第10話  海賊狩りの男

 スーリフ大陸の中央にはシントという大きな国があるのだが、このシントの南側に広がる海にシンハラという大きな島が浮かんでいる。


 大国シントとしてはシンハラを征服して自分の領地としたいと長年企んでいるのだが、シンハラ島の人々は荒くれ揃いだった為、抵抗に抵抗を重ねて長年独立を維持してきたという歴史がある。


 シントとシンハラの間に広がる海には多くの船が行き交うこととなるのだが、六年ほど前に海賊サンジーワは当時12歳のアルノルト王子が乗る船に襲撃をかけて痛い目に遭うことになったのだ。


 海賊が捕縛されれば縛り首が決定というような世の中で、

「殺すなんて勿体無いですわよ!」

 と、言い出したのが、王子と一緒に船に乗っていたアルノルトの婚約者のカサンドラだった。


「この海域は海賊が山ほど出て問題となっておりますし、うちの国の商船が鳳陽国ともっと行き来する際に、いちいち海賊に襲われていたら堪ったものではありませんわ!」


 まだ12歳のカサンドラは紅玉の瞳でギロリとサンジーワを見つめると、

「あなた、海賊を退治する海賊になりなさい!」

 と、言い出したのだった。


「シントとの戦いに勝つために軍資金が必要で海賊なんかやっているのでしょう?だったらそんなことはやめて、これからは商船を守る護衛隊になりなさい!」


 鳳陽国との交渉を終えて、今後は交易を拡大することが決まったクラルヴァインとしては、船が沈没することは何としても避けたいところ。そのため、海賊が多い海域を無事に通れるのであれば、護衛料を払っても良いと言い出したのだ。


 サンジーワは12歳の子供が何を、馬鹿な、と思ったものの、アルノルトやカサンドラには子供ながらにある程度の裁量権があるそうで、海賊退治や海の護衛についての支払い金額についても、トントン拍子で話が進んでいくことになったのだ。


 海賊サンジーワの得意技といえば、時にはオールを利用して、時には帆を利用して、海原を縦横無尽に動き回ることだ。そうして、サンジーワたちはかぎ縄を利用して船を海上でひっくり返す。ロングシップをもひっくり返すその技は特別なもので、当時はバッタバッタと海賊船をひっくり返していったものだった。


 海賊船をひっくり返して壊すと報奨金が支払われるようになった為、シンハラ島としては資金を確保することが出来て、ホッと一安心することになったのだ。そのうちに、シントの方でも商船を護衛する旨みに気が付いたようで、同じように護衛事業を始めた為、東と西を行き来する商船は安心してシントとシンハラの間に広がる海を航海することが出来るようになったのだ。


 海賊狩りの異名をとるサンジーワの元に、クラルヴァイン近海に現れる海賊を討伐してくれないかという依頼が来たのは数ヶ月も前のことになる。


 何でも婚約者を傷つけられたアルノルト王子がブチギレて、アルマ公国まで戦艦を率いて襲撃をかけてしまったそうなのだ。港湾都市一つを堕としたところで両国による話し合いが持たれることとなったそうなのだが、サンジーワはその話を聞いて、一体何をやっているのかと頭を抱えたくなったわけだ。


 両国の話し合いの結果、騒動のきっかけとなった公女は、戒律が厳しいバジール王国のハーレムへ輿入れすることになったのだが、そのことに憤慨している一族やら部族やらが南大陸にはそれなりの数いるらしい。


 憤慨している奴らが手配をした海賊たちが、クラルヴァイン王国に嫌がらせをしているという。その海賊たちを軒並み沈没させて欲しいと言われたサンジーワは、

「一体何をやっているんだ・・王子様よ・・」

 と、頭を抱えることになったのだった。


 顔馴染みでもあるセレドニオが居るという海岸線まで移動することになったサンジーワは、大きな船から突き落とされたセレドニオを発見した。


 大海を泳ぐセレドニオを偶然助けることになったサンジーワは、お偉いさんが足を引っ張り合うのは何処の国でも一緒なのだなと思ったわけだ。そうして、王子に頼まれてわざわざ大陸の西の端までやって来たのだが、お偉いさんの船(大きな船)の援護などは期待せずに、自分たちだけで南大陸からやって来たという海賊たちを倒してしまった方が良いだろうと考えた。


 大きな船はお貴族のお偉いさんたちで占領しているようなのだが、小さな船は下っ端が専門として使っているようなのだ。海に落とされたセレドニオだけれども、下っ端共はそれなりに使うことが出来るらしい。


 海賊退治は報奨金が出るので、サンジーワとしては、例えお貴族様が乗る大きな船の援護がなかろうともどうでも良い。金が入るのならそれで良いし、小型船なら小型船なりの戦いというものがあるのだ。


 最初の頃はサンジーワたちシンハラ人に対する待遇は非常に悪く、

「外国人を泊めるための宿なんてないよ!」

 と言われて港町から弾き出されそうになったのだが、金だけはあるセレドニオが潰れかけた娼館を丸々一軒、買い上げて、サンジーワたちが宿泊出来るように環境を整えてくれたのだ。


 そのうち、王家からヒゲモジャのアーロンとマグダラが派遣されてやって来た。王家の影とも言われる二人がやって来たということは、あの王子様がそれなりにイラついていることの現れであることをサンジーワは知っている。

 

「いや、本当に!お貴族様の将校どもには碌な奴がいないんです!」

「奴ら、セレドニオ様が娼館を丸ごと買い上げて酒池肉林をしているって言いまくっているんですけど、酒池肉林をしているのはあいつらの方なんです!」


「ここの女主人がマグダラさんだって知ったら、早速、あいつら高級娼館の女主人の名前をマグダラなんて名前に変えて、セレドニオ様が女主人と深い関係だなんて吹聴しまくっているんですよ!」


「なにしろあいつらは!コンスタンツェお嬢様とセレドニオ様を別れさせたくて仕方がないんです!セレドニオ様がここにやって来たら、甘い汁が吸えなくなることが分かっているからだもんね!」


 今では立派ななかまとなった下級士官たちが、上級将校たちの文句を言っている。なんといっても、あの海域でセレドニオを船から落っことす行為は殺人に等しいものだ。セレドニオなら陸まで泳ぎ切る胆力があるかもしれないけれど、普通の男だったら泳ぎ疲れたあたりでサメの餌食となるだろう。


「一番オエライお貴族サマとか、お貴族サマのおじょーさんとかは、今のこのジタイに気づいているのネ?」


「「「いいや」」」

「「「全然」」」


 明確な身分格差がある今の世の中では、下々の者が上の者に対して陳情すること自体が難しい。

「何処の国でも大変ネ〜」

 サンジーワが呆れ返った声を上げていると、立て付けの悪い木製の扉が両開きに開いて、一人の美しい女が現れたのだった。




    *************************



 カドコミ・コンプティーク様にて『悪役令嬢はやる気がない』(高岸かも先生 画)で掲載!ネットで検索していただければ!無料で読めます!短期連載で、クラリッサ編までのお話となりますが、こちらも読んで頂ければ幸いです!


 ただいま『緑禍』というブラジル移民のブラジル埋蔵金、殺人も続くサスペンスものも掲載しております。18時に更新しています。ご興味あればこちらの方も読んで頂ければ幸いです!!

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