第19話 水の精霊の血

「そうだわ、きっとそう。だって水の精霊の純血でしょう? 水の属性が百パーセントを占めているなら、ありえないことだって出来てしまうのかも」

「ありえない、こと……まさか、蘇生魔法も?」

 ベルナルトさんがたずねると、部屋の空気がにわかに変わった気がした。

 呆れたようにアロイスさんたちが言う。

「さすがにそれは無いと思うよ、衛生曹長くん」

「蘇生魔法まで出来てしまったら、世界の概念が変わってしまうわ」

「あ、そうですよね。すみません」

 蘇生魔法がないのはオレもよく知っていた。魔法は万能ではなく、なくても日常生活に支障はない。だからこそ得意な人は魔法使いと呼ばれ、魔法兵として国を守るために戦う。

「というか、そんなものがあったら、すでに世界の在り方は違っていただろうね」

「そうね。純血の地位は高かったでしょうし、きっと国が一族を保護して手厚く支援していたはずよ」

「たしかに」

 現実はその真逆。純血の一族についてはまったく知られていないし、保護されるどころかオレだけになってしまった。

「でも、ハインツにはそれくらいすごい力があるんですね」

「……」

 オレはまだ何も言えない。言葉がうまく出てこない。

「何と言うか、うらやましいな。僕は純血ではないけれど、母から聞いた使命を僕が果たさなければならないと思っていた。でもきっと、それはハインツのものだったんだなと、今では思います」

 オレはプレッシャーに弱い。あまりの重さに泣き出しそうになって、ぐっと顔を上げた。震えそうになる口で頑張って言う。

「すみません。また今度、ゆっくり話しませんか?」

「ああ、もちろん。僕も君と話したいことがたくさんある」

 するとアロイスさんが口を挟んだ。

「その時はフロレンツも同席するべきじゃないかい? ハインツの保護者なんだし」

「え、フロレンツって、もしかして――っ」

 ベルナルトさんの目が驚きで見開かれ、アロイスさんはうなずく。

「我が国が誇る世界最強の魔法使いだよ」

「な、んで彼が……」

 と、ベルナルトさんがオレへ視線を戻して目をみはる。

「あっ! あー……あぁ、いや、邪推はしないでおきます。すみません、気にしないで」

 と、額に片手をやった。どうやら何か分かったようだ。

 オレにはさっぱりなので首をかしげたくなったが、アロイスさんが話を進めた。

「それじゃあ、彼にはオレの方から伝えておくよ。日時は彼の予定を確かめないとならないから、決まったら君へ伝えよう」

「ありがとうございます」

 すぐにベルナルトさんは礼を口にしたが、その横顔はどことなく気まずそうに見えた。


 ベルナルトさんたちが帰った後、ジークさんは聖地について調べ出した。「盲点だったわ」と、つぶやいては、これまでに見てきた資料を最初から見直し始めたのだ。

 オレはプレッシャーのせいか疲れてしまい、毛布を借りてきてその上で休ませてもらった。少し眠るだけのつもりだったが、目を覚ますと窓の外は暗くなっていた。

 ガチャリと扉の開く音がし、うとうとしていた意識がはっきりとする。

「遅くなってすまないね」

 と、先生が入ってきて、オレは慌てて起き上がった。

「おや? 何かあったのかい?」

「あっ、いえ、えーと」

「やることがないから寝てただけよ」

 と、ジークさんが言い、先生は「そうか」と、うなずいた。

「それじゃあ、帰ろうか」

「はい」

 立ち上がり、靴を履いてから毛布をささっとたたむ。

 するとジークさんがたずねた。

「アロイスから話は聞いたかしら?」

「ああ、ハインツの親類が見つかったとか」

「え、それだけ?」

 拍子抜けしたようにジークさんが言えば、先生もきょとんとする。

「うん、あとは会った時に聞いてって言われたけれど」

 ジークさんがため息をつき、オレは少しだけそわそわする。

「それならしょうがないわね。ハインツ、話せる範囲でいいから話しておいてね」

「あ、はい」

 どうやら先生は何も聞かされなかったも同然のようだ。それならオレから話すしかないのだが、どこまで話せるだろうか。

 今から考えてもしょうがないのに、オレは悶々もんもんとしながら毛布を椅子の上へ置いた。


 季節は夏へ向かっているはずだが、今夜は妙に冷えていた。

「ベルナルトさんが言うには、オレは純血であり、聖地の番人の一族らしいと」

 夕飯を食べながらゆっくりと話をしていた。

 向かいに座った先生はわずかに目を瞠りながらも、冷静に返した。

「聞いたことがない話だね」

「はい。オレもフィクションじゃないかって思いました。でも、水の精霊の血を引いているから、オレの中には水の属性しかないみたいで、それでありえないこともできる、とかで」

「水の属性しかない、ってことはやっぱりジークの言ってた話とは違うのか」

「はい。ジークさんも定義を変える必要があるって、言ってました」

「うーん、何が真実なのか分からなくなりそうだ」

 同感だ。オレも頭が混乱して何が何だか分からなかったし、正直に言うと今でもまだ混乱している。眠ったおかげで多少はすっきりしたが、まだ心が受け入れていなかった。

「あと、詳しくは聞いていないんですが、聖地の番人としての使命があるとか……」

「うーん、番人だもんね。聖地を守るってことかな」

「えっと、たぶん……」

 ベルナルトさんが何か言っていたような気がするが、何だったか忘れてしまった。次に会った時にちゃんと聞いておかなければ。

「オレが聞いたのはこれくらい、です」

「そっか、ありがとう」

 先生がいつもは見せないようなけわしい顔をして黙り込み、オレも黙々と食事を進めた。

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