第7話 潜入、賢者の堂!!!

 肉食獣を彷彿とさせる鋭い瞳が、僕をせき立てる様に睨んでいる。それは小動物を私的に凌辱する強者の嗜みの様でもある。僕はべったりと手に汗をかき唾を飲む。


 「……先生、命さんが困ってますよ」


 「ぁあ、すまない。急いてはいかぬと言ったそばから手前勝手な振る舞いをしてしまったね、詫びよう」

 

 「……いえ、そんな……」内心は情緒が揺らぎっぱなしだ。


 姉さん……もしこの人達の言っている事が正しかったら、僕の親しい人なんて、姉さんしかいないような気がする。……それはダメだ姉さんに迷惑はかけたくない、けど昨日の事を思い出すと背筋がぞくりと怖気る。


 僕は俯き思い悩んでいると、イリスが続けて言う。


 「もう一つ、君の質問がまだだったね。あの病院はなんなのかと」


 僕は顔を起こす「……確かに、あの病院はなんなんです? 随分と乱暴に追い出されましたけど、あなた達の差金ですか?」

 

 「ふふふ、察しがいいね。君が邪険になるのも無理はない。あの病院は、私達のお得意様なんだよ、よく聞かないかい? 病院や学校などは霊的な存在が集まりやすいとね。特にこの市の病院は霊障被害が多い、だから病院長は我々の行いには目を瞑るし協力的なんだよ。まぁ今回は少々、部屋を汚しすぎたみたいだがね」イリスは朝陽に一瞥をくれる。


 びくりと朝陽が跳ねる「うぅ、だって彼が危険な状態だったので、已む無く窓から行くしかなくて……すみません」両手を合わせ、親指同士をくるくる回している。可愛い。


 「……あなた達は霊障被害にあっている人達を救う団体ってことですか?」


 「概ねその通りだよ」何やら含みのある言い方で、はぐらかされた気がするな……。


 「でだ、物は相談なんだが、佐野命君。我々の仕事を手伝ってくれないか? この業界万年人手不足でね、君みたいな霊感に目覚めた者は貴重なんだよ。もちろんそれなりの褒賞は与えるつまりだ、君さえ良ければ是非にお願いしたい」


 結局この流れになるのか……僕は思案する。どうする? いやどうするもこうするも、一番は霊感を閉じる事なんだ。でもそれは姉さんの事を考えれば憚られる。……こんなの、僕に逃げ場なんてないじゃないか。


 もしこれが普通の善良な市民だったら、家族や友人にあんな辛い思いさせたくないはず、だったら自己犠牲でこの能力を使って人助けできる方がいいじゃないかと思うだろう。


 だけど僕は普通の人間じゃない。人助け? 自分を護るので精一杯の僕が? 断固拒否だ。それならやる事は一つ、この人達の技術を盗んで僕一人でもあの悪霊を退けられ様になって、後はエスケープすればいい、恣意的に考えればこれが僕のベストアンサーだ。


 「イリスさん、きっとこれは貴女の思惑通りなんだと思いますけど、甘んじて引き受けますよ」


 この時の朝陽の表情は、眉を顰めどこか不安を抱いている様子だ。そんなに僕と仕事するのが嫌なのだろうか? 傷つくなぁ。


 「 柔順な少年で助かるよ」イリスはプレジデントデスクから立ち上がり、僕の前までつかつかとやってきた。


 「少し、失礼するよ」そのまま僕の頬を両手で包み、鼻先が当たりそうな距離まで顔を近づける。薄青いブルーサファイアの瞳が眼前で僕を見つめる。


 「ちょっちょっと何……」イリスの瞳が篝火かがりびの揺らめきのように、動いている。どこか暖かくて安心できる瞳に僕は何の抵抗もできなかった。


 一分ほど見つめ合いイリスは唸る。


 「まいったな……」両手を離し、腕を組む。


 「あのこれって、何を見ていたんですか?」僕の目を見ていたわけではなさそうだけど。


 「君の属性を判断しようとしたんだよ。しかし……深層領域にアクセスできなかった。メンタルブロックの類だろうけど……属性判断から君に合った退魔の方法を導き出したかったのだがね……ふむ、少し待っていたまえ」そう言うとイリスは扉を開けてどこかへ消えていった。

  


 今この部屋には朝陽と二人きり……改めて密室でこの状況になると緊張してしまう。何せ絶世も絶世の美女だ、正直ふざけなしではまともに会話できる自信がない。呆然と立ち尽くし、窓の外を眺めていると、袖を引っ張られる感覚がして、隣を見る。


 「命さん、あのこう言っては何ですが、本当にいいんですか? 正味な話、私達って結構胡散臭いと思うのですが……」


 「え? 君がそれを言うの? いやまぁ、胡散臭いは通り越したって言うか、あんな目にもあってるし……イリスさんはまだよく分からないけど君は嘘とか言っている様には見えないんだよね。実際命の恩人だしさ……」そう言えば、まだ助けてもらったお礼、言えてなかったな。今、千載一遇のチャンスじゃないか? 前のお礼はパンツのお礼だし……。


 「うふふ、そうですか、それならいいんです。後、私のことは朝陽でいいですよ。これから一緒に仕事する仲なんです"君"だと、よそよそしいじゃないですか」


 朝陽の屈託のない笑顔、それは偏見も外聞もない、まるで赤子に向ける微笑み。僕の人生で異性からこんな顔を向けられた事があっただろうか? 否、否否否否否否否っ!! ねぇーよそんなの! 名前? 呼び捨て? 異性の名前を? いかん、ダメだそんな耐性僕にはないんだよ! 名前で呼び合う関係になってしまったら、崩れてしまう。僕が築き上げてきた孤高の城塞が、会って二日の美少女に粉砕されそうだ。ダメだ、あってはならないそんな事、僕が守り抜いてきた城塞都市の民達が反旗を翻してしまう……うぅ、声が聞こえる、僕の心の民達が訴えている。『どうせ、最初だけだ!』『裏切られておしまいだ!』『自分以外信用するな!』『どうせ顔だけだ!』『独りでも大丈夫だ!』『そうだ!』そうだ僕は独りでも大丈夫なんだ。

 

 「すまないね、待たせてしまって。命君に、これをあげようと思ってね」程なくして戻ってきたイリスの手には、一メートルはある細長く重厚な黒い革製のケースを、ショルダーベルトの部分を持ち、僕に差し出してきた。



 「これはなんです?」


 「開けてみたまえ」


 僕は備え付けのファスナーを下ろす。この形のケース、見た事がある。


 「……刀だ」ケースの中身は日本刀、打刀と言われる日本刀の部類ではスタンダードな物。僕はケースから刀を取り出す。漆塗りの真っ黒な鞘に鍔は鉄の名残がある、ざらざらとした質感、柄は柄頭つかがしらまで漆黒に装飾されている。


 「命君、剣術の心得は?」イリスは再び煙草に火をつけ訊ねる。


 「……一応、け、剣道を昔かじってましたけど」僕の忌まわしき思い出の一つだ。


 「そうか、ならば握りや構えは良さそうだね、後は打ち込む度量だけそうだ。その刀はね私が作った物なんだが、いかんせん剣術の方は不好きでね、省略できて助かるよ」


 作った? 刀を作れるって本当に何者なんだこの人は?


 「これは、彼女の持っている銃と似たような物なんですか?」朝陽の胸のホルスターにしまい込まれた銃を見やる。


 「似ているかもしれないし、違うかもしれない。だが微細ゆえにほぼ一緒と言ってもいい」


 何てめんどくさい言い回し……。


 「ただ、その刀は回数制限がある。本来は深層領域から属性をサルベージし、刀に宿す事で力を発揮できるのだが、君の深層領域は強固に閉ざされていて、サルベージする事ができない。よってストック型の刀を用意した。回数は五回、抜刀した後、峰を切先までなぞるだけでいい。そうすれば自動的に退魔状態になる、そしたら……」一度煙草を吸う。


 「そしたら?」


 「ぶった斬れ、なりふり構わずな」


 昨日の事を思い出す。僕がこの刀であの幽霊達をぶった斬る? できるのか僕に? 


 刀を持った手が小刻みに震えている。


 だけどこの時の僕は多少なりとも浮かれていたと思う。現実からかけ離れた現象に、現実離れした少女とその先生。普通の人間には経験できないであろう、事象に巻き込まれる主人公のような優越感に気付かないふりをしていただけで、高揚していたんだ。

  

 だって知らなかったんだ悪霊があんなにも残虐だなんて。


 interlude————。

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