第4話 領域を護ろう!


 少女はプリーツスカートをぽんぽんと叩き埃を払っている。


 真紅の瞳に気を取られ気づかなかったが、大きな丸々とした眼鏡をかけ、知的要素も感じさせる少女は、僕を憂いてくれているのか「でも、来るのが遅れてしまってごめんなさい」頭を下げて僕に謝罪をし「他の病棟の霊魂に手間取ってしまって……夕方お見かけした時、異変には気づいていたのですが、申し訳ありません」


 なんて、礼節を重んじる子。この容姿なんだ、少しくらい高飛車でも莫大なおつりがくるだろうよ。少女の後ろを見やるとライダーキックで吹き飛ばしたのか、ドアがへしゃげているのがわかる。冷静に考えてこれって人間技じゃないよな……そう言えばあの化け物は——!!


 「危ない!!」僕は咄嗟に叫ぶ。吹き飛ばされた化け物女が少女に襲い掛かろうと両手を振り下ろす。


 だが少女は後ろに一瞥くれる様子もなく、攻撃をひらりと交わした。まるでワルツのターンのように軽やかに回転して避けたのだ。化け物女は追撃しようと少女に飛びかかろうとする、しかし少女は狭い室内で柔軟なバク転をし、その流れの中で化け物女の顎を蹴り上げる、今度は下着が見えないよう、器用に片手でスカートを押さえている。


 体勢を整えて胸元に手をやる、よく見れば制服のスクールベストの上に、拳銃を収納するホルスターが付いている。そこから名前もわからない少女には似つかわしくない、馬鹿みたいにでかいリボルバー式の銃を取り出し、発砲した。この一連の動作を終えるのに一秒もかかっていない、それほど俊敏な動きだった。


 発砲した反動で少女の腕が浮く。硝煙が上がり辺りには雷管の臭いが広がる、弾丸は女の額を穿ち弾は壁まで貫通し、女は動きを静止させた。それに続いて体が徐々に霧散し始め、跡形もなく消え去った。僕は呆気に取られ空いた口を無理やり閉じ訊ねる。


 「君は、一体……」少女は僕に気付き拳銃をホルスターにしまい、くるりと体を回転させカーテシーと言われる英国式の挨拶、右足を後ろに引き膝を曲げてスカートの裾を軽く持ち上げ軽く会釈した。何とも淑女然とした振る舞い。


 「初めまして、私は朝陽あさひ。この街の退魔師です」


 「この街の……退魔師?」僕は思わず復唱した。


 「そう、私は街に蔓延る悪鬼羅刹を祓う組織『賢者の堂』に所属する退魔師です」朝陽は、あいも変わらず座り込んでいる僕に近づき、膝を閉じ、しゃがむ「ところで君、かなりしっかり見えてるみたいですね」

 

 僕はそのセリフにびくりと体を跳ねさせる。しっかり見えてる? ……まままままままままさかかかかかパパパパパンツを見た事気づいてるのかか?? ……ならば先手を打つしかない!


 「すみませんでした!!」僕は後ろに飛び退き朝陽に、負けない速度で土下座した。


 「あ、え?」


 「不可抗力だったとしても朝陽様の純真無垢であろう、お下着を拝見させていただいたこと謹んでお詫び申し上げます! 感想といたしましては面向不背めんこうふはいの良きおパンツでした!!」


 「え? 面向不背のパンツって……はあっ!」朝陽は慌てて立ち上がり、前後からスカートを抑える。

 

 あれ? 僕がパンツ見たこと気づいてなかったのか? と言うことは……ゆっくりとおもてを上げる。


 ガチャリ


 額に冷たい物があたる。朝陽は銃口を僕に向け、口をもごつかせ眉根がピクピクと痙攣している。


 「わ、私が訊きたかったのは、霊をどれくらい視認しているかということです……それなのに貴方は、わた、私の……パ、下着を覗いていたなんて……万死です、滅殺です! お覚悟を!!」

 

 語気を強めて、引き金に指を下ろす「待って待って待ってよ!! 万死への歩幅短すぎない!? 僕だって見たくて見たわけじゃないんだ、まさか突然がライダーキックで頭上を飛んでくるとは思わないだろ!?」

 

 「……美少女……ですか」ん? 


 「そう! 可憐で美しくて、この世の視線を全て釘付けにできる美少女だよ!」


 朝陽は僕から視線を外し頬を赤らめている。どうやら照れているようだ、こんなに美しいのに照れる仕草が僕のツボに刺さり調子が上がっていく。僕は拳銃を両手で包み込む、朝陽はびくりと驚いていたが。


 「……朝陽さん、これは僕からの忠告だけど、駄目だよ、あんな無防備にスカートを翻しちゃ、君みたいに絶世の美女のパンツを、他の人間が見ちゃったらそれこそ万死だよ、耐えられない。パンツを見たのが僕でよかった、まだ生きてる。君が救った命だ」もはや自分でも何を言っているのかわからない。


 「だからね、僕は強く推奨するよ——スパッツを(スパッツも好きだ)」


 「うぅ……スパッツはキツくてあまり好きくないんです……」自分の人差し指を甘噛みしながら頬をめいいっぱい赤らめて言う。


 「大丈夫、きっと君に合ったゆとりのあるスパッツが見つかるよ。僕も一緒に探すから」


 「うぅん? ……ハイ」


 もう何この子! 全部可愛い!! 


 「ところで、霊の視認って何のことなのかな?」


 「あ、あっ、ハイえーとっ簡単に言ったら筆圧みたいなもので、霊の濃さと言ったらいいでしょうか」あたふたと、答える。どうやらパンツの話題からは離れられたようだ、僕にもこんな会話誘導ができたなんて捨てた物じゃないな。

 

 「じゃあつまり、あの化け物ビッチ女がどれくらいはっきり見えていたかってことかな?」


 「ひどい言い草ですね……その通りです」やや引いているが、まぁいい。


 「初め、廊下で見た時は普通の人間と間違えたくらいだからね、はっきりくっきり見えていたよ(パンツも)」


 朝陽は今度は甘噛みせず顎の下に指を添え、考えるようなそぶりを見せる。


 「そうですか……思っていたよりも、貴方はこちら側の人間みたいですね……」


 含みを持たせた言い方だ。と言う事は、次の流れ的に私達の組織に入ってくださいとか何とか言ってくるやつだ。これはいよいよ青春系伝奇アクションファンタジーの開幕か? 生唾を飲む。


 「わかりました。それではお身体に気をつけて早く元気になってくださいね。さようなら」


 「ならんのかいっ!!!!」思わず盛大につっこんでしまった……僕にこんな隠れた性質があったなんて。


 「何ですか急に大声出して? 私はまだ任務の途中ですので、お暇させていただきたいのですが」何だか不機嫌な様子で僕を見やる。やっぱりパンツのこと怒っているのかな?


 「いや、ごめん何でもない」


 「そうですか。それでは失礼します」言を終えると朝陽はつかつかと僕の横を通り、窓の方に近づく。窓? ここは三階だぞ?


 振り返ると、朝陽は華麗に窓を乗り越え消えていった。


 「あっはは、マジかよ」驚きもあるけど、このめちゃくちゃになった病室どうするんだよ……


 「言い忘れましだが」


 「わぁっ!! びっくりした!」朝陽が窓からひょっこりと顔を出した。どうやってぶら下がってるんだよ。


 「今日の事は、お医者様達に言ってもいいですけど、多分彼らは干渉など一切しませんから、強盗にでも入られたと伝えておけば大丈夫ですので、あしからず。では」


 僕の返事も待たず、モグラのように消えて行った。


 「一体何だったんだあの子?」


 去っていった窓に近づくと、足元に長方形の紙が落ちているのに気付き、広い上げる。


 「名刺だ……探偵事務所、『賢者の堂』『朝陽』電話番号に住所……これって来いってこと?」これはやはり物語の始まりなのでは……?


 その頃朝陽は「ああもうっ! こんなはずじゃなかったのにぃ。面と向かって可憐で美しいとか……ぉまけにパンツまで、私ったら……はしたない……。やっぱりスパッツ、はこうかなぁ……」


 朝陽はチョロインであった————。

 






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