29:吸血鬼は古と邂逅す②
自らの影に沈み、先行する影へと移動する。この程度の芸当には一秒も必要としない。だったらそのまま影に走らせれば良いと思うかもしれないが、所詮は影であるから、本物の私に比べれば格段に遅く、今回の様に急ぐ旅の場合はお話にならない。
影から実体に変化して、翼をバサリと広げて北東へ。
前方に薄らと見える─
私ははるか先に見える大樹を見据えて、最高速度で森に向かって飛んだ。
国を数個と言う距離ではあったが、急ぎ旅の今回ばかりは『魔法』も併用したことで半日ほど─深夜すぎ─に森の入口辺りに辿り着くことが出来た。
さてこの森。
「う~ん結界が張ってあるようだね」
空を覆う大樹を使った結界の様で、『迷いの森』の『魔法』が施されている。『魔術』ではなく『魔法』だ、私も気を付けないと無事に『神獣』の元へたどり着くことは出来ないだろう。
たがこの結界を崩すのは簡単だ。
しかしそれをやればエルフから批判を浴びそうだよねー
自力攻略は時間の問題から却下とすれば……
「森の住人よ、私の為に働いてくれないかな?」
独り言のように聞こえるかもしれないが、これでもれっきとした『魔法』だ。言葉に魔力を宿らせて、古き森に棲むと言われる『精霊』に囁きかけているのだ。
ここは太古の『神獣』が棲む森だからきっと居るはずだよね?─居なければ独り言です─
そして現れたのは、長い緑の髪をした肌が土色の十五歳ほどの少女。ただしあちら側が透き通って見えるから、非実体の存在だね。
『わたしを呼んだのはあなたかしら?』
「君はドリアードかな? 悪いが時間が無いのでね、太古の『神獣』の元へと案内してくれないだろうか?」
『嫌よっそんなことをすればエルフが怒るわ』
光の眷属たる『神獣』に闇の眷属たる私を案内すれば、そりゃそうだ。
「そこは大丈夫だ。無事にことが終われば、きっとエルフは怒らないよ。
それでも気になるのならば、君には新しい森をプレゼントしてあげるよ」
幸いなことにうちの城のある森には守護者が居ないからね。別に彼女を守護者としてしまっても問題ないだろう。─引継ぎが上手く行けばその権限も容易に手に入る─
それを聞いたドリアードは、草木が風に揺れる様な音を出して微笑んだ。
『いいわっあなたを案内してあげる。代わりにわたしだけの森を頂戴よっ!』
「ああ約束だ」
半透明の精霊少女は木々を避けることなく、スーッと真っ直ぐに歩いていく。対して私は木々を避けて森の中を休むことなう駆けていた。
こちらの苦労も知らずに、何とも遠慮なくずんずんと進んでくれるものだね。
まったく、魔力が豊富な森では無かったらとっくに息切れしているよ?
精霊少女の案内で─最後まで真っ直ぐ進んだ─十分ほど進み。ついに大樹の根元に辿り着く。
ぽっかりと開けた場所、そこには、この森の象徴である大樹を背に背負った巨大な亀がいた。死の間際だからか、そこかしこに神気は溢れているのだが、巨大な亀の力は
巨大な亀がカパっと口を開き、
『……異世界の
なんとも珍しいことにあるものよな』
空気が震えるとはこのことかとばかりに、私の目の前で大きな声をだした。
「それはこちらの台詞だよ。あなたの様に大きな亀は初めて見るね」
でかい声を耳元で話しやがってと、少々嫌みを込めて答えてやった。
しかし答えていて、私は少々の違和感を覚えていた。
私を呼んだ時のか細い声とは違って、いま話している彼はとてもしっかりと言葉を出している。つまり私の見立てでは、『彼はまだ生きられる』と言うことになる。
そしてその見立てが正しいのならば、後継者を選ぶ必要はない。もしもそれ以外に原因があるとすれば……
「もしやあなたは生き飽きたと言う事だろうか?」
前世界で私の先代であったモノは、生き飽きてまだ若い私にその座を託して死んでいった。なぜ飽きたのかと聞けば、齢万年を超えた先代から、「千年に満たない若いお嬢ちゃんには理解できないよ」と、嗤われたっけね。
『ああこれは失礼した。あなたを呼んだのはわしではなく、兄じゃよ』
そして大樹と甲羅の間、その隙間を見る様にと言われる。ほんの小さな─机の引き出しほどの─隙間、そこには甲羅が半分砕けた、弱々しい『神』がいた。
今のその弱々しい姿は関係ない、神気溢れるその姿は正しく『神』であった。
「失礼いたしました。あなたがこの世界の最古の『神獣』でしたか」
私だって目上の人には敬語くらい使うんだよ。
『良、ぃ……』
か細い声が脳裏に響く、どうやらもはや声を物理的に出すことさえ出来ない様だ。
『分かって貰えただろう。悪いが兄は先が長くないのだ』
「ああしかと理解したよ。ただあなたが継がなくていいのかな?」
兄としては弟の彼に継いで貰いたいのではないかと思うのだが……
『悔しいがわしではまだまだ器が足りていないのだ』
これほどに大きな亀にして器が足りないとはね─器は物理的な意味ではないが、『神獣』の場合は大きさにある程度比例する─
おっと、前言撤回。
そう言えば兄があの大きさだったね……。この世界の『神獣』は私の知る常識とは少々勝手が違うかもだね。
ちなみに私の器が足るかと言えば、声が聞こえた時点でクリアされているはずなので、あえてここで証明する必要はないだろう。
だから話はスムーズに進み、
『
最後の言葉を振り絞るかのように、最古の『神獣』が殊更はっきりとした声で問い掛けてきた。そしてそれは、『神』がこの世界との決別を意味する言葉だった。
「はい、後の事は私が引き受けましょう」
そう告げると最古の『神獣』は穏やかな笑みを浮かべた。
そして私は、とても、とても重い─物理的にも─最古の『神獣』を手に取り、牙を突き立てて、その血を総べて吸い尽くして喰らった。
神の座の引き継ぎにより眠る─意識はあるが事情により動けない─こと約半年。
そもそも「はい交代ね~」と、そんなに簡単に封印する主が変われるわけはなく、この半年の間は、精神世界で決して滅ぶことのない始祖らと戦って私の力を見せつけていた。言い換えるならば今後は私が主人だと躾けていたと言うべきかな。
ちなみにここで私が敗北すると、体を食い破られたついでにすべての封印が解けて世界中に始祖が解き放たれると言う、実は世界消滅の危機でした~と言う儀式だったりするから注意だね。
まぁ絞りカスとは言え、先代の『神』を喰らっている私が負ける事はほぼ負けないけどね。万が一、いや兆が一くらいの可能性はあったかも?
半年後。
私は体の自由を取り戻し、やっと我が家に帰れる~とグィと背筋を伸ばしていた。
「長々と邪魔したね、かめ君」
『いいやこちらこそだ。兄の最後を看取ってくれて感謝するよ『神魔』殿』
「礼には及ばない、私は異世界人ながらこの世界の事は随分と気に入っているんだよ」
『そういって貰えて兄も喜んでいるだろう』
互いに笑顔で挨拶を交わして、私は森を後にした。
人の世界と言う意味では、特に何も変わることのない儀式。
しかし魔物の世界と言う意味では、主たる者が変わった瞬間を意味する。最古の『神獣』が封じていたモノは、今は私の影に
もしも私が不意に命を失えば、彼らが解き放たれて世界は滅ぶことだろう。
とは言え、私の密かな誓いでもある、氷ぃっちに殺されてあげる日には、私の魂を媒介にしてでも彼らには一緒に死滅して貰おうと思っているけどね。
そして、ずいぶん久しぶりに城に戻った私は、
「おかえりなさいませお嬢さま」
執事服で、以前と変わらぬ様子の丁寧な礼を見せる魔王やん。
「無事で何よりっす!」
親指をぐぃと立てニカッと笑う噛みくん。
「よかった、よかったわぁぁぁお嬢ちゃ~ん」
ぐじゅぐじゅと鼻水を流して抱き付いてくる眼鏡美女─台無しだ─
そんな
スッーと、私の影から現れた少女は、ひらりと飛翔して城の周りをぐるりと見渡す。そしてくるりと戻ってくると、
『いいわ~っ、この森はとっても綺麗っ素敵よ。気に入ったわ!』
どうやらこの子、自己紹介する気はないみたいだね。
「えーと、彼女はドリアードと言う精霊の、『どりあん』だよ」
『なにそれっ可愛くないから却下よ』
ぶぅたれるどりあんだった。
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