日記②

『病院から緊急の連絡が入って私は家事を急いで切り上げて正則さんの元へと走った。昨日までは会話もでき、入院して少し安静にしていればすぐによくなると医者は言っていたが容体が急変したらしい。こんなことならもっと傍にいたかった。家に帰らずに最後まで隣で手を握ってあげていたかった……。苦しそうな正則さんはそれでも私の顔を見て微笑んでくれた。瑠璃が春恵を連れて駆け込んでくる。二人の顔を見て安心したのか苦しんでいたのが嘘のように安らかな顔をして正則さんは息を引き取った……』


 正則さんは自分の亡くなった日に書かれた私の日記を読んで何とも言えない表情を浮かべています。


「……言い訳させてくれ」

「なんなりと」

「まだイケると思ったんじゃ……。ほれ、お前さんも死ぬ時はなんとなく自分の死期を悟ったじゃろ」


 言いたいことは分かります。死んだ今なら痛いほど分かりますし、私にできる限り心配をかけたくなかったのでしょうね。その想いも分かります。


「けれど、―――最期の日くらいは一日中、貴方の傍にいたかった! すっごく私、後悔したんですからね! なんで苦しいなら苦しいってちゃんと伝えてくれなかったんですか! そうしたらその夜は傍にいてあげられたのに! どうして……、どうして……、どうして私を置いて行ってしまったんですか……」


 どうしようもなかったことは分かっています。それでも気持ちは収まらず、あの時のことを思い出して感情のままに正則さんにぶつけてしまいました。


「……ほんとうにすまんかった。なんと詫びていいのやら」


 シュンとして凹んでいる正則さんは私の大好きな正則さんのままで、死んでも変わらずに私の想いに対して真摯に向き合ってくれるその姿に胸が撃たれます。


「はぁ……。私の日記を読むからそうなるんですよ? まったく、―――これからはずっと一緒にいてくださいね」

「お、おぅ。そうじゃな。これからは死が二人を別つこともないこの世界で千代子、お前さんとずっと一緒にいることを誓おう」

「……とても嬉しいです。あの世でも貴方はこうしてプロポーズしてくれるんですね」


 自分の言った言葉の意味をやっぱり理解していなかった正則さんは頭を掻きながら照れていますが撤回する気はないようで、私はそっと彼の手に手を添えて次のページへと捲ります。


「そのうち貴方からプロボーズされた日の日記も出てきますけど、そんな調子で大丈夫です?」


 先立たれた鬱憤はもうありませんけど、また一緒にいてくれることを誓ってくれた正則さんを私は揶揄いながら日記の次のページに目を落とします。


『昨夜、遅くに加賀さん亡くなったと連絡が入りました。今日がお通夜となりますが、これで私の同級生は私以外の全員が天国へと旅立っていってしまいました。『思い出箱』は加賀さんから亡くなる前に受け継いでいますけど、出席名簿の加賀さんの名前を消すのが辛い……。そういえば息子さんがいたので彼女の日記をお通夜に持って行って渡さないといけません。もう箱の中には私の日記しか仕舞われていませんけど、このタイムカプセルとして使っていた箱はみんなの想いが詰まっている私たちの宝物です。例え中身がスカスカでも私が大切に保管しなければ……』


 そこには加賀小夜さんが亡くなった日のことが書かれていました。


「……ワシが言うのもなんじゃが」

「えぇ、正則さんが言いたいことはわかります。ですが、私たちはそれなりの歳でしたので」


 私の日記帖にはその先、日常の何ページか毎に誰かが天国に旅立っている日記が続いていました。

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