第51話『千弦の決意』
土曜日と日曜日は両日とも、午前10時から午後6時までゾソールでバイトがあった。試験期間中もちろん、試験前も数日ほどシフトに入らないので、試験明けの土日は2日とも日中の間ずっとシフトに入ることが多い。
両日とも8時間のシフトだけど、久しぶりのバイトだし、接客することが多いので時間はあっという間に過ぎていった。それに、土曜日は山本先生、日曜日はお昼過ぎに千弦と星野さんと神崎さんが友達と一緒に、夕方にはデート中の琢磨と吉岡さんも来店してくれたから。
週末2日間の8時間のバイトを難なく乗り越えられた。
5月26日、日曜日。
夜。
夕食を食べ、お風呂に入った俺は、自室のベッドでラノベを読みながらゆっくりしている。
昨日も今日も8時間のバイトをしたけど、今はあまり疲れを感じていない。それはきっと、試験が終わった金曜日の放課後から、家にいるときはできるだけゆっくりしたり、金曜と土曜は早めに寝たりしたからだろう。そういった過ごし方をしているのは、ゴールデンウィーク明けに過労で体調を崩したことからの教訓によるものだ。
疲れをあまり感じていないけど、今日は8時間バイトをしたし、明日は学校がある。だから、今夜も早めに寝るようにしよう。
「ははっ」
それにしても、このラノベ……結構面白いな。ラブコメだけど、コメディ要素が俺の笑いのツボを突いてくる。なので、思わず声に出して笑ってしまう。ページがどんどん進む。ただ、読むのに集中しすぎて夜遅くまで起きてしまわないように気をつけないと。そう思いながら読んでいると、
――プルルッ。
枕の側に置いてあるスマホが鳴る。誰だろう?
ラノベを読むのを一旦中断して、スマホを確認する。通知欄を見ると……LIMEで千弦からメッセージが送信されたという通知が。
千弦からメッセージか。最近は夜にメッセージをやり取りすることが多いからな。金曜日まで中間試験だったから、最近は勉強関連のことが多かったけど、今日はどんなことだろうか。そう思いながら通知をタップすると、千弦と星野さんと俺がメンバーのグループのトーク画面が開かれ、
『彩葉ちゃんと洋平君に話したいことがあるの。今、いいかな?』
星野さんと俺に話したいことか。いったい何だろうな。3人のグループトークだし、素の口調だし……素のことに関することだろうか。
いいぞ、とメッセージを送る。
千弦と星野さんもグループトークを見ているのか、俺の送ったメッセージには『既読2』とマークが付く。その直後に星野さんからも「私もいいよ」とメッセージが送信された。
ありがとう、と千弦はメッセージを送り、
『私……外でも素を見せていこうかなって考えているんだ』
外でも素を見せていく、か。
小学5年生のときに福岡から洲中に引っ越してきてから、星野さん一家と俺以外には素を隠しながら過ごしてきた。そんな千弦が素を見せようと考えている。
『そうか。素を見せようと考えているのか』
『そうなんだな。この前、白石君に素を明かしていたから……それがきっかけ?』
星野さんは千弦にそう問いかける。
星野さんと彼女の御両親に素を明かしたのは小学生の頃のこと。そこから、2週間前に俺に言うまでは素を明かすことは一切なかった。星野さんが、俺がきっかけなのかと考えるのは妥当なところだろう。
『うん。久しぶりに自分の素を明かして。洋平君に素を明かしてから、洋平君とお家デートしたり、今みたいにメッセージでやり取りしたり。素で洋平君と接することがとても楽しくて。それまで以上に洋平君と仲良くなれた気がして。素を明かして良かったなって思ったの。だから、普段から素を出せば、学校生活がもっと楽しくなって、友達とももっと仲良くなれるかもしれないって思ったの』
星野さんの予想通り、俺に素を明かしたことがきっかけだったのか。
お家デートしたり、メッセージでやり取りしたりしているのもあって、千弦が素を明かしてから、千弦をより近くに感じて、千弦とより仲良くなれたと思っている。素を明かして良かった、という一言がとても嬉しい。
素を明かした直後や、お家デートのときを中心に見せてくれた千弦の素の笑顔を思い出す。あのときの千弦はとても楽しそうだったな。もちろん、今のようにメッセージをやり取りしているときも。
『そうか。素で俺と過ごすのが楽しかったんだな。俺も楽しかったぞ』
『白石君に素を明かした直後とか、今みたいに3人で話しているときの千弦ちゃんはとても楽しそうだもんね。白石君とのことを通して、素を明かすのはいいなって思えるようになったと』
『そうだよ。それに、素を知る彩葉ちゃんと洋平君が近くにいるからね。それも、素を見せてもいいかなって思える理由の一つだよ』
素の千弦を知り、受け入れてくれている友達が2人いる。学校ではその2人が同じクラスにいる。それは千弦にとってとても心強いことなのだろう。
『もちろん、彩葉ちゃん1人だけじゃダメだったわけじゃないよ。まあ、洋平君の存在は大きいし、1人より2人の方が心強いのは事実ではあるけど。そもそも、これまでは福岡にいたときのトラウマで素を明かすのが怖くて、勇気が出せなかったんだし。彩葉ちゃんには、2人きりのときに素を見せられればいいかなっていう思いもあったから』
『ふふっ、分かってるよ』
『素を見せたことで何か言われるかもしれないし、友達から嫌われたり、離れたりするかもしれない。それは怖いことだけど、覚悟はできてる』
素を見せるということは、みんなから言われる『王子様』は演技だったことを明かすことでもある。だから、何か言われたり、それまで仲良くしていた友達から嫌われたり、離れたりしてしまう可能性はあるだろう。福岡の小学校に通っていたときに遭った出来事を考えたら、それは怖いことだと思う。ただ、そういったことを覚悟した上で、千弦は素を明かそうと考えている。
『分かった。俺は千弦の気持ちを尊重するよ』
『私も。何か協力してほしいことがあったら、遠慮なく言ってね』
『俺にも言ってくれよ』
『2人ともありがとう。2人がいるし、明日……学校で私の素を明かすよ』
その文面を見て、不安や怖さがある中でも素を明かそうという千弦の強い意志を感じられた。
千弦が大人気な理由の一つは、王子様とも言われるような中性的で落ち着いた立ち振る舞いだ。それが演技だと明かしたら大騒ぎになる可能性もある。千弦に何かあったときには、素を受け入れている友人の一人として守っていかないとな。
『分かったよ、千弦ちゃん。すぐ近くから千弦ちゃんを応援するよ。何かあったらフォローするし』
『俺もだ』
『ありがとう』
『ところで、素の明かし方は……俺のときみたいな感じで話すのか?』
俺に素を明かしてくれたときは、素を隠すようになった理由として、福岡の小学校に通っていたときの嫌な出来事を詳細に話してくれたけど。ただ、あのときは辛そうな表情をしていて、目に涙を浮かべていた。だから、どう話すのか気になったのだ。
『基本的にはね。ただ、素を隠した理由についてはざっくりと話すよ。話していて辛いものがあるから。洋平君に話したときも話していて辛くなったし。福岡の小学校にいたときに嫌なことがあった……くらいにしておこうかなって』
『そうか。辛いならそれがいいと思う』
『私も同じ意見』
『あと、あのときは俺に詳しく話してくれてありがとな』
『いえいえ。……あと、明日は洋平君とも一緒に登校したいな。3人で教室に入って、そのときに素を明かしたいなって思っているの』
素を明かすなら、そのタイミングが良さそうかな。
あと、千弦は星野さんと俺がいるから素を明かせそうだと言っていた。だから、俺とも一緒に登校したいと思ったのだろう。
『分かった。いいぞ』
『私もかまわないよ』
『ありがとう。じゃあ、明日は……洲中駅の南口で待ち合わせしようか。洋平君とはそこで待ち合わせをすることが多いから』
『了解だ』
『うん。時間は8時頃でいいかな?』
『ああ、分かった』
明日、千弦がみんなに中性的な雰囲気を演じており、素は全然違うと明かす。不安や怖さもあるだろう。
少しでも千弦の支えになれるように、明日は星野さんと一緒に千弦の側にいよう。何かあったときには千弦を守ろう。千弦の友人として。
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