第16話 気持ち悪いんですけど……。

 陽向ひなたとのやり取りをする中で、陽日はるひは思い悩んでいた。これから先、どのようにして二人を結びつけたらいいのか。この世界で残された時間は、永遠ではなく数か月の命。それまでに何とかしなければ、全てが水の泡。智哉ともやとの約束も果たせず、儚く潰えてしまうかも知れない。


 では何故、過去にきてまで両親を引き合わせようとするのか。これには、陽日はるひの願いともいえる理由があった。1つは、二人の幸せな笑顔をもう一度見てみたいということ。そして2つ目だが、この内容は信頼を寄せていた智哉ともやにも話さず、事情を伝えることはなかった。


 そもそも当初の計画というのは、陽向ひなたの体を依り代として恋を成就させるというもの。これなら対象者にも近づき易く、自身の心を意のままに操ることが簡単である。しかし、想定外の出来事により、事態は思わぬ方向へと進んでしまった。


 たしかに、ネズミの体に憑依したならば、陽向ひなたの体は安全であるに違いない。とはいえ、そこから二人を導くとなれば、気持ちを繋ぎとめるのは至難の業。ましてや、会話の中で登場したキューピッドというのは、なんの役にも立たない全くの噓。


 よって、打開策も思い浮かばず、八方ふさがりの状態。おどけて魅せていたのは、打つ手がなく思案していたからだ。こうして、ついに万策も尽きかけ、諦めかけようとした瞬間――。陽日はるひは、ある事柄を思い出す。それは、肌身離さず持ち歩いていた日記帳であった……。



(ちゅぅ……いや、待てよ。当初の計画は駄目だったが、この方法だったら行けるんじゃないのか。問題は山積みだが、希望ならある。さっき父さんは、母さんのことが気になると言っていた。絶対にあの表情は、好きに決まっている)



 陽向ひなたは少なからず日葵ひまりを想っているに違いない。つまり、未来をより良い方向に変えられる可能性を示している。からといって、恋を成就させるには、大きな障害が存在していた。それは幼馴染という関係から、長年培ってきた距離感である。


 というのも、幼少期より一緒に過ごしてきたのであれば、何かしらの進展があってもおかしくはない。ところが、今の今まで何もないというのは、思いを伝えられていないだけ。こう考えるのが適切であると判断できるだろう。


 この原因として考えられるのは、一言でいえば性格の問題なのかも知れない。


 なぜなら、未来の両親をよく知る陽日はるひは、常日頃から雰囲気を肌で感じていた。二人は似た者同士であり、お互いに気持ちを伝えるのが苦手であると。つまり、この場所で言い換えるなら、友達以上恋人未満の関係。


 自ら進んで行動に移してくれれば、なにも考えることなく話は早いのだが。陽向ひなたの様子を窺う限りでは、まず無理であることは確かだ。だからこそ、外部からの介入が必要であった……。


「ちゅ、ふふっ、ふふふ。ありました、ありましたよ、1つだけ」

「んっ、なんだ? 急に笑いだして、気持ち悪い奴だな」


「ちゅぅ! 未来を変えずに、未来を変える。本当のキューピッドになればいいんです」

「はぁ? ついに頭でもおかしくなったか?」


 陽日はるひは不敵な笑みを浮かべると、満ち溢れた表情で宣言してみせる。それはまるで、これからの計画に対して、絶対的な自信があるかのよう。


「ちゅぅ。そうと決まれば、さっそく本題に入りましょう」

「本題?」


「ちゅぅ、そうです。――と、その前に、1つお願いがあるのですが」

「それってまさか、俺に無理難題を押し付ける気じゃないだろうな?」


 陽日はるひが話を続けようとしたところ、陽向ひなたは訝しげな表情を浮かべながら警戒心を強める。


「ちゅぅ、そうではありません。ただ、初めて会った時のように、父さんと呼ばせて欲しいんです」

「父さん? そりゃ、どういう意味だ!」


「ちゅぅ。だって、そうでしょ。僕が陽向ひなたさんと呼ぶのは、なんか違和感があって気持ち悪いんですよ」 

「気持ち悪い? 俺からしてみれば、お前に父さんと呼ばれる方が気持ちが悪いってもんだ!」


「ちゅぅ、ですよねぇ……。でも、体の持ち主にからしてみれば、そちらの方が言いやすいのは確かです。なので、そこをなんとか、お願いできませんか」

「なんとかって、言われてもなぁ……俺はお前の父親じゃないし……」


 陽日はるひの言葉に対して、困り果てた様子で視線を逸らす陽向ひなた。この反応からも分かる通り、複雑な心境であることに違いない。なぜなら、ネズミから父さんと呼ばれたならば、誰もが驚き戸惑うのが自然だからである…………。

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