第3話

 あなた誰なの、なんてあまりにも笑えないことを言うもんだから思わずびっくりしちゃったけれど、考えてみれば絢ちゃんは不意にそういう冗談を言って私を驚かせる癖のあるお茶目な子だったと思い出して、動揺を見抜かれる前に見破ることのできた私は、逆ににんまりした。


「もう、絢ちゃん。転校したてでそんなこと言われたら、流石の私も本当に知らないのかと思ってびっくりしちゃうじゃん。そんなところも可愛いけど」

「え、や、ちがっ――んんんっ!?」


 絢ちゃんは何か言いかけていたけれど、それを聞く前に私は絢ちゃんの口を口で塞いだ。そのまま舌を差し込んで絡ませると、むせ返るほどの甘美な味がして、止まらなくなった。しばらくしてからぷはぁって離れると、私と絢ちゃんとの間でつながっていた線が絢ちゃんの口許に垂れた。ぽうっと赤らんだ表情とか、焦点の合っていない目とか、汗で湿った前髪とか、全部全部すごくえっちだった。興奮した私が絢ちゃんに近づくと、バニラみたいな甘い匂いがして、夢では匂いなんて感じたことがなかったから、すっごくドキドキした。もっと嗅いでみたくなって首元に顔を近づけると、ビクンッて絢ちゃんの身体が震えた。


「絢ちゃん、可愛い……」


 私はそのまま首の下の方から耳までキスを落としながら上へと上がっていった。その間も絢ちゃんはずっと不安そうにビクビクしていて、いつもの堂々とした感じとはちょっと違ったけれど、たまにはこういう趣向の絢ちゃんもすごくすごく可愛いなって思った。耳まで辿りついた私は絢ちゃんの形のいい耳の溝をなぞるように、そっと舌を這わせた。


「……ぃ…………、やぁ……っ」


 産毛を撫でるくらいのフェザータッチを意識しながら、私はくまなく絢ちゃんの耳の感触を確かめていく。震える絢ちゃんに「大丈夫だよ……」と囁くと余計に力を入れたもんだから、ぎゅうって抱きしめて「可愛い……可愛い……」って言いながら続きをした。そのまま五分くらい舌を動かし続けて、だんだん深く潜っていって、もう絢ちゃんの耳の中で私が知らないところなんてなくなっちゃったんだけど、飽きるなんてことはずっとなくって、というよりむしろ私の興奮はとどまるところを知らないくらいに上がり続けていって、理性の針がぽっきり折れてしまいそうだった。


 やがて絢ちゃんの痩せてるわりに大きい胸とかおもちみたいにすべすべの太ももの方へと自然に手が伸びていることに気が付いて、「もしも見つかってしまったら退学かもな」とか「絢ちゃんと一緒ならそれもアリかな?」とは思ったけれど、さすがに絢ちゃんの考えを確かめていないし、私と高校生活を楽しみたくて転校してきてくれたのかもしれなかったから、名残惜しいけれどここらでやめにすることに決めた。


「……続きはまた今度しようね」


 絢ちゃんにそう言ってから頬に口付けして離れると、絢ちゃんは


「なんなんですかぁ……」


 って涙目になった。また敬語に戻ってるなって思ったけれど、もしかしたら現実ではこっちの方が素なのかもしれないし、この絢ちゃんも可愛いから、このままでもいいかと思い直した。


 放心状態だった絢ちゃんはしばらくすると、恥ずかしそうに乱れた制服を直していた。終わった頃を見計らって、私は絢ちゃんに「いつ戻ろっかー?」と相談した。




「――え、あなた誰なんですか、って本気だったの?」

「だからさっきからそう言ってるじゃないですかぁ……」


 絢ちゃんと話をしていたら全然噛み合わないので、元をたどって行ってみたら、どうやら私のことを本当に知らないらしかった。うーん、おかしいな。夢の中では私と絢ちゃんはこれ以上ないってくらいにちゃんと恋人で、その夢から現実に出てきた絢ちゃんはやっぱり絢ちゃんだったんだから、本物のはずなんだけど。


 それならさっきからの反応も納得だ。私だって知らない女に急に連れ回された挙句、突然キスされながら身体をまさぐられたら絶対に怖い。ちょっと悪いことしたかなって反省したけれど、まあ結果だけ見ればどうせ付き合うことになるんだし、順番が反対になっただけで大した問題じゃないよねってことに気がついた。


「ま、いいや。じゃあ一応自己紹介しておくね! 私の名前は春日小鞠。絢ちゃんの恋人で、今まで絢ちゃんには小鞠ちゃんって呼ばれていたけれど、そこは好きに呼んでもらって大丈夫だよ。これからは現実こっちでもよろしくね!」

「ちょ、ちょっと待ってください! 私まだ恋人になるって同意していないんですけど」


 絢ちゃんが慌てたように言ってくる。姿形が全く同じだからついうっかりしちゃうけど、そういえばこの絢ちゃんは夢の世界の記憶がないんだった。だったらちゃんと説明してあげないと、不親切だったかもしれない。


「いやいや、私と絢ちゃんが恋人ってことは同意するとかしないとか、そういう浅い話じゃないんだよね。世界における定義っていうか。そもそもあっちの世界でもわざわざ『恋人になろう』なんて言った覚えはなくて、最初からお互いに自覚していたし」

「え、何それ。怖ぁ……」


 絢ちゃんがドン引きしたように自分の身体を抱いて後ろに下がった。その反応は、こちらの方こそ『え、何それ』って感じなんだけど。かなりショック。うーん、このままじゃ単なる私の妄想だって思われかねない。どうすれば現実の絢ちゃんに私たちの関係が本物ってわかってもらえるのかなと考えたところで、そうだと思いついた。


「なんだか信じてもらえてないみたいだし、証拠を言っちゃうけど――絢ちゃんって右胸の真ん中にほくろが三つ並んでるよね。オリオン座みたいに」

「え――」


 それを聞いた絢ちゃんは隠すようにバッと後ろを向くと、こそこそとブラウスのボタンを外して確認していた。そして硬直し、みるみるうちにペンキで塗ったみたいに耳が真っ赤に染まっていった。いそいそとブラウスを戻した絢ちゃんはまた涙目になって私の方を振り向いた。


「い……っ、いいいいつ見たんですか!」

「何回も見たよ」

「~~~~~っ!!!!」


 ハムスターみたいに頬を膨らませた絢ちゃんがぽかぽかと私を叩いてくる。けど、力は全然入っていなくって、そんなところも可愛いなぁなんて思いながら私は絢ちゃんのさらさらでやわらかい髪を撫でた。

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