俺の弟子は怪異かもしれない

雨白

杉乃木廃病院

杉乃木廃病院1

「くそっ! 廃病院なんか来るんじゃなかった!」


 薄暗い病院にその声が響き渡る中、小説家、桐崎茂は悪態をついた。


 小説の題材になるからと担当編集者に取材をしてくるよう言われたが、正直に言って来るんじゃなかった。スマホのライトを頼りに進んでいるが、まったく廊下の終わりが見えない。


 ……もうここらで引き返すべきか?いや、でもな……。


『いやー読みやすい文ではあるんだけどねぇ……。やっぱり経験かなぁ……。』


 あの編集者の言葉。……思い出したら腹が立ってきた。なんとか賞をもらい、担当編集が付いたはいいものの、未だにプロットから先を書かせてもらえない。


「絶対にここで何かをつかんでやる……」


 さっきの声が思ったよりも響いたので、今度は少し小さめに悪態をついた。


 しかし、霊的なものとか、怪奇現象には遭遇してはいないものの、病院の中は明らかに様子が変だった。


 ……いや、どちらかといえば病院の外の方か。暗いのだ。とにかく異常に。ここに入ってすぐの時には月明りが差し込み、それなりに明るかった。……が、今となっては月明りがないどころか暗闇に目が慣れても外の草木の一つや見えやしない。

 ……不気味だ。


「……やっぱりここらへんで引き返して――」


「あの……」


「ひっ!?」


 急にした声に、思わず情けない声が出る。


 後ろを向き、足元にライトを照らすと人の足が見えた。恐る恐るライトを上に向けていく。


「わ、眩しい……。すみません、顔にライト向けないでもらえますか」


「え、わ、悪い……」


 思わず反射的に謝る。声の主は女子高生、のように見えた。ここの近くの公立高校の制服を着ている。

 

 髪の色は真っ白で、肩上でバッサリと切ったショートヘアだ。……あの学校は髪を染めるのは禁止だったはずだが。


「……どうしてあなたはこんなところに?」


「俺はその、取材でだな……」


 少し乱れたスーツを整え、問いかけにこたえる。


 ……というかそれはこちらの質問でもあるんだが……。そもそも目の前にいる彼女は人間なのか? いろんな考えがぐるぐると頭の中を巡る。霊的な何かなのだとしたら、今の会話をメモでもした方がよいのだろうか。いや、その前に逃げるべきか?

 

 そんなことを考えていると、彼女が「……ごめんなさい」と口を開いた。


「『ごめんなさい』って……。どうして謝る? 実はお前は霊的な何かで、俺を殺そうとしていたりするのか?」


「違います。私は、人間なんですけど、人間じゃないものがついてくるんです。近づいてくるというか、」


 ……電波ちゃんってやつか? それとも何かしらの精神疾患か……。何はともあれ、こんなところに子供が長時間いるのはよくない。早く家に帰らせるべき――





『見えてますか』


 頭の中でその言葉が鳴り響く。


 あぁ、はっきり見えてるとも。この女子高生はどこもぼやけたり薄くなったりしていない。……霊なんてやっぱりいるはずないんだ。どこからどう見ても、彼女は人間――


「ごめんなさい」


 申し訳なさそうな顔で、再度彼女が呟いた。声が震え、泣きそうになっている。


 まずい。自分より一回りの女の子を泣かせるとか大人として最低だ。


 

『見えてますか』


 また言葉が頭に入ってきた。


 見えてるって! ちゃんと見えてるよ、女子高生泣かせた情けない大人の姿が!




「おい、頼むから謝らないでくれ、俺は大丈夫だから!ほら、外も真っ暗だし早く家に――」






『見えてますか』


 




 汗が頬を伝う。


 俺は、その何かから目をそらせなかった。


 その時ようやく気付いた。その言葉は俺の心の声なんかじゃなかったってことにだ。


 外を見ようとしただけだ。暗いから早く帰れと彼女に言うために。窓ガラスに反射して、廊下の様子が見える。この場には俺と、彼女以外誰もいなかったはずだ。窓ガラスに反射して見えたそれは、人ではない何かだった。


 2mはある青白く細い手足、黒い髪の毛のようなものは、廊下の天井から床までつくほど長い。作り物と形容するには、あまりに生々しい何かだ。


 体を硬直させたまま、目線だけ高校生に向ける。



「ごめんなさい」




 彼女が再度謝った。

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