だというのだけれど、もしかしたら、そのマグダレーネ自身が自分の婚約者である第二王子を殺したのではないのかという話が出ているのよ」
モラヴィアの第二王子は乗馬中の事故で急死をすることになったのだが、何故、そのような事故が起こったのか、不可解な部分が多く残されているのだという。
「モラヴィア侯国は船の建造のために大量の木々を伐採したまま放置していたのが原因で、国内各所に土砂崩れなどの被害が起きているような状態だったの。災害が起こると国力は低下する、王家の懐具合が悪くなったところで力を付けたのがオルシャンスカ伯爵家ということになるのだけれど・・もしも、そのオルシャンスカ家が第二王子を排除したのだとするのなら、それは優秀すぎる第二王子が傀儡には非常に不向きだったからに他ならない」
モラヴィアには三人の王子が居るのだが、三番目の王子は存在感が非常に薄い王子だったのだ。もしゃもしゃとした髪に前髪を長く伸ばしたままで、顔だってまともには見せないような引っ込み思案の王子様。そんな第三王子なら、傀儡としてオルシャンスカの思うままに動かすことが出来るのに違いない。
「オルシャンスカ家はモラヴィアで確かに力を付けていた。その力の付け方が、かつてのアイスナー伯爵家、ついこの間厳罰を受けることになったイグレシアス伯爵家ととても良く似ていると言ったら、貴方はどう考えるかしら?」
カサンドラの言葉に、エドガルドは頭の中をクルクルと回転させていくことになる。アイスナー伯爵家も、イグレシアス伯爵家も、麻薬の密売で巨万の富を手に入れようとした。そうして自らの派閥を大きくしようと企んだのだが、彼らの後には揃って海賊たちの姿が垣間見える。
クラルヴァイン近海に現れた海賊は南大陸からやって来た者たちばかりであり、南大陸と言えば、アルノルト王子がアルマ公国との紛争を起こしたのはつい最近のことだ。
エドガルドはダンスフロアーの方へと移動をしながら、王太子ご夫妻の結婚式には、アルマ公国とクラルヴァインとの国交の窓口であるシャリーフ王子が参加していなかった事実に気がついた。
何やらきな臭い匂いを感じながら、楽しそうに踊る紳士淑女の姿を眺めていると、
「エドガルド様、カサンドラ妃殿下がお呼びです」
と、後ろから妃殿下の侍従が声を掛けてきたのだった。
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