第9話 乾坤一擲!!
毒島さんは、フライングニーで部屋の奥まで吹っ飛ばされた。
僕の前に華麗に着地を決めたのは、言わずもがな少女『賢者の堂』所属の退魔師、バカでかい回転式拳銃をぶっ放す弾丸天使の朝陽。僕の前で部屋の奥を睨み仁王立ちしている。
「朝陽……来てくれたのか? でも何でここが?」
「細かい詳細は後です。今は事態の収拾を図ります」そう言うと朝陽は拳銃を抜く。
僕はここで疑問をぶつける。
「待って! 毒島さんは人間だろ? そんなので撃ったら死んじゃうじゃん!?」仮にも退魔師なら倒すべきは悪霊や怨霊であって人じゃないはずだ。
「……命さん、あの人はもう……人ではありません」僕から視線を外し、ばつが悪そうに言う。
「は? 人じゃないってどういう?」
「
「……原因は?」
「”死”を連想する事です」
朝陽の答えは、単純明快でわかりやすかった……最後に毒島さんに会った日の事を思い出す。洗濯機に両手を付いて俯き、思い悩む表情、挨拶をしたときの付き合わせた顔は隈がひどく毎夜泣いているのか目は充血し、その周りは腫れていた。別れ際のすがるような表情、それらを決定ずける青紫色に変色した痣――あれが健常な人なわけがない、”死”を連想するには十分すぎるじゃないか。
なのに僕は……
「僕のせいだ……」それを分かっていたのに見て見ぬふりをしたから、毒島さんはこんな姿に……。
「命さんこれを」朝陽が鞘に収まった打刀を渡してきた。
「これって、イリスさんに」
「不用心ですよ。部屋の鍵、閉めてなかったでしょ。もしもの時の為に、一応持っていてください。蝕死鬼は私が倒します」
「……朝陽、何か救う方法はないのか?」
毒島さんは、顔面を歪め唸り声をあげ、腕をだらんと下げ立ち上がった。朝陽はそれを見て、拳銃を構える。
「端的に言っても、ありません。あのフェーズに入ってしまっては、どうしようもないんです……救いになるとすれば……」朝陽はそこまで言って口をつぐんだ。僕に気を使ったのだろ。
そこまで聞いて僕は立ち上がり刀を抜見にした。イリスさんに聞いた通りに刀の峰から切先まで人差し指と中指でなぞる。すると刀身は、薄ぼんやりと赤黒く怪光を放ちはじめた。
「え……? 命さん?」
「僕がやる」
「でも、いきなり実践なんて……」
きっと、朝陽がとどめを刺した方がいいのだろう。だけどこれは僕が招いたことなんだ……毒島さんを殺すことによって彼女が救われるのであれば、救いを求められた僕がするべきなんだ……わかってるさ、自分が赦されたいだけだってことは。本当はもっと早く救うべきだったのにできなっかった。だから今更だけど償わせください。
決意のこもった瞳を理解してくれたのか朝陽は僕の後方に下がる。
「危なくなったら、迷わず助けますのでご理解を」
「ああ……」
僕は前を見据え、刀を構える。剣術において実践を想定し狭い場所でも動き回れる、八相の構え、刀を立て右手側に寄せ左足をやや前に出す。
集中――――。
久しぶりの感覚だ、わるくない――いざっ!
右足を強く踏み込み、飛び出す。一歩、二歩、三歩と距離を一気に詰める――そして、間合いに入った。
タキサイキア効果で、すべてがスローに見える。間合いに入った瞬間、毒島さんの右袈裟に刀を振り下ろす――刹那、彼女の顔に生気のある顔がよぎった、気がした。何故か抵抗することなくだらりと下げていた腕を広げ刀を抱きしめるように斬撃を受け止めた。
振り下ろした刀は、勢いを殺しきれずに畳に突き刺さり、毒島さんは、後方にゆっくりと倒れる。ちょうど彼女が殺したであろう男の上に重なるように倒れた。
緊張の糸が切れた僕は、息をしていない事に気づき、過呼吸のように息が乱れ、膝から崩れた。すかさず朝陽が駆け寄り声をかける。
「命さんっ! ゆっくり息してください!」背中を摩る朝陽。
「ああ、大丈夫……独りで大丈夫だから」
「……」
?
「……強がらなくていいんですよ」
「え?」朝陽の摩る手が止まる。
「独りで大丈夫なわけ、ないじゃないですか、こんな無茶して……仮にも病み上がりなのお忘れですか? 肩に掴まってください。直に警察の方が来ます」
朝陽の肩をかりて、部屋を後にする。去り際に毒島さんを見やる『ごめんなさい』心情で謝罪して扉を閉めた。
アパートの二階フロアまであがり階段に並んで座る「首、見せてください」
毒島さんに噛まれた傷口を見る朝陽は、頷きながら自身の腰の辺りに備え付けてあるポーチから包帯、ガーゼ、軟骨を取り出し、手当を始めた。こんな事までしてくれるなんて、この子は本当に優秀なんだな……気も使えるし、優しい、それに勇気もある。会って二日の僕にここまでしてくれのは、本心で人助けを信条としているのだろう。
「ん? 何か?」視線を向けていると手際よく包帯を巻き終えた朝陽がこちらを見つめていた。街灯の灯りが、練り色の髪、可愛らしい丸眼鏡ごしの真紅の瞳、長いまつ毛を照らす。まつ毛も練り色だと言うことに気づいた。
僕は自慢ではないが人の視線が大嫌いだ。
それは目は口ほどに物を言うことを理解しているからだ。気にしすぎだとか気のせいだとかで処理されがちだけど、勝手に言っていろと思う。僕は目で人の善悪を把握するところがあり、妬み僻み恨みを敏感に感じ取ってしまうきらいがある。
だけど朝陽にはそれがない。どこまでも真っ直ぐで、人を貶めようとする目でも落胆する目でも憐れむ目でもない、純真の言葉に尽きる瞳。容姿が整ってるとか、人間味がないとかじゃない。真心のようなものすら感じる眼差しをしているんだ。
それは、信じてみたくなってしまう眼差し。
「朝陽、何度も助けてくれありがとう」やっとお礼が言えた。
「どういたしまして」朝陽なら、この屈託も衒いもない笑顔を、何度も向けてくれるのではないかと期待してしまう。
「朝陽」
「はい?」
「僕の妹になってくれ」
「……はぁっ!!??」
僕の封印されし欲望が出てきてしまった。それは『こんな妹が欲しかった』!!
continuation————。
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