第17話 明日に向かって
「勝ったぞー!」
変装したジンが王城門の上で叫んでいる。大声上げるジンは珍しいなぁ。レアだ。ちょっと拡声してるけどね。王城前の広場は大歓声に包まれた。
今のジンは幾つかある、この反乱を起こしたグループの一つのリーダーということになっている。変装してるけどね。そしてバックにあるのはハイワン商会という筋書きだ。
ハイワン商会の善行は広く伝わってたし、次の世代を任せるのも適任じゃないかと踏んでいる。
ジンの構想ではアイゼンさんを中心にした共和制の商業国家をこの地に誕生させるということ。アイゼンさんの説得はこれからなんだけどね。
あたしの隣にはフードを深く被ったリーンがいる。
「ごめんね。色々と巻き込んじゃって。」
あたしは、リーンの少し複雑そうな表情を見ながら声をかけた。
「いいえ。この結果はわたしも納得です。それより、これからどうなるんだろうって思ってしまって・・」
「アイゼンさんには一応の了承は取ってあるわ。具体的な説得なんかはこれからだけどね。」
リーンは少し驚いた顔をした。
「いつの間に・・・? お父さん、近くまで帰って来てるんですか?」
「あぁそうね・・もう少しかかるみたいだけど、すぐに会えるわよ。」
そうだった。アイゼンさんとのコンタクトは話してなかった。あたしは少し誤魔化しながらリーンに言った。
リーンはじっとあたしを見つめて、急に表情を和らげた。アイゼンさんが無事なのと、もうすぐ会えるという情報に嬉しくなったのだろう。
歓声はいつ止むこともなく続いている。今晩はお祭り騒ぎだろう。
♢ ♢ ♢
「ただいま戻りました!」
雑貨屋トワのドアを開けて、アイゼンさんが姿を現した。
「お父さん!」
リーンがいつものどこか落ち着いた雰囲気を捨てて、アイゼンさんに飛びついた。
「お帰りなさい! お父さ・・ 」
リーンは飛びついたアイゼンさんの肩越しに何かを見つけた様だ。
「お母さん・・?」
そこにはリーンによく似た濃紺色の髪を持った、女性が立っていた。
「リーン!」
女性はアイゼンの後ろから、皆を包むように抱き着いてきた。リーンはすぐさまアイゼンから女性の方に腕を回し、涙を溢れさせた。
「お母さん!お母さん!」
「本当に久しぶり! 大きくなったわね! 驚いちゃった。」
暫く戸口での親子との再会を、あたしたちは邪魔しないように眺めていた。ジンとふと目が合って微笑んできたので、あたしはその腕に手を絡めた。
「ジンさん。皆さん。改めて、ただいま戻りました。この度はお世話になりました。有難うございます。」
アイゼンさんがこちらへ来て深々と頭を下げた。
「お帰りなさい。アイゼンさん。無事で何よりです。」
「えと。紹介します。妻のシルファです。」
シルファさんはリーンと連れ立ってこちらに近づいてきた。リーンとはよく似ている。親子というより姉妹と言った方が良いくらい。
「この度は夫と娘が大変お世話になりました。いい機会だったので、リーンに会いに来ちゃいました!」
にこやかに笑うシルファさんは何かと思慮深い面を見せるリーンとは対照的な、言っちゃ何だけど、どこか子供っぽい面がある明るい感じの人だ。それで姉妹みたいに感じるのかな。
皆を応接間に促したあと、お茶菓子と飲み物を用意し、色々な話を聞いた。
シルファさんは彼女の一族の中では、言わば巫女的な立場にあり、土地を離れることができなかったそうで、仕方なく家族が離れて暮らす状態が続いていたらしい。アイゼンさんは旅の途中で時々会っていたようだけど、長旅を控えていたリーンとは本当に久しぶりの再会だったみたい。
「私を継いでくれる人が育ったので、任せられるようになったの!これからは一緒に暮らせるわ!」
そうシルファさんは言うと、再びリーンを優しく抱いた。リーンはというと、ぼうっとした表情で気持ち良さげにシルファさんを抱き返していた。
♢ ♢ ♢
「ところで、大体の状況はノエルさんから伺っております。色々と事態についていけないところがあるのですが、詳しく伺っても?」
暫く皆の再会を喜んで落ち着いたところで、アイゼンが話を切り出した。
僕は、リーンに話した組織のくだりから、この街の今後の構想まで改めてアイゼンに説明した。
ハイワン商会の組織が中心になってこの街を再生していくという方針は前もってアイゼンの了承をもらっている。
この街の勢力構造的にそれが最も上手くいくケースだということも理解してもらっている。僕がそうなるようにこの市民革命前から工作したけどね。
最早、ハイワン商会、如いてはアイゼンの家族を脅かす王家やトートイス商会の存在はこの街には既に無い。安心して戻って来ていいことを伝えた。
「勿論、王家もトートイス商会もこの街を追い出しただけに過ぎません。今後、どんな工作が行われるやもしれません。しかし、それを踏まえた組織づくりをすれば、そう変な事にはならないでしょう。僕も力の限り協力させて頂きますよ。」
僕は裏方でバックアップを惜しまないことを強調して、アイゼンにこの街を運営してもらうことを説得した。
「ジンさん。そこまでお膳立てしてもらって何ですが、ジンさん自身が運営に参加しないのですか? その理由を伺ってもいいですか?」
「僕たちの組織はこの街に留まらず、人々の平和を望んでいます。あぁ、これは宗教的なものではないですよ? 念のため。政治的、経済的に。です。それが組織の在り様です。勿論、国というものが存在する以上、政治や経済は対立を生みます。平等な結果など望むべくもないのですが、暴力による争いや悪意のある変革は否定します。」
「この街だけの問題ではない、と・・。分かりました。しかし、あなた方の所属する組織のメリットとは? 平和を望むだけでは食べていけないでしょう?」
「いやいや。商人風の言い方をすれば、世の中平和であれば食べていけるのですよ。逆に言えば争いのある世界では大損するわけです。争いのある世界で儲ける輩も世の中にはいますが、これが邪道なのは自明です。我々は損をしたくないので世の中を平和に導く。そう言ったところでしょうか。」
僕は、何となく煙に巻く言い方で誤魔化しながら答えた。
「ふむ。それはそうですな。理解できます。お話は分かりました。何にせよ、私たちを危機的状況から救って頂いたことに対しては全力で報いるつもりです。ただ、私は商人ですから政治向きのことは不明ですよ?」
「そこは、僕たちがバックアップします。ただ、何時までもという訳にはいきません。三年で仕組づくりを完成させましょう。優秀な専門家を付けます。」
どうやら説得はうまく行きそうだ。
「先ずは、商業国家を目指しましょう。政治形態は共和制で・・・・・」
♢ ♢ ♢
「行ってしまうの?」
リーンが寂しそうにその目を見上げた。
「ふふ。またいつでも会えますから大丈夫ですよぅ。」
ノエルが明るく返した。いつものメイド服姿で、旅行鞄を持っている。
リーンは不思議とノエルと仲が良かった。雑貨屋で一緒に店番することが多かったせいか、打ち解けた仲間という感じだ。
「これを貰って下さい。親友の証兼お守りですぅ。危ない時とか守ってくれると思いますよ?」
ノエルが銀色に光るメダルのついたネックレスを、リーンの首にかけた。これは本当にノエルの加護があるやつだわ。
「わたしもこれ・・」
リーンは慌てて自分を見まわし、髪のひと房をまとめていたリボンを解き、ノエルの金の髪のひと房に巻いた。
「リーンちゃん。ありがとうございますぅ。大事にしますね。」
ノエルは軽くリーンを抱くと、あたしたちの方に向いた。
「ご主人様方。またお会いしましょうね。待ってますよぅ。」
「じゃあ、ノエルまたね。」
あたしもノエルと抱擁を交わした。
「ノエル。ありがとう。色々助かった!」
ジンも軽くノエルの肩を抱いた。
「いえいえ~。またいつでも呼んでくださいね。」
そうして、ノエルは手を振りながら馬車に乗り、去って行った。
あの市民革命からしばらくたち、街は穏やかな雰囲気になりつつある。アイゼンさんが中心になって、各商会を取りまとめ、代表を決めた議会の様なものも立ち上がり、街が国としての体裁を取り戻しつつあるようだ。
さて、あたしたちの目的はトワを守ることで、その脅威はとりあえず取り除けたかな?
それだけ見ると過剰防衛って言われるかもしれないけど、実際にこの国は逼迫していたし。悪い芽は早く摘んだ方がいいのよ。
北方のヨークンは気になるけど、人口はここよりも少ないし、王家の散財のせいで、国力も大きくならない。当面は脅威にはならないと思う。そこに住んで搾取される国民には同情するけど、これは自分たちで解決しなきゃね。
ジンとあたしは極力この世界への不干渉を決めている。干渉するのは自分たちに不都合な時だけだ。
考えようでは、なんて我儘なんだろうと思うけど、干渉のし過ぎは自分たちの手に余るようになるのは明らかだ。あたしたちは神様じゃないんだから・・
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