Ⅲ.ハイールラ探索

 炎魔と並んでハイールラを目指す中、俺は目に映る世界が未だに信じがたかった。これまでテレビの画面越しで見ていた世界の中に入り込んでいるのかと思うと、わくわくが止まらなかった。


「えらく嬉しそうだな」


 頭の上で手を組ながら歩く炎魔が俺を見て言った。


「へっ?……そ、そうかなぁ」

「なんかトラが嬉しそうだと、俺様まで嬉しくなる!」

「なんだよそれ」

「わっかんねぇ、ししししし」


 無邪気に笑う炎魔――。やはり、今俺がいる世界の黒幕は炎魔じゃない、そう断言できる確証が欲しい。そのためにも、あいつを探さないと……。


 しばらく続く山道を抜けると、目的地のハイールラの街並みが見えてきた。


 決して大きな街ではないものの、商いが盛んな街だけあって、色々な商品が並んでいる。目移りしそうな品揃えに浮き足立っていると、横から炎魔が顔を覗き込むように話しかけてきた。


「そわそわしてんのはいいけど、まずはよろず屋に行くんだろ!」

「わ、わかってるよ!」

「ならいいんですよ~」

「よろず屋は確か……あっちだったな」


 俺が目的地に向かって歩き出そうとすると、炎魔が俺の前に立ちはだかった。


「なぁ」

「えっ……何?」

「さっきも思ったんだけど、トラって……」


――なにかまずいことでもしたか……?思い当たる節がない……。


「すっげぇ道知ってんのな!」

「ん?……あぁ、……そうね……当て勘、かな」


――全然意識してなかったけど、確かにおかしいよな。初めて訪れる街なのに、どこに何があるかを把握してるなんておかしいよな。思えば、迷わずにここまで辿り着いている時点で気付くべきだった……以後気をつけよう。


「勘かぁ、俺様も勘、良くなりてぇ」

「ま、まぁ、そのうち身に付くでしょ」


 炎魔にはいつか、俺自身のことを話さなければいけないと思いつつ、タイミングは慎重に見極めよう……そんなことを考えながらよろず屋に向けて歩みを進めた。


 いくつか建物を通りすぎ、ようやく目的の『よろず屋』の看板が見えてきた。


「トラ~よろず屋発見したぞ~」


 俺よりも先に扉を開け、中に入る炎魔を俺は慌てて追いかけた。


 カランカラン――

 店内に響く鐘の音に店主が反応した。


「いらっしゃい。お求めの物がありましたら何なりとお申し出下さいませ……おや、これはこれは旅のお方ではありませんか」

「おっちゃんすげぇな!なんで俺様たちが旅してるってわかったんだ?」

「長年この店を営んでおりますと、見た目でわかるようになったんですよ。ははは、大したことない、年の功ってやつですよ」

「見た目……」

「特に、そちらのお方は顔つきが凛々しく、目指すべきことが明確になっておられるかと……」


 店主は俺の方をまじまじと見ながら言い放った。


「へぇ~見た目でわかるって、やっぱおっちゃんすげぇな!なな、おっちゃん!こいつに最初の武器を選ばしてやって!」

「なんと光栄な!是非とも、当よろず屋でお選び下さいませ」


 そう言いながら店主は店の奥へと一旦姿を消した。


――そう言えば、俺自身、この世界でまだ自分の姿を見たことなかったな……。


 店内を見渡し、自分自身の姿を確認するため、見つけた大きめの鏡の前へと小走りした。


「えぇっ?これ……が、俺っ?!」

「お?どうしたんだ。そんなにまじまじと鏡で自分の姿を見てよぉ……あっ!俺ってこんなにカッコいいのかぁ、なんて思ってるんじゃないの」

「……」


 炎魔の言う通りだった。

 鏡に映る俺は……前世とは全く違うくらい、男前だった!

 スパイキーショートの銀髪、端正な顔立ち、よく見ると瞳はグリーン……。これは正しく、俺が前世でプレイしていたときに設定したキャラと同じ容姿!


――まじかぁ……俺が設定してたまんまじゃん!まじかっけぇ!


「炎魔……炎魔には、その、俺の事どう見える?」

「はぁ?何言ってんのさぁ……鏡に映るまんまじゃん!」

「……そうじゃなくて……俺のこと、カッコいいと思うか?」

「なっ、なんちゅうこと言わすねん!……けど、まぁ……俺様の次にカッコいいとは思う」

「そうかそうか……これが俺か……」


 鏡の前でニマニマする姿を、炎魔はじとぉ~とした目で見ていたが、そんな事は気にもならないくらい嬉しかった。


――転生ってすごい!


 そうこうしていると、店の奥から店主が『3つの武器』を抱えながら戻って来た。

 

「お待たせして申し訳ありません。こちらがお選びいただけます初期武器となっております」


 カウンターに並べられた3つの武器——。

 『剣』『槍』『弓』

 俺は迷わず『弓』を手にした。


「これにします」

「ほぅ。これは珍しい……大抵の方は剣か槍を選ばれますのに」

「なんで弓なんだ?あんまり強そうな感じしないぞ」


 俺が弓を選んだのには訳がある。

 前世で【BRAVERY&BOND】をプレイしていた時、確かに剣を選んでいた。理由は単純、剣を振るう姿がカッコいいのと、他の武器に比べて最大限レベルを上げると一定時間ではあるが、魔獣に対する攻撃力がアップする。だが、攻撃力だけが上がったところで、結局はボス戦で見事にこてんぱんにされていたのがこれまでの俺……。

 だが、今の俺には炎魔がいる。攻撃力に長けてた炎魔がいるのであれば、至近距離戦は炎魔に任せ、俺は後方から弓で撃退すればいいのではないか。これこそが、俺がここに来るまでに考えた結論だ。


「弓は後方からでも攻撃できるだろ。俺には至近距離戦は無理な気がするんだ……。そこは炎魔に任せたい。あくまで俺は炎魔のサポートとして役に立ちたいと思ってるんだ」

「トラぁ!お前って奴は~」


 炎魔は目をうるうるさせながら俺に抱きついてきた。


「ちょ、やめろって!重いから!」

「ははははははは」

「仲睦まじいですね」


 店主の存在を一瞬忘れていた俺は、慌てて炎魔を引き離し、お礼を述べた。


「この弓、大事に使わせていただきます」

「ええ、ええ。きっとその弓も喜んでいますよ。存分にお使い下さい」


――そういえば、これまで弓を選択したことがなかったから、これからこいつがどう変化するか教えて貰おうかな……。


「あの……少し伺ってもよろしいですか」

「何なりと」

「ありがとうございます。……この弓って、使えば使うほど形とか攻撃力とか……もろもろ変わるのでしょうか」

「勿論でございます。武器は旅のお方にとっては一生ものの相棒です。その相棒は、使い手に応じて形や能力が開花します。同じ初期武器でも、ひとつとして同じものは存在しません」

「そうなんですね……知らなかったなぁ」

「全てはあなた様次第ですよ」


 にこやかに微笑む店主からは、どこか懐かしい雰囲気が漂っているように思えた。


――なんだろう……この包容力というか、温厚なところ……親父に似てるのかな。


 そんなことを考えながら、これからの旅で必要なものを揃えようと店主に声を掛けた。


「あと、いくつか頂きたいものがありまして……」

「何なりとお申し出くださいませ」

「そうだな……荷物がたくさん入る鞄とか、あとは……地図が欲しいです」

「かしこまりました。しばらくお待ちください」


 店主が注文した品を取りに行っている間、炎魔も店内を物色していた。 


「おっ!トラ、この薬とかいいんじゃねぇか!」

「それは別にいらない!」

「なんで!」

「素材さえあれば作れる!」

「おぉ!まじか!」

「トラガ様、色々とお詳しいんですね」

「いや……そんなことはないですよ」


 いつの間にか戻って来た店主の手元には……地図しかなかった。


「申し訳ありません……。当よろず屋では服飾品を取り扱っておりませんゆえに、こちらの地図しか準備できませんでした」

「いえいえ、そんなに謝らないで下さい。でしたら、この街で服飾品を扱っているおすすめのお店を教えて下さい」

「そう、ですね……この店を出てまっすぐ進んでいただけましたら、確か突き当りに多くの服飾品を扱っているお店があったかと思います」

「わかりました。ご親切にありがとうございます」

「こちらの地図ですが、使い方はご存知でしょうか」

「あぁ……いえ」

「俺様知ってるよ!」


――俺だって知ってる……。これまで旅して来たところだけ表示されるシステムだろ!前世の俺は全クリしているんだから、地図としては完成しているはず。……だけど、ここで知ってると言えば、また炎魔に怪しまれる。ゆえに、俺は知らないふりをしよう。


「こちらの地図ですが、これまで旅をされてきた場所がありましたらこのように表示されます」


 そう言い、店主が両手で地図を広げて持つと、ハイールラの場所が地図上に映し出された。


「おっちゃん!この街しか知らねぇじゃん!」

「恐れながら、私はこの街で生まれ育ったきり、街から出たことがありません。ですので、旅のお方がどこを巡って来られたのかこうして地図上で知り、地図の完成系をいつの日か、この目で見てみたいと思っております」

「それなら俺様たちに任せとけっ!ぜってぇ完成させて戻って来っから!」

「それは楽しみですね」


 無一文で転生した俺に変わって、地図は炎魔が支払ってくれた。

 

「おしっ!トラの武器も決まったし、地図も買えたし、んじゃあ行くか!」

「店主様、色々とありがとうございました」

「どうぞお気をつけて」


 店主に教えてもらった服飾店に向け、俺たちは店を後にした。




》》》》》


 炎魔とトラガの後ろ姿を見つめる1人の怪しい人影——。


「やはり……間違いないようですね。一刻も早く、あのお方に報告せねば……」


 2人の姿を見て高揚感に満ちた人影は、踵を返して来た道を歩き始めた。

 




 






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