21:吸血鬼は血を辿る
はっきりと「必要」と言い切った代表くんを彼らは呆れ顔で睨み付けた。
「そうかな? わしにはそれほど危険な存在には見えないのだがね」
おっさんAの方が格上なのか、おっさんBは彼の意見に追従する様に発言をした。
「わたしもそう思いますな。
そもそも今回の謝罪金でさえ不要だと思っておったのです」
「こんな秘密裏に、魔物相手に協定を結ぶなど冒険者ギルドの名折れではないか?」
ここぞとばかりに言い様に言い始める二人。
「す、すみませんお嬢さま。こちら側で申し伝えが足りていない状態が起きてしまいました。直ちにサインいたしますのでしばらくお待ちください」
焦る代表くん。もはや冷や汗ダラダラで顔は見ていられないね。
「お二方は、名乗られておりませんでしたがどう言った肩書の方でしょうか?」
ここで我が家で唯一、人間保護の立場を見せる氷ぃっちが、すかさず代表くんのフォローを入れたが、
「わしらを知らんとはな、これだから最近の若い奴らは……
氷結の魔女と言ったか、わしはおぬしの生まれる十年前に『Aランク』になった者だ。そしてこちらのお方は『Sランク』冒険者として名を馳せた『跳矢の射手』様だぞ!」
ほぉチョーヤとな。
またしても美味しそうなあだ名が出たものだね。
なんでも現役時代は、外れて跳ねた矢でさえも魔物を倒すほどの実力だったそうだよ。まぁ私から言わせれば、的を外す時点で完全に二流だけどね。
さて、さも偉そうに踏ん反り返ったおっさんABだが、この場に居る他の二人は、そんなアピールはどうでもいいとばかりに焦っていた。
「お願いします。早くサインを!」
代表くんがペンをおっさんAに差し出しながら叫ぶ。
しかしおっさんは渋り、代表くんの声がだんだん荒くなっていく。
さらに氷ぃっちも焦りの表情で私をチラチラと見始めていた。私は別にどうでもいいのだけど、お気に入りの二人がこれだけ苦労していると言うのに、どこ吹く風で根拠もなく偉そうに踏ん反り返るこいつらは気に入らない。
挙句に、
「わしが一声かければ『Sランク』から『Aランク』の冒険者が五十人は集まるぞ」と、自慢話が始まっていた。
初対面でも、『氷結の魔女』は私の実力を見誤らなかったものだが、この豚たちはどういう事だろうか?
彼の言葉を信じるならば少なくとも片方は同じ『Sランク』冒険者のはずだ。しかし一向に私の実力に気付く様子は無い。
そして私は唐突に、あぁこいつらはギルドの利権を貪る癌なんだなと、理解した。
「いいね。じゃあ早速呼んでくれ。君たちの許されぬ罪として汚名を計上してあげようじゃないか」
終わったと言う絶望の表情を見せる二人と、ニヤリと悪い顔を見せる二人。さてどちらがどちらかは、言うまでもないね。
※
私の宣言を聞いて、代表くんはすっかり青ざめている。
「ね、ねぇお嬢ちゃん。考え直してよ、お願い!」
悲痛な声で懇願する氷ぃっち。予定ではこの二人だけの犠牲のはずが、飛び火して五十人になったから焦っているのだろう。
「お願いするのは私にじゃなくてそっちの
ただね、代表くんと氷ぃっちの働きっぷりに、私は敬意を払っている。だから参加した冒険者と、そこの豚の命以外は奪わないと保障するよ」
すると、
「承知しました。それが聞けて良かったです。
この豚の次の責任者には間違いなくサインさせます。この度はお嬢さまのお手を煩わせて申し訳ございません」
何とも切り替えの早い事だが、代表くんは早速この豚─私に見習い豚呼ばわりだ─二人は死んだものとして扱い始めていた。
もちろん豚二人はそれを聞いて顔を真っ赤にして怒り出すと、「お前は降格、いや首だ!」と叫んだ。
お気に入りの代表くんが首になるのは不本意だし、この豚たちにはどうやら反省が無いことが分かった。
「彼が首になるのならすべての約束は反故されたとみるけど良いかな?」
私がほんの少しだけ殺気を込めてそう凄んでみると、元熟練冒険者を名乗る豚どもは途端に冷や汗をかき始めて、みっともなく焦りだした。
いやマジでほんの少しの殺気だけだよ?─野生のドラゴンが逃げ出す程度です─
殺気に当てられて慌てふためく二人の豚。
「いや先ほどは貴女の実力を知りたくて試しただけの事。
サインならすぐにいたします」
と、見事な手のひら返しを見せてくれる。
飽きれる代表くんだが……、氷ぃっちはこの先の事が解っているのだろう。もう口を閉じて何も言わなかった。─視線を合わせない様にそっぽを向いている─
「豚のサインなどいらないよ。
それよりも。さあ、早く君たち二人と五十人の生け贄を差し出したまえ」
私は唇を歪めて笑ってやった。
あまりの事態に泡を食っている二人の豚。そんな暇があるならば早く味方を呼べばいいだろう、と言うのは意地悪かな?
確実に死ぬと分かって依頼を請ける冒険者は居ないからね。
つまり生け贄はこの豚二人だけ。しかし私は、この二人を殺して満足する様な優しい性格はしていない。
だから、
「血族すべてを殺せば五十には少し足らないほどかな?」
親兄弟にその従妹まで─血の繋がらない妻などは血族ではない─血族を殺しつくせば数は不足するが、妥協点としては良い程度だろう。
そしてそれを探すのは、私には容易い。肉を喰らう
「ひぃ、頼む。いやお願いします許してください!!」
「嫌だよ。君たちの犯した罪をちゃんと見ておくがいいさ」
ピッと爪で奴らの頬をひっかいて血を流させる。
その血を媒介に、口だけを歪めて笑いつつ、影を『魔法』で切り分けて飛ばした。影は血を追って彼らの血族を特定すると、片っ端から闇に引きずり込んで命を絶った。
懇願する彼らを無視して、沈黙することほんの五分。
突然、彼らの影から黒い手がいくつも伸びてきた。黒い手に囲まれて慌てふためく豚二人。黒い手は彼らの前で、まるで花咲くように手を開いていく。そして手のひらの上には、彼の血族であった者の生首が乗せられていた。
その数は五十には少し足りない、四十三個。
「「ヒッィヒィィ!!」」
見慣れた家族の生首を見て泣きわめく豚たち。
「さて少し足りないが、君たちの首二つで四十五だね。
代表くんに免じて大サービスだ、今回はこれで我慢してあげようじゃないか」
ニッコリ笑った顔は彼らにはどう映っただろうか?
その後、新しく代表となった─まだ代理だが─者はとても素直に─ただし怯えて時間が掛かったが─サインを終えた。
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