みつの旋律、歌声喫茶の夜に

みっちゃん87

第1話 新たな風、古びた喫茶店

みつは重い足取りで、新しい町の小高い丘を上がっていった。都会の喧騒を逃れ、心の平穏を求めてこの田舎町に引っ越してきたばかりだった。夕暮れ時、空はオレンジと紫に染まり、どこか懐かしい雰囲気を醸し出している。


その時、彼女の目に異様な光景が飛び込んできた。丘の上にぽつんと立つ、古びた看板が掛かる小さな喫茶店。看板には「歌声喫茶」と書かれていた。好奇心が勝り、みつは店の扉を開けた。


中に入ると、時代から取り残されたかのようなレトロな空間が広がっている。大きなグランドピアノが鎮座し、壁には昭和のレコードジャケットが飾られていた。そして、店主らしき人物が和服を着て笑顔で迎えてくれた。「いらっしゃいませ。どうぞおくつろぎください」と哲治は言った。


席に着いたみつは、店の雰囲気に圧倒されながらも、なぜか心が落ち着いてくるのを感じた。メニューを手に取り、目に留まったのは「冷やし飴」。生姜と水飴で作られたというこのドリンクに興味を持ち、注文した。


飲み物が運ばれてくると、哲治はほんの少し話し始めた。「この店はね、昔ながらの歌声喫茶なんです。夜になると、みんなで歌ったり、楽器を演奏したりするんですよ」。話を聞きながら、みつは温かい冷やし飴を口に運んだ。不思議な味が彼女の心を和ませる。


窓の外では、夜が静かに町を包み込んでいた。みつはこの場所が、自分が求めていた平穏かもしれないと感じ始めていた。哲治の話に耳を傾けるうちに、彼女は自分もここで歌ってみたい、という小さな希望を抱き始める。


その夜、みつは初めて、心にぽっかりと開いた穴が少しずつ埋まっていくような感覚を覚えた。この古びた喫茶店は、彼女にとって新たな始まりの場所となるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る