第6話

「キャハハハハ! ケルス、はやい、はやい!!」

「しっかり捕まっときや!」


 モニカを乗せ、ケルスは一気に王城の庭を駆け抜ける。

 疾風となった白いそれは誰の目にも止まらない。

 高い壁も難なく飛び越えてしまった。


「やったぁ! ケルス、すごいのでつ!!」


 モニカ、大はしゃぎ。


「んで、どこ行くんや?」

「どこでもいいのでつ」

「お外に出られただけでええんか」

「モニカ、おしろのおとそは知らないでつ。だから、分からないのでつ」

「ほんまに箱入りやねんなあ」

「モニカ、箱のなかには入っていまてん」

「もののたとえや」


 ぽかぽかの日差しの下、城の外をのんびり散策。

 それもいい。

 幼女と大きなわんこの組み合わせである。目立つから街に入るわけにはいかないだろう。モニカが望まないならあえて街を選ぶ必要もない。


「ワイのお気に入りの場所。変わってへんかったら、あそこならええか」


 少し考えた後、ケルスはまた走った。

 森を抜け、草原を駆け、山を越える。

 昔暴れまわっていたころを思い出しつつ、世界を疾風はしる。


「気持ちええな。モニカ嬢ちゃんはどうや?」

「たーのーしーいーっ……、でつ!!」

「ほんま、根性据わっとるなあ」


 着いたところは、南の湖だった。

 さざ波が立つ、青い空を映す湖面が宝石をちりばめたように美しい。


「きれいでつ! おみずたくさん、初めて見るのでつ!!」

「ワイが骨休めにって来とったところや。秘密の場所やさかい、誰も来んわ。今でも変わりなさそうやさかい、のんびり出来るで」


 と、ケルスがいい終わらないうちに、もうモニカはケルスの背から降りて走っていた。


「走ったらこけるで」


 いったら、こけた。

 盛大に。


「ほらほら、あぶないやんか」


 ケルス、慌てて駆け寄るも、水辺にジャンプしたようなもので、モニカはちっとも痛くなさそう。

 それより何より、楽しそう。


「キャハハハ! おみず遊びでち!」


 バシャバシャと手も、足も使って、気持ちよく水とたわむれている。


「平和やなあ」


 ケルスの独り言はモニカには遠い。


「お嬢ちゃんも楽しそうや。百年前には考えられんことやなあ。子どもが元気に笑ってるやなんて。平和になったんやって、つくづく思い知るわ。これがええんや、これが。これで」


 午後の日差しふりそそぐなか、穏やかにケルスはモニカを見詰めるのだった。


「ケルス、ありがとうでつ」

「ああ? ああ、どういたしまして」

「モニカ、たのしかったでつ」

「そりゃ、良かった。じゃ、まあ、もうそろそろ帰ろか。夕飯前には帰らな」

「いやでつ」


 モニカ、わがまま炸裂。


「あかんて、それは」

「もっと……、遊ぶのでつ……、もっといろんなとこ……」

「もっとって……」


 モニカはもう目をこすっている。

 声に力なく、何だか体も揺れている。


「ほらもう、エネルギー切れやがな」

「……いや! ……で、つ……」

「ハイハイ」


 ケルス、むにゃむにゃモニカをまた背に乗せた。


「また連れてきたるさかいにな」

「おやくそくでち」

「ああ」


 ケルスのふかふかモフモフの毛は魔法のじゅうたん。

 すやすや眠るモニカを包み込み、走っても決して落とさないのである。

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