第9話 杉、許さない

「ありがとね」


 寄生植物に飲み込まれて骨だけになった鳥に、セラフィナはそっとお礼を言う。

 肉体の限界を越えて全速力で飛んできたせいで、オババ様からの言づてを伝えるとすぐに崩れ落ちてしまったのだ。


「どうする?」


 駆け出したくなる衝動を抑えて、セラフィナは思案する。

 ご神木があるのは樹海の奥地。

 茨の道を使っても数時間はかかる。

 ただ走るだけではとてもではないが間に合わない。

 セラフィナは忙しなく視線を巡らせる。

 ラフレシアに頭からがぶりと飲み込まれたゲン。

 使えない。何してんだこいつ。ふざけてんのか?

 いや、ラフレシアはその根を足のように動かして移動した。これを使えないか?

 駄目だ。茨の道の方が速い。

 クソ!

 何か手は無いのか。

 考えろ。絶対に何かある。それとも、素直に茨の道を使うか? こうして考える時間が無駄なのか?


「うぅ……」


 手を思い切り噛んで、諦めそうになる思考を痛みで押し潰す。

 茨の道は使わない。

 数時間も籠城できる余裕があるなら、オババ様はこんな連絡よこさない。一人で潜り抜けて、思い出したころに武勇伝を語ってくる。


「こいつ……」


 自分の足元。寄生植物で崩れ落ちた鳥がいた。


「寄生植物……」


 自分の体に植え込んで、体の限界を超えた速さで移動する。

 出来る。これなら20分もあればご神木に辿り着く。


「駄目だ」


 それは片道切符だ。

 限界を超えて疲労困憊になった自分がいて、何ができる?

 麻薬成分を注入して誤魔化すことはできるだろうが、消耗していることに変わりはない。

 この方法は、ご神木の下へ行って自殺する方法でしかない。

 でも、突破口はこの鳥だ。

 寄生植物以外にもこの鳥からは可能性を感じる。

 何か、きっと何かあるはずだ。


「ぅえら! ……すえへ!」

「だぁ! うるさいな!」


 ラフレシアに呑み込まれてまだ何か喚いているゲンに苛立ちをぶつける。

 こっちは今忙しいんだ。


「!!」


 そうだ。ゲンだ。

 鳥とゲン。こいつらはどこから来た?

 空だ!

 使うべきは茨の道ではなく、空路!


「けど、どうやって?」


 どうやって空を飛ぶ? 鳥と違って翼は無い。


「そうか!」


 ラフレシアの毒々しい赤。

 それを見て電流が走った。

 ホウセンカだ。

 鮮やかな赤い花の植物。

 だが、一番の特色は種を飛ばすこと。

 種を孕んだホウセンカの実は、動物が触れると弾けて、その種を飛ばす!


「よし! ゲン、行くよ!」

「セラ、もうちょっと早く助けてくれても良かったんじゃないの?」


 周囲の植物を組み替えるついでに、セラフィナはラフレシアに指示を出してゲンを解放させる。


「ゲンならどうにかするって信じてたんだよ」

「ご期待に応えられたかな?」

「最終的に私が助けたよね。なんでそんな誇らしげに言えんの?」

「心が広いから」

「じゃあ、自分のスキルも受け入れられるよね」

「こんな傍迷惑なスキルいらん!」


 いつものように適当な会話をして、どちらからともなく声をあげて笑う。


「もう大丈夫だな」

「うん。今の私は無敵だから」


 晴れ晴れとした、それでいて芯のあるセラフィナの声を聞いて、源は安心する。

 先ほどまでのセラフィナは切羽詰まった様子で、正直言って怖かった。

 ラフレシアに呑み込まれたまま放置されたのには思うところはあるものの、あっけらかんとしたいつものセラフィナを見ていると、どうでも良くなった。


「それで何があったんだ?」

「うん」


 高速移動の準備をしながら、セラフィナは源にざっくり説明する。


「なるほど。植物がエルフに対して反乱を起こして、エルフの信仰の象徴的なものであるご神木を守りに行くと」

「うん。そんなかんじ」


 エルフにご神木。

 相性ピッタリだ。きっと世界樹とでも言うべき神々しい木なのだろう。


「それでセラフィナさん。これはなんですか」


 自身の足元を指して、源は尋ねる。

 にょろにょろとツタが生えてきて、源とセラフィナを包み込んでいた。


「うん? 大砲だよ」

「大砲?」


 セラフィナの口から出た物々しい単語に唖然として、源は聞き返す。

 その間もツタは成長を続け、ついに二人は完全に囚われてしまう。


「よし。角度はこれでいいかな。それじゃ、ゲン、行くよ。舌噛まないようにね」

「行くって、いや……え?」


 戸惑う源を無視してセラフィナは叫ぶ。


南森人聖拳砲仙流奥義みなみもりひとせいけんほうせんりゅうおうぎ森派人間砲弾しんぱにんげんほうだん!」

「拳法とは一体!? というか、南斗人間砲弾なんとにんげんほうだんなんて誰にも伝わらないよ!」


 足元をツタで雁字搦がんじがらめにされたまま、二人は大空に投げ出される。

 二人を覆っていたのはセラフィナが品種改良して作り出したクソデカホウセンカの実。

 それが弾けたのだ。

 その弾けた衝撃に連鎖して、二人の足元に仕込まれた無数のホウセンカが弾けて更に推力を生み出す。

 多段ロケットのようにホウセンカを切り離しながら上昇を続け、ついには上空七千メートルまで到達する。


「わぁ」


 切羽詰まった状況は変わらない。

 景色を楽しんでいる状況ではとてもではないが、眼下に広がる樹海にセラフィナは思わず歓声を上げる。

 どこまでも続く緑。

 上空から見下ろす生まれ故郷はどこか幻想的だった。


「あれが……」


 源の声に、セラフィナもその視線の先を見る。

 そこにあったのは自分の視線と同じくらいの高さにあるご神木。

 いつも見上げるばかりだったご神木と同じ視線になって、なんだか不思議な気分になる。


「それで、着地はどうするんだ?」


 上昇が終わって緩やかに落下が始まったので、源は一番大切なことをセラフィナに問いかける。

 思慮深いセラフィナのことだ。

 きっと、着地までパーフェクトな計画を立てているのだろう。


「ゲンに任せる!」

「なるほど……え?」


 ゲンは最初に樹海に来た時も空から落ちてきた。

 なにかしらの着地手段は持っているのだろう。セラフィナは大船にのった気分で、後のことは源に任せるつもりでいたのだ。

 突然押し付けられた重責。源は頭が真っ白になる。

 しかし、重力は待ってくれない。

 徐々に加速していく落下が強制的に源の意識を引き戻す。


「ホウレンソウはちゃんとして!」

「美味しいよね、ほうれん草。今度私が4年の改良の末辿り着いた最強のほうれん草をごちそうするよ」

「わぁ、それは楽しみ! って、そうじゃなくて!」


 もはや一刻の猶予も無い。

 目の前にはびっしりと隙間なく生えた竹林。

 なんで竹林?

 ファンタジー世界とは釣り合わない見慣れた植物に戸惑うが、それどころじゃない。

 どうする?

 前回と同じようにSEを使うか?

 駄目だ。

 同じネタはなんか負けたような気がする。

 何度もこするような鉄板ネタじゃない。

 それじゃつまらないとスキルがささやいている。


 もぞもぞ。


 思考を巡らせていると、足元に違和感。


「お前!」


 そこにいたのはラフレシア。

 セラフィナの品種改良にド根性で抵抗して、己の存在を保っていたらしい。


「そうだ!」


 足を見て閃いた。

 セラフィナと視線を交わして、頷く。

 そこに言葉は必要無い。

 スキルが「それいいね」と後押しして、セラフィナもこの後すべきことを悟ったのだ。


「「ライダァァァァァキィィィィィィック!!!!!」」


 足を突き出して二人と一株の植物は一本の矢になる。

 繰り出すのは国民的ヒーロー仮面なライダーの必殺技。

 謎の電撃と落下の空気摩擦による赤熱をまとって、バキボキと竹をなぎ倒して進む!


「ギャー! ゲン! まずい! 前! 前!」


 小気味よく爆ぜる竹の音の爽快感に酔っていたセラフィナは、この先にあるものを思い出して、青ざめる。

 ご神木! エルフの魂! ぶつかる!


「バカヤロー! 源さんは突然止まれないんだよ!」


 ドゴーン!

 全身をミキサーでかき回される様な衝撃。

 恐る恐る目を開けると、そこにあったのは木をくりぬいたようなクレーター。

 生きてるのか?

 そんな実感が湧く前に、怒声が響く。


「この若造ども! エルフの魂に傷つけるたぁ、どういう了見だ! ゴラァ!」

「出てる! オババ様、育ちの悪さ、出てるよ! ステイ、ステイ!」

「んなもん気にしてられるか! おんどれぇぇぇ!! あと、オババって言うんじゃねえぇぇぇ!!」


 貼り付けたような笑顔が鬼のような形相に変わるオババ様を見て、これ死んだなと思いながらも、セラフィナは必死に止めようとする。

 怒るのも無理はない。

 エルフの象徴に飛び蹴りをかまして穴をあけたのだ。

 言うなれば天皇陛下やローマ教皇に殴りかかって骨折させるようなもの。

 しかし、そんな怒声も源の耳には届かなかった。

 凄惨な光景を目の当たりにして、余裕が無かったのだ。


「そんな! お花さん!」


 一本の矢になった源とセラフィナ。

 その足先やじりにあったのは源に情熱的なアプローチを仕掛けてきたラフレシアだった。

 上空七千メートルからの落下。

 人が耐えられるはずのない衝撃から二人を守ったのは、長年待ち続けた運命の相手を守らんとした植物の深い愛だった。


「お花さん! 俺……ごめん! あなたがこんなに想ってくれていたっていうのに!」


 自分に向けられていた深い愛情に気付いて、涙を流す源。

 しかし、ラフレシアは応えてくれない。

 落下の衝撃を全て受け止めた花は、ぜた風船の欠片のようにばらばらになっていたのだ。

 ばらばらになったラフレシアの欠片を握りしめて源はぼろぼろと泣くことしかできない。


「ゲン……」


 種族を越えた尊い関係を目の当たりにして、オババ様は正気に戻る。


「涙を拭きな。そいつだって、お前を守れて本望だろうよ」

「オババ様……」

「ふん。オババはやめな」

「ええ……」


 ツンとそっけなく横を向くオババ様とぼろぼろに泣く源を見て、セラフィナは引く。

 植物は一緒に生きる大切な仲間だ。

 だが、ゲンの泣きようは仲間を失くしたというには度を越している。

 こいつ、ラフレシアと禁断の関係になっていた……?


「いや、さすがに引くわ」

「ち、ちげーし」


 ドン引きするセラフィナから不穏なものを感じて、源は反射的に否定する。


「?」


 そこでなんだか違和感。

 どうして自分はこんなに泣いているのか。

 すこしセンチメンタルな空気に飲まれかけたし、お花さんに感謝はしているが、正直言って泣くほどではない。

 それよりも気になるのは、鼻のむずむず。


「ぶぇっくしょい!!」

「うわっ、汚!」


 目のごろごろ感と、どうしようもない鼻のむずむずに、源は一つの可能性に思い至る。

 いや、そんな、まさか……。

 嫌な予感をかき消すためにクレーターからのぞく景色を見上げる。

 その先にあったのは、特徴的な細長いとげとげの葉。そして、先端にあるオレンジの粒粒。


「ご神木ってスギかよ! ぶぇっくしょん!」

「あっ、そういえばゲンって花粉症って言ってたね。良かった!」


 源の涙の原因は、ご神木がわっさわっさとまき散らす花粉だったのだ。

 友人が特殊な性癖の持ち主でないと分かり、セラフィナは心の底から安心するのだった。

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