業深き箱

藤瀬京祥

1話

 それらは新たな人間たちの来訪を暗闇で、または物陰で固く口を閉ざして待ち受けていた。

 そんなことも露知らず、欲深き人間たちはまた一人、また一人と、生い茂る草木をかき分け、踏みしめやってくる。

 それらが待ち受ける迷宮を覆い隠す深い深い森を抜けて……。


「……あ、あった」


 顔に掛かる枝を押しのけたエラードは、前方に見える廃墟を見て呟く。

 すぐうしろを来るレレテがその肩越しに覗きこんでくる。


「どこどこ?」


 どこか期待に満ちたレレテの声は、すぐに 「あれが?」 と少し不満げに変わる。


「なんかしょっぼくない?」

「しょぼいって、お前なぁ……あ?」


 困ったように苦笑いを浮かべるエラードは、レレテを追い抜いてきたパーサルに背を押される。


「こんなところで足止めるなって。

 うしろが支えてんだから」

「悪い」

「ほら、レレテも立ち止まるなって」

「だってさぁ~」


 エラードはパーサルに背を押されるように、そしてレレテはさらに後ろから来ていたオルチカに手を引かれて茂みを出る。


「レレテはずいぶん不満そうね」

「だってさ、見てよ。

 なんにもないじゃん」


 そう言ってレレテは、ひらけた前方に見える廃墟を指さす。

 ひらけたといってもまだまだ樹木に多く覆われており、崩れかけた石柱や風化した石畳が茂る草木の合間からわずかに見えるだけ。

 それを見ればかつてここになにか建築物があったことがわかるが、すっかり森に飲み込まれて面影すら残っていない有様にレレテはがっかりしていた。

 だが一番後ろから来ていたシハクが言う。


「本殿はまだ先のはずです。

 なにしろ文献によれば、エルデーラ神殿は王都にある大神殿に並ぶ規模を誇っていたそうです」


 かつてこのあたりにあった王都は、突如として起こった魔物の氾濫スタンピードにより壊滅。

 命からがらに逃げ延びた人々は今の王都に場所を移し、新たな町を作り上げた。

 それから一〇〇年以上が経ち、町や人々の生活の再建が進むにつれ魔物の討伐も行なわれ、今ではすっかり樹海に埋もれた旧都は、冒険者たちの手によって遺物が探索されていた。


 彼らはそんな冒険者パーティの一つで、パーティのリーダーは剣士のエラード。

 エラードの副官的存在の、やはり剣士のパーサル。

 そして弓使いのレレテと魔法使いのオルチカ。

 神官のシハクの五人で組まれたパーティが今回訪れたのはエルデーラ神殿と呼ばれる、旧都最大と文献に残る神殿の一つである。


 だがようやく見つけた遺跡は虫の息といってもいいほど樹海に侵食され、今日明日にも消えてしまいそうな有様……と思ったのはレレテの早とちりで、シハクの予想どおり、さらに茂る草木をかき分けながら進むと壮大な遺跡が姿を現わす。


「これがエルデーラ神殿遺跡」

「そのようだな」

「確かに大きい」

「結構広いな」

「あちこち崩れててヤバそうだし、なにか出そうな感じだな」


 それぞれが遺跡を見た感想を口にする中、リーダーのエラードが弱気な発言をして肩をすくめる。

 するとパーサルも言う。


「まぁな、魔物の氾濫スタンピードから逃げ損ねた神官とか町の人とか、すげぇ人数が食い殺されてるわけだし」


 かつての魔物の氾濫スタンピードで犠牲になった人々の怨念が残っていてもおかしくはないというパーサルに、レレテは 「ちょっと、やめてよ」 と顔を引き攣らせる。

 するとオルチカが冷静に返す。


「馬鹿ね、そんなことを言っていたら旧都一帯は怨霊だらけよ」


 それこそかつての旧都一帯は、犠牲となった人々だけでなく、魔物同士で食い合った無数の死骸で埋め尽くされていたはず。

 そのほとんどは一〇〇年以上の歳月で風化し土に還ったはずだが、場所によっては骨が残っていることもある。


 それどころか討伐が進んでいるとはいえ魔物が全滅したわけではなく、ここに来るまでの道中も彼らは無数の魔物を切り刻みながら進んできたのである。

 冒険者をしていれば時に先行したパーティの遺体を見ることもあるのに、今さらいるかどうかもわからない過去の怨霊に怯えるなど馬鹿らしいとまで言って溜息を吐いたオルチカだが、すぐさまエラードを見て言葉を継ぐ。


「珍しく弱気ね。

 なにか気になることでもあるのかしら?」


 そう言って手にした大杖で地面を突く。

 尋ねられたエラードは少し困ったように苦笑いを浮かべながら、改めてエルデーラ神殿を眺める。


「……いや、まぁちょっと気になることがあるというかなんというか……」

「はっきりしないわね。

 リーダーであるあなたがそれじゃ、これ以上の探索は出来ないわよ」

「同感同感」


 少し茶化すようにパーサルが言うと、シハクまでが 「わたしも同じ意見です」 と続きエラードを困らせる。


「ちょっとエラード、まさかあたしたちに隠しごと?

 なんか知ってるんなら教えなさいよ!」


 胸ぐらを掴みそうな勢いでレレテにまで言われ、エラードは降参するように両手を上げる。


「わかった、わかった、話すよ。

 これは偶然耳にしたんだが……」


 そう前置きして彼は、王都を出立する前に冒険者ギルドで耳にした他の冒険者たちの話を他の四人に聞かせる。


「俺たちよりも一人多い六人パーティが、ひと月以上前にこのエルデーラ神殿を探索しているらしいんだ」

「すでに探索されてる?

 それなのに再度俺たちに依頼してきたっていうのはどういうことだ?」


 もちろん遺跡や洞窟など、何度かに分けて探索することはよくある話である。

 予想以上に探索規模が大きすぎて人数を増やしてやり直すこともあれば、消息を断った先行パーティの捜索など理由は色々あるが、当然ギルドは手持ちの情報を全て明かすもの。

 エラードやパーサルがすでに探索されていると聞いて引っかかりを覚えたのは、ギルドがその事実を彼らに知らせていないからである。


 なにかしら事情があって探索をやり直すなら、同じ轍を踏まないよう、やり直す理由を明確にすべきだろう。

 だがギルドはそうしなかったのである。

 レレテはすぐさま先行パーティの全滅を予想したが、その場合、ギルドがエラードたちに依頼するのは遺跡の探索ではなく先行パーティの捜索である。

 しかしギルドの依頼はあくまでも遺跡の探索。

 つまり先行パーティの捜索は必要ないというのである。


「ずいぶんおかしな話ですね」


 シハクも言う。

 さらにエラードが聞いた話によると、先行パーティは帰還しているというのである。

 つまりすでに探索を終えているにもかかわらず、ギルドは再度エラードたちのパーティに探索を依頼したことになる。

 規模が予想以上に大きすぎて予定の日程では足りなかったという可能性もあるが、その場合、すでに探索を終えている場所などの情報が欲しい。

 実際にエルデーラ神殿遺跡を見たエラードやパーサルは、その規模から、予定の日程では全てを探索するのは難しいと予想している。

 もちろんその場合、予定の日程で一度切り上げて王都に戻りギルドに報告。

 その上で再度予定を組んで探索に出立するか、別のパーティが二次探索隊として出立することになるだろう。

 別のパーティが二次探索隊として出立する場合、エラードは引き継ぎという形で手持ちの情報を全て提供することになる。

 これはギルドからの依頼料に含まれている契約だから当然のことだが、今回はそれがまるでなかったのである。


 残念ながらエラードが立ち聞き出来たのは、先行パーティが無事に帰還しているというところまで。

 それ以上のことはわからない。

 念のためギルドにも確認してみたが先行パーティはいないと言われ、それ以上は聞けなかった。


「……どう考えてもおかしいだろう、それは」

「だよな」

「せめてその話、出立前に俺にだけは話して欲しかった」

「エラードはそういうところがあるよね」


 パーサルだけでなくレレテにまで言われ、反省したエラードは 「次からは必ずそうする」 というが、今回は目的地まで来てしまっている。

 オルチカには 「次があればいいですけれど」 などと厳しい嫌味を言われたが、なにもせず引き返すことも出来ず探索を開始することになった。

 そしてこの遺跡に巣くう魔物に翻弄されることになるのである。

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