第20話 産婆の助手クララ
カルバリル伯爵家は代々、医療の発展に寄与してきた家であり、医療については一家言持っていると言っても良いだろう。
今代の当主であるセルジオ・カルバリルは研究一筋の男で、領地の経営などは弟のアマンドに任せきっているし、社交についても妻に丸投げをしているようなところがある。
数年前に妹夫婦が馬車の事故で亡くなってしまったのだが、妹夫婦の一人娘となるクララを伯爵家で引き取ったところまでは覚えている。だけど、その一人娘のクララがその後どうしているのかということについては気にしてもいない。
クララは褐色の髪色に琥珀の瞳の色をした、派手な髪や輝くような瞳が多い貴族の中では埋没するような色彩を持つ少女だったのだが、聡明な瞳を持つ顔立ちが整った娘だった。
「枯葉が家の中に紛れ込んでいるわ!」
と言って従妹に突き飛ばされたこともあるし、
「俺が伯爵家に婿入りした暁には、お前を妾にしてやるよ」
と、言われて、従兄にいやらしい手付きで体を撫で回されたこともある。
カルバリル伯爵家には伯爵夫人が産んだ兄妹がいたのだが、兄の方は伯爵夫人の生家である侯爵家を継ぐ予定でいるため、妹の方が伯爵家を継ぐ予定でいるのだという。
その妹の結婚相手とされているのが、伯爵の弟であるアマンドの息子で、この従兄妹同士は非常に仲が良かったそうなのだが、
「クララは俺の愛人にする」
という発言から、二人の関係がおかしくなってしまったのだった。
伯爵の娘と伯爵の弟の息子の間に、伯爵の妹の娘であるクララが挟まることになってしまったのだが、
「この枯草娘!お前なんか平民も同じじゃない!卑しい匂いがする!近寄らないで!」
毎日娘が癇癪を起こすようになった為、うんざりした伯爵夫人はクララを別の場所に移動させることに決めたのだった。
伯爵夫人がクララを連れて行ったのは、一人の老婆が住み暮らす一軒の家で、
「あなたは産婆になりなさい」
と、言われて、クララは老婆の元へ弟子入りすることになったのだ。
医療を進歩させることによって多くの人々を助けたい。それがカルバリル伯爵家の信念であり、実際に伯爵家当主である伯父は病を根治させるために研究三昧の日々を送っている。
亡くなった母から薬草の手解きを受けていたクララは、産婆である師匠に師事をすれば人の役に立てると心弾むことになったのだが、まさかこの老婆が数々の悪事に手を染めているなんて、クララは知りもしなかったのだ。
「子供の堕胎はこの薬」
「母親だけを殺すならこの薬」
老婆はあらゆる鉱物や薬草を使って、妊婦に使う薬を作り出す。助手としてついて歩くことになったクララは、お産の技術と人を殺す技術を丹念に仕込まれることとなったのだが・・
「王太子妃様の産婆となるのですか?」
ある日のこと、老婆の発する言葉が信じられなくて、思わずその場に倒れ込みそうになってしまったのだ。
カルバリル伯爵家の産婆は非常に優秀だとして、貴族からお産の介助の依頼を受けることも多いのだが、まさか王家からそんな要請を受けることになるとは思いもしない。確かに老婆のお産の腕は確かだ。彼女のお陰で多くの赤子が無事に産まれることになったのだが、それ以上に、命を落とす人間の数も多い。
「絶対にヘマはしないでね、それから絶対に私の指示には従いなさい」
わざわざ家までやって来た伯爵夫人はそう命じると、すぐさま馬車を用意して、老婆とクララを王都へ移動させたのだ。
王都に移動をした後も、普段はクララのことなど視界にも入れない伯爵夫人が、クララの腕を掴んで自分の方へ引き寄せながら言い出した。
「婆は具合が悪くなって使えない場合もあるから、もしもの場合にはお前が私の指示に従って薬を使いなさい」
伯爵夫人としては、沢山の貴族から恨みを買っている王太子妃の第一子は死産という形に持っていきたいらしい。今は市民からの人気が高い王太子妃も、子供を死産すればしばらくの間は身動きをとることも出来ないだろう。
「その間に、王太子妃の実家は没落させるつもりだから・・貴女は私の言う通りにすれば良いだけなのよ」
そう言ってにこりと笑う伯爵夫人を見上げた後、クララは俯いてコクリと頷いて見せたのだった。
クララの師匠となる老婆はかなりの高齢で、王都まで無理やり移動したのがたたって、寝込むことが多くなっていた。王妃様との顔合わせの場までは無事にやり過ごすことは出来たのだが、
「やっぱり年には勝てないのかねぇ〜」
というのが最近の口癖になっている。
王妃様との謁見の場には伯爵夫人が同席したのだが、王太子妃様との顔合わせにはコンスタンツェ嬢が同席をするという。コンスタンツェは伯爵夫人の姪にあたる侯爵令嬢で、王太子妃様とはかなり親しい友人だというのだ。
「今日は顔合わせの場となるけれど、今日から薬は仕込んでいきたいねえ」
不自然ではない状態で流産をさせるのなら、早い段階から少量ずつ薬を投与していく必要がある。相手は王太子妃となるのだから、専門家が見ても決して気がつくことがないような薬を用意しなければならないため、準備には万全を喫する必要があるのだ。
「あんたに任せるのは心配と言えば心配なのだけれど、私の技術と腕は全て伝えているつもりだからね」
胃の痛みと腰痛を訴えてベッドに横になる老婆はそう言いながら、同じ部屋で調薬の作業をしている弟子の姿を見つめている。
「婆様、私はもう出かけますから、せめて鎮痛剤だけは飲んでおいてくださいませ」
侯爵家の馬車に乗って王宮へ上がる予定のクララが、質素なデザインでありながら上等の生地で作られたお仕着せに着替えると、水が入ったコップと薬を持って老婆の枕元へと向かった。
老婆には、特別に調薬した心臓が弱くなる薬を、鎮痛剤と一緒に少しずつ服用させている。筋肉を弛緩する作用もあるため、今後、老婆が王宮に赴くようなことは出来ないだろう。
「それでは行ってまいります」
クララはそう言うと、老婆に向かって笑みを浮かべたのだった。
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