第20話:不満爆発? 痴話喧嘩(仮)
「あたし、まんぞく」
「あぁ俺の財布が軽くなった」
「何してんだよお前等?」
和也達と合流すれば、そこには満足そうにお腹を撫でる藍と絶望顔の親友がいた。
何があったか聞いて見れば、二人は賭けをし勝った方が全額負担するという勝負を行ったようで、見事和也が負けてかなりの金が藍の腹の中に消えたらしい。
「何やってんだよ」
「……何やってんだろうな」
哀愁を漂わせる親友に、俺はどう言葉をかければいいか分からなかったが、ドンマイとだけ伝えておくことにした。
「そうだ燐、あとで綾花も来るって」
「ん、了解」
綾花は着替える時間がなさそうだし、チャイナドレスでの合流になるだろう。
ちょっとしたオモシロ集団になりそうだが、まあ他人の視線なんて気にする必要ないし、気楽にしてればいいだろう。
「そろそろ、花火だな」
「そうだな……昨日はあんまり見れなかったから楽しみだ」
「あ、いたいた。来たわよ皆」
「お疲れ綾花」
集合場所である祭りの会場から離れた場所で全員合流した俺達。
とりあえず綾花にお疲れと告げて、俺は買ってまだ食べていなかったあんまんを渡す。
「何も食べてないだろ」
「ありがとね燐」
「おう、どういたしまして」
それから花火まで俺達は喋っていたのだが、なんだか文乃の様子がおかしかった。
さっきから無口だし、心なしか表情が暗い。
「ちょっと、何か買ってきます」
そんな彼女の顔を観察していると、急に文乃が何処かに行こうとする。
「ん、気を付けてねー」
「……燐」
「分かってる」
少し文乃が離れた後で、俺は彼女の後を着いていった。
流石にあの状態の文乃を放置できるわけないし、あの様子だと文乃は嘘をついている。何か買いに行くと言うより、ここから離れたいといった様子だった。
どんどん俺達から離れていき、文乃が辿り着いたのは神社の裏手。文乃が迷子になった末に辿り着いた穴場スポット。
「文乃」
「……なんで、着いてきたんですか?」
「お前の事が心配だったじゃ駄目か?」
今日ずっと気になっていたが、文乃は元気がなかった。
祭りの時は楽しそうにしてくれたけれど、また皆と合流した時にそれは悪化した。
「ねぇ兄様、昨日ここで綾花さんと花火見てましたよね」
「……見てたのか?」
「……はい――兄様、ここどうして見つけられたか覚えてますか?」
「まあな、お前が迷子になってここで泣いてて」
「それで兄様が私を見つけてくれた場所です」
そうだな……と言おうとしたところで、俺は文乃の顔を見た。
見てしまった。
不満そうな顔でこっちを見つめる彼女の表情、祭りの間あまり顔を見てなかったが、いつからこんな顔をしていたのだろうか?
「どうした、文乃?」
「兄様、私は皆さんが羨ましいです」
「羨ましい?」
「はいとても羨ましくて、本当に悔しいんです。私の知らない兄様を知ってるのが、私以外にあんなに気を許してるのがとっても」
そう言われたが、俺はなんでそう言ってくるのかが分からない。
俺は嫌われていて、嫉妬されるなんて事があるはずがないからだ。
「本当に駄目です。昔から駄目だったのに、なんでこんなに酷くなったんですか」
「駄目って何だよ、俺は普通に過ごしてるだけで――」
感情が高ぶっているのか、文乃の語気が少し強い。俺に心当たりはなく、嫉妬される原因などが本当に分からない。
「そういうのが嫌いです鈍感兄様」
「……鈍感で悪かったな」
嫌いと言われてもいつものように喜べない。
「ずるいです。本当にずるいです、なんで私は海外に行っちゃったのですか、もっと兄様といたかったのに! 綾花さんにもどんどん先に行かれますし、兄様は駄目ですし!」
余程不満を溜めていたのか、文乃にしては珍しく荒れている。
俺に原因があることは分かるが、何をして欲しいか分からなくて俺はなんて言葉をかけたらいいのか分からなかった。
「……兄様、なんで兄様はこんなんなんですか⁉」
「その言い方は酷いだろ」
「だって、それ以外言えませんし。頭いいって言うなら察する力ぐらい強めてください!」
「十分強い。お前が元気ないって分かったし。それにお前を一人に出来るわけないだろ!」
そもそも弱かったらお前がここに一人で来るとかも分からなかっただろ。とそう伝えてみるように睨めば彼女は目を細めて。
「そういうのも嫌いなんですよ、なんで肝心な時だけ強いんですか!」
「どうしろと?」
「そのままでいてください!」
「訳分からねぇ……」
嫌われているのを喜べばいいのか、そもそも褒められいるのかも何も分からない。
俺はどうすればいいだろうか? ……というか、もう花火の時間も迫っているし、戻らないと心配される。
「文乃こそ、もっと可愛い事を自覚しろよ!」
こんなに言われているのなら俺も言っていいだろう。こいつと一ヶ月近く過ごしてきてたまった不満が沢山あるのだ
というか、言われっぱなしは癪である。
「お前が可愛いせいで、こっちがどれだけ我慢してるか分かってるのか?」
「知りませんよ、我慢しなければいいじゃないですか」
「……この馬鹿文乃」
「馬鹿に馬鹿って言われたくありません!」
こっちの気も知らずに散々言いやがって、本当にこいつは――。
「あぁ、もう。後で渡そうと思ったけどいいや」
そう言って俺はしまっておいた箱を取り出して彼女に渡した。
中身はさっき貰ったばかりの簪。調べたかったしもうちょっとちゃんとしたタイミング……即ち試験に受かってからとかで渡したかったが、もうこいつの機嫌を直すにはこれしかない。
「――これは?」
「簪……さっき射的で貰ったやつ。というか文乃、羨ましいって言うのならこれからなんかすればいいだろ。どうせ三年間一緒だろ」
「……なんで、私に渡すんですか? 藍さんとか綾花さんに渡せばいいじゃないですか」
「お前にしかこんなの渡さん」
「ホントですか?」
嘘ついてどうするんだよ。
誤魔化しはするが、俺は文乃に嘘をついたことは殆どないぞ。
「本当にほんとですか?」
「ホントだって、信じられないのか?」
「――信じ……ますけど」
よし言質は取った。
ならここから畳み掛けるだけだ。恥とかしらん、もう思った事全部言ってやる。というかどうせ嫌われるなら全部言ってもいいだろもう。
「文乃はマジでもっと気を付けてくれよ。気を抜いてるのか知らんが、家でだらけすぎだし、飯の時とか顔緩みすぎ、綺麗だし可愛いしもっと自覚しろ。お前の一面見せてくれるのは嬉しいけどさ、そういうのは好きな奴の前でやれよ。あともっと我が儘になれよお前」
「…………この兄様ほんと駄目――でも、なんか吹っ切れました」
はぁーと、本気で溜め息を吐いた文乃はそう言って俺に笑いかけてきた。
その様子からは今までの感じはなく、言った通り吹っ切れた感じだ。
「そう言うならもういいです。私もこれから本気で接するので。と言うわけで兄様簪付けてください」
「お、おう? いや自分でやれよ」
「我が儘になれって言ったのは兄様です」
「いや言ったけど……」
それは主人公の前でやって欲しいのであって、俺にするな。
そう思ったが、頑固になった彼女に何を言っても意味が無い。幼馴染みに鍛えられたおかげで女性の髪は結えるので、今の髪型を崩して俺は大人しく簪を彼女に挿した。
「綺麗ですか?」
「……そうですね」
「敬語やめてください」
「似合ってるよ」
「よろしい……です」
……あ、照れた。
文乃のキャラ崩壊を感じるが、彼女も彼女で恥ずかしかったのか少し顔が赤い。
というかなんだ? 俺は何をさせられている?
「さぁ兄様、ここで花火見ますよ!」
「いや、皆の所戻ろうぜ?」
結構な時間経ったし、皆に悪いだろう。
そう思ったが、文乃は毅然とした態度でこう続けてくる。
「嫌です。綾花さんとは二人で見たんだから私とも見ますよ! 異論ないですね?」
「あー了解」
「もしかして嫌ですか?」
「……嫌じゃない」
推しと一緒に花火イベント、それを喜ばないファンはいない。
だけど……皆とみるって決めたしとか言おうとした瞬間の事、
「じゃあ一緒に見ましょうね」
こっちの意志を破壊するレベルの笑顔を見せてきて、俺の台詞を遮ったのだ。
始まる花火、今頃皆が待っていると思うが、花火を楽しむ文乃から顔を逸らせなくて――。
「花火、見ないんですか?」
「いや、悪い……」
「なんで謝るんですか?」
吹っ切れた文乃が強すぎる。
なんかさっきより可愛く見えるし、なんか目が離せないし……何より楽しそうな彼女の姿を見るのが嬉しくて。
「そうだ兄様、試験受かったので九月からよろしくお願いします」
「……え?」
「あ、兄様これから本気で行きますから覚悟しててください」
最後の大輪が咲く頃、彼女は宣言するように笑った。
過去見た事のない大きな花火に、何よりそれを遙かに凌駕する文乃の笑顔。
「じゃあ、皆様の所に戻りますよ」
「あ、はい」
「何呆けているんですか? ほら、手を繋ぎましょう?」
それが、高校一年生夏の一番の記憶――俺の妹が最強になった日の事だった。
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