第14話  コンスタンツェの思い

 カサンドラの友人であり、学園では側近の立ち位置に立つことになったコンスタンツェは、

「あの方って他のお二人に比べると、どうしても霞んで見えてしまいますわよね」

 ということは良く言われていたのだ。


 自らを『悪役令嬢』と主張するだけあって強い個性を持ち、輝くような華やかさを持つカサンドラと、妖精のように儚げな美しさを持ちながらも、現実主義でしっかり者のカロリーナ。


 活動的な二人と比べると自分は平凡なお嬢様であり、そこら辺にいる貴族令嬢たちと一緒に並べば、その他大勢としてすぐに埋没してしまうだろう。


 カサンドラが一つ何かを言えば、クルクルと頭を回転させて10も20も先を考えつくのがカロリーナで、一つ言われれば、一つ、もしくは二つくらいしか考えつかないのがコンスタンツェ。


 コンスタンツェがカサンドラの近くに居ることが出来たのは、バルフュット侯爵家の一人娘だったから。何かあれば、一人娘を溺愛する父親が何とかしてくれるだろうと周囲は思っていたのに違いない。


 コンスタンツェの後ろにはいつでも父のマルティンが居て、父のマルティンが居るからこそ、コンスタンツェは大きな顔をして立っていることが出来たのだ。


 母を幼い時に亡くしたコンスタンツェは、確かに可哀想な令嬢だったのかもしれない。父や使用人たちはコンスタンツェを常に気遣ってくれていた。だからこそ、

「これだから箱入り令嬢は」

 と言われたこともあるし、

「カサンドラ様とカロリーネ様、お二人が居なければ何も出来ないんじゃありません?」

 と言われたことだってある。


 セレドニオとの婚約が決まった時には、

「あの方がバルフュット家の娘でなければ、誰だって選びなどしませんわよ」

 と言われたし、

「バルフュット家に婿入り出来るのであれば、セレドニオ様だって嫌々でも結婚する気になるでしょう」

 と、言われたことだってある。


「セレドニオ様、今だからこそ問いたいのです。セレドニオ様は、私がバルフュット侯爵家の娘だから、私と結婚しようと思ったのでしょうか?」

 机にまで垂れ下がっていたセレドニオの鼻水を拭いていたコンスタンツェは、無理やり笑顔を浮かべながら言い出した。


「私はカサンドラ様のように華やかな顔立ちをしておりませんし、カロリーナ様のように妖精のような可憐な容姿もしておりません。父に似て目尻が少し上がっておりますし、気が強そうに見えるため、お二人のように男性からの人気はないのです。容姿が今ひとつの私に誇れるものは家門しかないかもしれませんが、貴方は家門目当てで私と結婚しようと思ったのですか?」


「コンスタンツェ・・」


 そこでようやく、目の前にコンスタンツェが座っていることに気が付いたセレドニオは、コンスタンツェをかき抱くようにして抱きしめた。


「ああ・・コンスタンツェ・・コンスタンツェ・・」

 コンスタンツェを引き寄せて自分の膝の上に乗せると、彼女の髪に自分の顔を埋めるようにして抱きしめる。


「俺は・・本当に情けない男で・・こんな俺ではコンスタンツェに相応しくないとみんなが言うんだ」

「誰がそんなことを言ったのですか?」

「みんなだ、バルフュットの人間みんながそう思っているのに違いない」


 6歳も年上のセレドニオは、メソメソ泣きながら言い出した。

「みんながみんな、俺はコンスタンツェには相応しくないと言う、パヴロ殿の方が相応しいと言うのだ」

「バルフュット侯爵である私の父が、面と向かってセレドニオ様にそのようなことを言ったのですか?」

「・・・いや、君の父上には言われていないんだが・・面と向かって言われていないだけで、今は君のわがままに付き合っているだけだと・・」


 自分の頭の上にのしかかるセレドニオの頭を押しのけながらコンスタンツェは言い出した。


「私だって言われましたよ!セレドニオ様には相応しくないって!大勢から言われました!」


 コンスタンツェは翡翠の瞳に涙を浮かべながら訴えた。


「ちんちくりんは黙って引っ込んでいろ、お前みたいな令嬢には海の英雄様は勿体無い。領地に引っ込んで適当な親族の男と結婚でもしていろ。もちろん直接的ではなく、ものすごく迂遠的な言い方ですけれど、すーっごく言われていましたよ!」


 セレドニオの胸ぐらを掴んだコンスタンツェは、前後にセレドニオを揺さぶりながら言い出した。


「確かに6歳も年下だし、セレドニオ様の隣に立つならもっとゴージャスなレディの方が相応しいのは分かっています!分かっていますけど、好きになっちゃったんだから仕方がないじゃないですか!」


 コンスタンツェは翡翠の瞳をギラギラ光らせながら言い出した。


「私はバルフュット侯爵家の跡取り娘であり、周りからは箱入り娘と揶揄されておりますし、父に溺愛されているから好き勝手が出来るんだと言われていますの。ええ、そうです。私はバルフュットの跡取り娘だから好き勝手できるんです。貴方様が浮気をしていると聞けば即座に港に高速船を用意して、カレの港まで飛んでくる程度には横暴で我儘ですし、万が一にも貴方様が浮気をしていたら、貴方様をこのナイフで刺して、自分も死のうと考える程には横暴なんですのよ!」


 そう言ってコンスタンツェがドレスの隠しポケットから折り畳みナイフを取り出して、ギラリと銀色に光るナイフの刃先をセレドニオに突きつけると、周囲がドン引きした様子で後ろにあとずさっている。


「ああ!コンスタンツェ!コンスタンツェ!」


 コンスタンツェが突き付けるナイフをあっさりと取り上げたセレドニオは、そのナイフをすかさず投げて柱にめりこませてしまうと、再びコンスタンツェをギュウギュウ抱きしめながら言い出した。


「こんなに可愛いコンスタンツェが居るというのに浮気なんかするわけがないじゃないか!俺はコンスタンツェを愛している!君の幸せを一番に考えているんだよ!俺は海の男だから領政に関しては本当に疎いし!みんなが、コンスタンツェはパヴロと結婚した方が幸せになれるって言うし!」


「セレドニオ様!」

 船での移動中はほとんど寝られていなかったコンスタンツェは、到底普通とは言えない精神状態になっていた。


 よく分からない酒場で、セレドニオの膝の上に乗って抱きしめられていたコンスタンツェは、彼の襟首を掴んで引き寄せると、自分からセレドニオにキスをした。


 コンスタンツェが自分からキスをするのは初めてのことで、

「私がこんなことしたいって思うの!セレドニオ様だけなんです!」

 真っ赤になってそう告白をするコンスタンツェを見下ろして、セレドニオは引き寄せられるようにしてコンスタンツェの柔らかい唇に自分の唇を重ねたのだった。


「これはまずいわね・・」

「今すぐおっ始めそうになっているじゃないか・・」


 遠巻きになって見ていたマグダラとアーロンは呆然となって密着する二人を眺めていると、

「これはまずいわ!今すぐに侯爵様を連れて来て!」

 マグダラがせっつくようにしてアーロンに命じたのだった。




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