第24話 二人の買い出し


 緊張しないと思っていたのも束の間で、近い距離が何分も続くと胸の鼓動が早くなってしまう。


 気にしないよう努めても、却って気になってしまう始末。離れようと思っても、エスコートの手を出されてしまえば取らないのは失礼になってしまう。


「レタスは必須ですよね。まるまる一つあれば足りるでしょうか」

「十分だと思います」


 動揺を顔に出さないように、ひたすら穏やかな笑みを浮かべる。


 視界いっぱいに移るオースティン様の顔は、相変わらず一寸の狂いもないと思うほど美しい。今日はその横顔がカッコいいと思ってしまう。


「あとはトマトやハムですかね」

「そうですね。挟みたいものを準に買うと良いかと」

「わかりました」


 私は夕飯の材料を、オースティン様は練習用の材料をそれぞれ選んでいった。ただ食材を選んでいるだけなのに、緊張感が高まっていく。


 ……意識しちゃ駄目なのに、視界に入るだけで意識してしまう。


「クロエさんいい食材を見分ける方法はありますか?」

「いい食材……ここの通りで売り出されているものは基本的にどれも美味しいですよ」


 淑女教育で教わった、作り笑顔がまさかここで役に立つとは全く思わなかった。必死に緊張と困惑を隠しながら、いつも通りの自分を装った。


「なるほど、買い得ということですね」

「そう、ですね」


 オースティン様は独自の解釈で納得すると、予想外にも大量の食材を買い始めた。


「他に、どこかおすすめのお店はありますか?」

「私がよく買うのは端の青果店ですね」

「案内していただいても?」

「もちろんです」


 青果店に案内すれば、オースティン様はサンドイッチに挟めるであろう食材を片っ端から買っていった。


 さすがは貴族。お金の心配はいらないようだ。


 紙袋いっぱいに詰まった食材を持つオースティン様を見て、どこか微笑ましくなってしまう。


「重くないですか?」

「問題ありません。これでも鍛えてはいるので」


 細身に見えるオースティン様だが、筋肉はあるのだという。


「クロエさんは大丈夫ですか」

「はい、いつもこの量を買っているので。慣れています」


 バックの中に詰め込んだ食材は軽い訳ではないが、買い出しは習慣化しているので問題ない。


「オースティン様、買い忘れはありませんか」

「そう……ですね」


 紙袋を覗くオースティン様。心配そうな雰囲気がほんのりと出ていた。確認する姿が、どこか可愛らしいと感じてしまった。


「ふふっ。見る限りなさそうですね」

「はい、大丈夫です」

「それならこれで解散にしましょうか」

「よければ送らせてください」


 にこりと微笑めば、オースティン様から申し出をいただく。ただ、じっと紙袋に視線が移る。


「大変だと思いますので」

「いえ。繰り返しにはなりますが、鍛えておりますので」


 そうは言われたものの、大量の食材を手にしたまま歩かせるのは気が引けてしまった。自分なら大丈夫だと断言しようとすれば、オースティン様のどこかしょんぼりとした雰囲気が言葉を呑み込むことになってしまった。


「……それなら、お願いできますか?」

「もちろんです……!」


 表情は変わらないものの、声色は明るい方に変化していた。


 両手がふさがっているので、エスコートされることはなかったものの、隣を歩いてくれるだけで心強かった。


「オースティン様は何かしたいことはありますか?」

「したいこと、ですか?」

「はい。この前はピクニックだったので」


 ふむと考え込むオースティン様。真剣に悩む姿を見ると、少し負担になってしまったなと感じる。


「今思い浮かばなければ、また後ででも大丈夫ですよ」

「すみません。日程だけ先に決めてもよいでしょうか」

「もちろんです」


 再び、出勤日との兼ね合いを考えて日程を設けた。今度は三日後ということになり、内容はオースティン様に一任する形になった。


「頑張って考えてきます」

「本当にしたいと思ったことでよいので」

「はい、ありがとうございます」


 なるべく負担にならないように伝えたところで、マイラさんのパン屋さんが見えてきた。マイラさんからルルメリアを引き取ると、オースティン様に挨拶をさせた。


「あっ、おーさんだ‼」

「ルルさん、こんにちは」

「こんにちはー‼」


 昨日ぶりではあるものの、ルルメリアにとっては友人に会えることは嬉しいようだ。


 朝みた眠そうな様子からは一転しており、すっかり元気を回復した様子だった。


「ルルさん、次は三日後になります」

「ほんと? たのしみにしてるね!」


 ぱあっと目を輝かせるルルメリアに、こくりと頷くオースティン様。

 オースティン様に自宅まで送ってもらうと、私はようやく緊張感から解放されることができたのだった。

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