第30話 3度目の襲撃

◆◇◇◇◇◇



「困りましたね。ここからでは右も左も分からないです。」


セロ社長が頬の汗を拭きながら、困った表情で巨木を眺めるように視線を宙に這わせる。

確かに困った、どこを見渡しても同じ風景にしか見えない。

完全に迷ったようだ。


「申し訳ありません。」


小さい体を丸めて膝を抱えている姿は、親と逸れて迷子になっている子供の姿そのものに見えた。

なんともいたたまれない


「シャニカ、どうにかならないのか?」


「え~と、う~んと・・・。」


シャニカさんは座り込んで半べそをかきながら村の目印を探し、魔導具と地図を見つめ直している。


―――刹那。

周囲の木々が騒めき、野鳥が一斉に飛び立った。


「・・・何か来る!配置につけ!」


ネイが何かの気配を察知し戦闘態勢を取る。

周囲で1番大きな木を背にして3人の騎士が僕と社長を守る。


魔法騎士スペルナイトの剣に刻まれた4文字のルーンが赤く輝く。

彼女達の剣は旅に出る前にネイが独自に造ったミスリル鉱グラディウスらしい。

作製に時間がかかるものの、彼女のルーン技術も高水準の位置に達していた。


南西の方角から樹海の木々を激しく揺らし、こちらに向かってまっすぐ走り抜ける黒い影が見えた。

陽炎のように揺らめく黒い毛並みの巨体に、落ち窪んだ暗闇の中に見える業火のような瞳。

あれは・・・集落を襲った黒い獣!?

間違いない、タロス国で見た獣とは形状が異なるモンスターだ。


「あの獣は・・・」


僕もショートソードとライトバックラーを身に着ける。

怖いけど、僕だって以前とは違う。

本当に少しずつではあるけれど、色々な人に教えて貰った戦闘技術は無駄じゃないはずだ。

そして自分で造った特別製のルーン武具が僕を守ってくれている。

ショートソードに刻まれた勇気を与える「ケン」の文字がより強く、そして赤く輝く。

僕とネイは社長を守る様に戦闘態勢を取った。


「目標は2体!アネッタとルーティアは右舷に展開!シャニカは2人の支援。各個撃破を目指す!」


あの無口なネイが部下に指示を出している!

僕は見慣れない光景を目にして、少しだけ感動を覚える。

何か子供の成長を間近で見たような・・・そんな感情に近い。

いや、50歳以上年上なんですけどね。


巨木を縫うように駆け、獣の姿が間近に迫る。

以前タロス国で見た獣ほどの迫力はない。


「私が囮になって1匹足止めをする!もう1匹を頼むぞ!」


ルーティアさんが先行し、先頭の1体に斬り掛かった。

その後方からもう1体が跳躍し飛び掛かってきた。


「シャニカ!泣いてる場合じゃないぞ!」


「分かってるノ!二撃目は任せるノ!!」


騎士達の剣が電撃を纏い、薄暗い森の中で薄っすらと輝き「ジジッ」っと小さな音を立てる。

あれこそ魔法スペルと剣技の融合、魔法騎士スペルナイトの奥義。

魔石無しで武器に属性を付与する【属性アトリビュート付与エンチャント】。

船上で教えて貰おうとしたけれど、7日間ではとても習得できなかった。


雷を纏ったアネッタさんの高速剣撃が瞬時に獣の片目を切り裂き視界を奪い去る。

一瞬の出来事に怯んだ獣の隙をシャニカさんがつく。

獣よりも高く跳躍したシャニカさんは木々を蹴りながらジグザグに飛び、高めた魔力マナで全身に雷撃を纏ったその姿は、まるで落雷そのものに見えた。

その白い雷撃が薄っすらと軌跡を残しながら右目を失った獣の眉間を貫いた。


凄い!訓練の時とは動きが段違いだ。

あの小さな体を活かした起動力に加え、全身に身に着けたルーン武具で何倍にも強化された身体能力が獣を凌駕し圧倒した。

眉間を貫かれた獣は叫び声を上げながら消滅する。


「何かやたら揺れると思ったら戦闘中か。にゃぁ~~あ・・・」


頭の上で熟睡していたスピカが目を覚まして大あくびをする。

この状況で動じる様子は微塵もない。

・・・こいつの度胸は筋金入りだな。


「・・・しまった!!ネイ様!」


その時、獣を抑えていたルーティアさんの叫び声が森に響く。

もう1匹の獣がルーティアさんの間合いを抜け、こちらに走って来た。


「・・・私が守る。」


ネイが杖を構え、セロ社長に物理障壁を張る。

「おおっ!」と言いセロ社長が障壁を物珍しそうに触っていた。


「ねーちゃん安心しろ、ラルクは俺様が守ってやるよ!」


頭上からスピカの自信に満ちた声が聞こえる。

・・・その自信は一体どこから湧いてくるんだ。


「ラルク君、気を付けて下さいよ!労働災害になりますからね!」


仕事を優先したような台詞にネイの長い耳がピクッと動く。

ある意味凄くセロ社長らしい激励だと思うけど・・・ネイは少し気にくわなかったようだ。

心なしかセロ社長を守る障壁が薄くなったような気がする。


僕が魔力マナを込めると装備する武具のルーンが輝き全身を包む。


●イシルディンショートソード

ケン:炎の象徴。情熱、勇気、行動力のルーン。

シゲル:太陽の象徴。兄妹なエネルギーのルーン。

ティール:軍神の象徴。実力を発揮して勝利に導くルーン。

ニイド:必要と欠乏。大切なものを守る力のルーン。

※ケン・シゲル・ティールの相互作用で炎属性が強化される。


●イシルディンライトバックラー

イス:氷の象徴。停滞、土台を固めるルーン。

ハガル:ひょうの象徴。魔除けの力、アクシデントを意味するルーン。

エオロー:大鹿の象徴。仲間、友情を意味するルーン。

マン:人間の象徴。助け支え合いを意味するルーン。

※イス・ハガルの相互作用で氷結属性が強化される。

※エオロー・マンの相互作用で一定範囲に能力向上魔法バフが掛かる。


●イシルディンチェインメイル

ラド:車輪の象徴。旅や移動を意味するルーン。

ウィン:創造の象徴。喜びと充実を意味するルーン。

ヤラ:収穫の象徴。努力を実らせる力のルーン。

エオー:馬の象徴。変化や成長を助けるルーン。

※ラド・ウィン・ヤラ・エオーの相互作用で成長率が向上する。


12文字のルーンの力が僕の全身を包み、身体能力を向上させ気力が充実する。

その感覚はまるで1文字1文字が生きているかのように体に伝わる。


「俺様が守ってやる、やってみろよラルク!今のお前は船倉庫で泣いていたガキじゃないだろ!」


「ああ、今ならいける気がする!」


獣が周囲の木々を薙ぎ倒し僕等を狙って唸りながら突進する。

襲い掛かって来る巨大な獣の姿は生物の生存本能に直接訴えかけて来るものが有る。

しかし、僕は敢えて足を前へと踏み出す。


獣は至近距離から炎を司る上位魔法ハイスペルの火球を放って来た。

僕は素早く盾を構える。

2つの業火球が螺旋軌道を描きながらこちらに襲い来る。

しかし僕のルーンショートバックラーに触れた瞬間、上位魔法ハイスペルの業火球が蒸気爆発を起こし消滅する。

ルーンショートバックラーに刻まれた「イス」と「ハガル」の文字が氷属性を発動し相殺したのだ。

よし大丈夫だ、いける!!


放った上位魔法ハイスペルが目の前で消滅したのを見た瞬間、獣の前足が一瞬躊躇したように地面を抉る。

その時、3匹の龍を象った雷属性の上位魔法ハイスペルが獣の巨体を正面から貫いた。

ネイが後方から援護攻撃をしてくれたようだ。


「ギャオォォオオン!」


樹海に響く巨大な雄叫びをあげ、獣の動きが止まる。

その瞬間、戦線に追い付いたルーティアさんとアネッタさんの剣撃が獣の右前足を斬り落とす。


「ラルク君!今です!!!」


「はい!!」


バランスを崩し前のめりに倒れた獣の眉間を目掛けて剣を思いっきり振り下ろす。

剣の刃が獣を捕らえ、一撃で頭蓋を砕き内容物を貫通する。

派手に飛び散る紫色の血液をスピカの障壁が阻んだ。


「やるじゃねぇか!ラルク!」


「ありがとう!スピカ!」


頭の上から珍しくスピカが賞賛してくれた。

恐怖を凌駕した時、もの凄く気分の高揚を感じた。

鼓動が高鳴り体温の上昇が自分でもわかる、そして僅かに興奮した。

武者震いに似た、恐怖とは違う震えが全身の筋肉に伝わる。

良かった、僕はちゃんと成長している!

なにより食事の美味さ以外を褒める事の無いスピカの賞賛が嬉しかった。


深手を負った獣は傷口から激しく燃え上がり、やがて跡形も無く消え去った。

その光景を見て、僕はホッと胸を撫で下ろした。


「ラルク君、おつかれさまでした。」


「鍛錬の成果が発揮できたノ!」


アネッタさんとシャニカさんが一緒になって喜んでくれた。

普段冷静で口の悪いルーティアさんも薄っすら笑みを浮かべていた。

しかし、未だ帯電していたシャニカさんが無防備なセロ社長を感電させていた。


自ら戦おうと思って初めての実践を経験した。

今なら冒険者登録して、低位の討伐依頼なら達成できるかも知れないな。

装備を強化して万全な状態だったとはいえ、集落を襲った獣を倒せたんだ。

――記憶にあるフェイル村長の優しい笑顔を思い出す。

僕は仇を取る事ができたでしょうか・・・。


その後、騎士達は回復魔法を使い各々の傷を癒す。

皆かすり傷程度で、1番ダメージを負っていたのはシャニカさんに感電させられたセロ社長だったという・・・なんとも笑える話だ。


しかし、何故あの獣が生きていたのか?

しかも2匹も・・・

もしかして普通のもんすたーみたいに何匹も居るのだろうか?


スピカは「どっかで養殖してんじゃねーか?」と軽く話していた。

・・・なんて適当なんだよ、あんな凶暴な化物を養殖とかどんな業者だよ。


「・・・・まだ、気配が有る。」


ザワッ・・・っと風が揺らぎ、周囲の木々が一斉に葉を揺らす。

ネイが立ち上がり、騎士が周囲を警戒し臨戦態勢に入る。


「・・・10名以上の気配。」


周囲を取り囲むように何者かの気配がするらしい。


「獣じゃない、人の気配だ。」


僕達は社長を中央に防御陣形を取り、周囲の様子を伺う。

僕は感じる事ができないが、僕達は囲まれていて下手に動く事が出来ない状況らしい。


その時、僕等の前方に幾つもの光の球体が現れ、それが弾け薄暗い森を照らす。

一瞬目が眩んだが、すぐに光が治まり森を明るく照らす照明のように変化する。


「・・・貴様等は何者だ!冒険者か!?」


どこからともなく男の声が聞こえる。

姿は見えないが、誰かがこちらに向かって問いかけてきた。


「私達は友人の故郷アルフヘイムを目指している者だ!貴様は先の獣の主か!?姿を表せ!」


アネッタさんが姿の見えぬ相手に向けて、強い口調で叫ぶ。

威嚇とも取れる態度だが、先に出現した獣の飼い主かも知れない。


その時、正面の暗闇から1人の妖精種エルフの男が、仰々しい弓を構えたまま姿を現す。

そして弓や剣を構えた、金髪碧眼の妖精種エルフ達が次々に姿を現した。

もしかして、アルフヘイムに暮らす人々なのか?


「フォロスお兄ちゃんっ!!」


突然シャニカさんがパアッと明るい表情に変わり、正面の男性に対して叫んだ。

男は驚いた表情をした後、目を細めてシャニカさんを見つめる。


「お前・・・もしかして、シャニカか?」


自分の名前を呼ばれたシャニカさんは勢い良くフォロスと呼んだ男性の胸に飛び込んだ。

シャニカさんを抱きとめた男性の表情が笑顔に変わり、飛び付いた勢いに任せ2人はダンスをするかのようにくるくると回った。


「シャニカ!久しぶりだな!随分立派になって!分からなかったぞ!!」


男性はシャニカさんを子供を扱うように両手で抱えて持ち上げた。

その光景は、まるで若いお父さんと子供のように見えた。

周囲の妖精種エルフ達も口々に「シャニカか!」「シャニカ!」と言い武器を収める。

どうやら、ここにいる全員がシャニカさんの知り合いのようだった。



「すまなかった旅人達よ。同族・・・いや、家族の友人とは知らず武器を構えてしまった。詫びをさせてくれ。」


フォロスさんと仲間の妖精種エルフが深々と頭を下げる。

その後、僕達は先程までの経緯と事情を説明した。


彼等は目的地のアルフヘイムの住民で、村の近くで戦闘が行われている事に気付き偵察に来たとの事らしい。

そして、獣の事はこの辺りでは見た事が無いと話していた。

フォロスさんはシャニカさんの従兄に当たる人で、約20年ぶりに出会ったらしい。

僕等は改めて自己紹介を行い、街へと案内して貰う流れとなった。


道中、セロ社長がフォロスさんにディガリオさんの事を尋ねると彼は首を傾げる。

名工と呼ばれたルーン技師は既に街には居ないと言う。


「おかしいですね。レウケ様からの手紙では連絡が付いたと有りましたが。」


社長も事態が掴めずに困り果てていた。

ディガリオさんは工房を残し、街を去って15年になるらしい。

元々、放浪癖が有り若い頃は世界中を旅して回ったと話していたらしい。


そして樹海を歩く事、約1時時間。

フォロスさんの案内で無事に妖精種エルフの街アルフヘイムへと辿り着いた。

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