第15話 こげめに注意!

 朝陽が僕の肩をトントンと叩き、向かい合う油女に声を聞かれないよう両手を筒状にしている。僕はそこに耳を近づける。


 「命さん冗談はいいとして、あの人はどちら様ですか?」朝陽の吐息が耳にかかり背筋がゾクゾクする。小声の声色も可愛い朝陽である。


 交代するように僕も片手を口に添え朝陽に耳打ちする。


 「僕の同級生で、名前は油女ころも。何でも、この店の店主が父親で行方不明になってるから探すの手伝って欲しいって事で以下略らしいぜ、てか何で朝陽もここに来たんだ?」


 朝陽は驚いた様子で飛び退く。僕の息臭かったかな……。


 「なるほど……わかりました。さすが命さん何かと引き寄せ体質のようですね、端的に説明すると一連の『幸楽商店街』失踪事件、かなりの確率で蝕死鬼が絡んでいると思われます。ですので安全確保の為、私もその父親探し協力させていただきます」


 僕の眉根がピクリと動く。蝕死鬼、と聞き緊張感が増す。きな臭さは確かにあったし、連続失踪事件と油女ころもの父親が失踪したこと、何かしらの因果関係があるのかもしれない。


 朝陽は油女に改めて挨拶をする。


 「命さんから事情は伺いました。お父様がいなくなってしまって心労癒えない渦中で、さぞお辛いでしょう。ですけどあんな凡骨に頼るのは貞操の危機でしかありません。私が来たからには変態からもしっかりお守りしつつお父様の行方を調査しますから、安心してください」


 油女に敵意が無いことを全面に出しつつ僕に悪意を全面に出す朝陽。


 「朝陽さんもうやめて! さっきからオーバーキルだよ死体蹴りだよ! いつからそんな酷い子になっちゃったの! お兄ちゃん悲しい!」


 「私に兄はいませんっ!! いつまで夢見てるんですか!!」


 「朝陽、夢ってぇ言うのは覚めちまったら終わりなんだよ現実は辛い事ばかりなんだから覚めない夢の一つや二つや三つや四つや五つくらいあってもいいだろ?」


 「多いんですよあなたの場合!! 欲張り強欲色欲大欲非道たいよくひどう!!」


 「yo-yoお前のリリックマジ辛辣で、ハードに落ちるぜマイハートっ」


 「ラップじゃないし! 勝手にラップバトル始めんな!!」


 「あのっ! 喧嘩はよくないです!」油女が僕達のコミュニケーションの取り方を喧嘩と勘違いしたようだ。


 「すまない油女、これは僕と朝陽のコミュニケーションでお互い啀みいがみ合ってるわけじゃ無いんだ」


 「私は十分、啀んでますからね」ジトジトの視線を僕に向けるがここはスルーしよう。


 「ふふ、何だか佐野くん学校じゃ考えられないほど生き生きしてたからびっくりしちゃった。それに信じられないくらい綺麗なお友達までいるなんて正直羨ましい……」


 「お友達だと語弊があるぞ、僕のいもうっ痛!」朝陽に踵で足の甲を踏まれる。


 「油女さん! 私、同性の友人に憧れがあります! 是非私とお友達になりましょう!!」


 油女の元にすかさず駆け寄り両手を取る、その行動に油女はたじろぐが表情から満更でもなさそうってより朝陽の御尊顔に頬を染めている。


 「で、でも私なんかと友達になっても楽しくないと思う……」


 「自分を卑下しちゃいけません。あそこにいる人類の汚点に失礼ですよ」


 『あんたが一番失礼だよ!!』


 「それもそっか、よろしく朝陽さん」


 『よろしくニコッじゃねぇーよ! 切り替えはえーよっ!!』


 「そうと決まりましたら、命さん、さっさと調査を再開しましょう貴方といるとタイパが悪いです」


 「僕が悪いの? 一通り罵った後に追い打ちかけるのやめよ? 佐野に恨みでもあるの? 佐野愛護団体に怒られるからね」


 「そうですね、佐野くんは置いていきましょう朝陽さん」油女は既にドアの鍵を開けておりそそくさと朝陽と二人で中に入っていった。


 そしてガチャリと内側から鍵を掛けられた。


 「は? えぇ! 何で閉めるんだよ! ちょっとねぇ! ここ照明付いてないから暗いんだよ! 嫌だよーー置いてかないでぇ!!」


 ガシャンと音を立てて内側からシャッターが開いた。


 「冗談です。情けない声あげてないで早く中に入ってください」


 朝陽が腰に手を当て憐れみの目を向け中に入るよう促す。


 「……わ、わかってたさ、冗談ってことは。嫌だなもう、ジョークだよこんなの、僕が怯えるわけないじゃあないかぁ」


 はいはいそうですねと受け流す姿はまるで子供を諭す母の如く。


 しかしそろそろ気を引き締め直すとしよう、朝陽が言うには蝕死鬼が関わってるらしい……もしも蝕死鬼がいるのであれば毒島さんの一件ぶりということになる。あれ以降は心霊現象が頻発していた心霊スポットに出現する霊体相手に剣を払った程度で、対蝕死鬼戦は二度目になるかもしれない、ぶっちゃけると毒島さんの一件はかなりトラウマになっている。だから朝陽が来てくれたのは渡りに船である。多分一人じゃ無理……はは、独りで何でもできると思ってたんだけど、僕もヤキが回ったのかな。


 とりあえずは、店内の散策といきますか。


 パチンパチンと油女が店内の照明をつける。やはり、店構えの真新しさを見る限り中は小綺麗なものだ。入ってすぐ右側にはカウンター席がずらりと並び、奥は厨房になっている。反対側の壁には二人掛けの机が二席あり、全ての調味料などは片付けられているのか、机の上には当時使っていたであろう献立表が立てかけられているのみである。


 店内を一見すると、目ぼしいものはなさそうだが……。朝陽はと言うと、油女と何か話しているようで、店の奥の方にいる。それが気になり二人に近づく。


 「命さん、この奥どう思いますか?」


 そう訊かれ、朝陽が指差す先を見る。それは暖簾が掛けられ人二人くらいが通れる程の通路があった。通路の電気類が壊れているのかその奥は闇で塗りつぶされていた。


 「どう思いますか、と言われても薄気味悪い通路としか思わないけど……」


 まぁそうですよねと朝陽は暖簾をくぐり、僕を手招きで呼ぶ。油女は心配そうにこちらを伺うだけだ。ポケットからスマートフォンを取り出しライトをつける。


 「暗いな……」


 四メートル程の通路なのにやけに暗く感じる。朝陽が突き当たりで立ち往生しているようだ。


 「どうしたんだ?」


 突き当たりの壁に手を当て「この壁、おかしくないですか? 意味ありげに通路はあるのに行き止まりになっている。油女さんに訊いてもこのような通路はないとのことですし……やっぱり、閉ざされているみたいですね」


 閉ざされている? また退魔師用語か? 


 「命さん、刀を」


 「あ、うん」刀袋から刀を取り出し、鞘から抜く。


 「さ、おもいっきりやちゃってください」


 「いやいや、そんな出し抜けに言われても僕には何が何だか……」


 「仕方ないですね。断定はできませんが、おそらくこの店は蝕死鬼によって霊域化している状態です。現世からの干渉を受けない不可視領域で、通常霊感のない人間にだけ作用するものなのですが、この霊域は私や命さんにも干渉できない程の結界が施されています。それは同時に潜んでいる蝕死鬼の危険度も上がると言う事……」


 どうやら件の事件はかなり危険な蝕死鬼が関わってるってことね……え? それを僕にいけと?


 「ぼぼぼぼぼく一人でやれと??」


 「あぁ、いえ違います。命さんの今回の役目はこの結界に切れ目を入れて欲しいんです。貴方の刀は結界断絶の術式も組み込まれているので、以前のように切ればいいんです。見立てではこの壁が結界の末端みたいですので、壁を切るが正しいかもしれませんけど」 

 

 「ふぅ、オーケーそれならできそうだ」


 抜身の刀の背を切先までなぞる。刀身は赤黒く怪光を放つ。ここは狭い以前のように刀を立て右手側に寄せ左足をやや前に出し八相の構えをとる。朝陽はそれを見て後方に下がる、それを確認し僕は朝陽が指差した壁に向かって剣を振り抜いた——


 まるで手応えのない感触。壁はまるでわら半紙をカッターで切ったように滑らかに切り裂けた。裂け目から覗くのは、光の一筋すら許さない闇。闇の濃さに呑み込まれるのではと、刀をすぐ引き抜いた。切り裂かれた壁は切れ目からぐにゃりと歪み始めそれは通路全体に脈打つように広がり次第に辺りの壁はドロリと、どす黒い血液のようにしたたり、地に着いたどす黒い何かはたちまち霧散し黒い霧が辺りを覆い始めた。


 切り裂いた壁は既に溶け出した何かが霧散し、黒い霧の奥には異質な鉄扉が露わになっており、その場違いな異質さから自分自身が何処にいるのか分からなくなりそうになる。その左右に開く鉄扉はまるで工業用の倉庫扉のように赤錆がところどころに見られ、退廃的である。


 「どうやら霊域の結界を切り裂いた反動で空間が拡張したかもしれませんね」


 「拡張って……店自体も一気に老朽化したみたいになってるし、どうなってんだ?」


 明らかに様変わりした店の様相に動揺し後退りしそうになる足を必死で抑える。


 「簡単に言えば腹の中って事ですね」


 朝陽は不気味な鉄扉に手をかける。ガコン、ゴロゴロと横開きの鉄扉がゆっくりと動き始める中から吹き抜ける風は生ぬるくそして、顔を歪めたくなるような饐えた臭い——迫り上がる吐き気と涙を必死に抑え、少しでも空気を吸わないように手で口を抑える。


 朝陽は開け放ったドアの先を眉根を寄せ見据えている。


 「命さん、ここから先は私一人で行きます。今回は流石に危険です、戻って油女さんと待っていてください」


 いつもの柔和な表情の朝陽は僕を安心させたいものだと気づいた。


 「いいや、僕をみくびっちゃいけないぜ。めっちゃ怖いけど、僕達これでも相棒みたいなものだろ? 朝陽が僕を何度も助けてくれたように、いざとなれば身を挺してでも朝陽を守るよ」


 柄にもなくかっこいい事を言ってしまった。これは完全に考えるより先に言葉が出てしまったな。知らない間に朝陽には随分気を許すようになってしまったようだ。少し驚いたように朝陽はポカンとしている。


 「……わ、私を守るなんて百億光年早いですよ! でも……ありがとうございまっ」


 ゴキンッ! ———ドサッ


 「え?」


 鈍い金属音と同時に朝陽は、前方にゆっくりと倒れた。


 「朝陽っ!?」


 僕はすぐに朝陽に近づき抱え起こす。その際に後頭部に触れた手を見やるどろりと生暖かい血が手のひら一面に付着していた。僕は視線を後ろに向ける……そこには鉄パイプのような棒を持った油女ころもが、どす黒く濁った瞳をこちらに向け佇んでいた。


 「いら……いらっしゃいませ。二名様ですね。ごゆっくり、ゆっくりお過ごしください」

 

 深々とお辞儀をしたと同時に扉がけたたましい音立て締まった。


 ガァンッ!! 


 鉄扉が締まった部屋の中は目の前すら見えない真っ暗闇……ぼくに伝わるのは自分の鳴り止まない心臓の警鐘と動かなくなった朝陽の体温、そしてどこから漂う饐えた臭いだけだった。


 continuation————。

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