第8話

 モニカは兄と共に城へと戻っていく。

 馬に乗せてもらい、はしゃいでいる。

 大好きな兄、滅多に乗せてもらえない馬にも、大変ご満悦なのである。

 ここまで連れてきてもらった、ケルスのことなどすっかり忘れているご様子でもある。

 幼女はまことに勝手である。


「これでええわ」


 木陰から、ケルスは独り言つ。


「さぁて、これでワイも……」

「どこへ行くの?」

「寝床へ戻らせてもらうわ」

「ふーん……。おとなしいのね?」

「別にそんなん、ワイの勝手……」


 ケルスのたてがみが逆立つ。


 いつの間にとの言葉の前にもう、ケルスの警戒心は空を向いていた。


「ワイの頭んうえ取るやなんてなあ。千年、そんなん、おらんかったわ」


 上をにらみ、牙をむく。

 赤い目はその視線だけで敵を射殺すほどに輝き、口からは今にも地獄をも焼き尽くす炎を吐き出しそう。めきめきと体を大きく、本性あらわし、たてがみにはいかづちをまとう。


「あらぁ。こわい、こわい」


 頭上には一人のうら若き乙女。

 空飛ぶほうきに座り、すらりと長い脚を放り出す。

 言葉のわりには余裕綽々しゃくしゃく、伝説の魔獣ケルベロスが巨体で圧し、牙をむいていても平然としている。

 流れる雲のような悠然たる態度こそ、恐れを抱くものである。


「なんや、あんた」

「うーん……。それより先に、訊きたいことあるんだけど?」

「なんや?」

「答えてくれんだ」

「気まぐれや」

「で、その気まぐれで妹と付き合ってくれてるわけ?」


 大神官リジェルである。

 モニカの姉であり、ヘイエルの双子の妹の。

 驚いたのはケルスであった。


「あんた……」


 ニヤリと、不敵にリジェルは口元を上げた。


「わたしが何者かはまあ、どうでもいいとして」

「よかないわい。なんぼえげつないほどの魔力持ってんねん。そんなん、百年前どころか、千年……。いやもう、魔界にも人間界にも滅多におらんわ」

「おほめにあずかりありがと。でも、そこじゃないわけ、私が訊きたいこともいいたいことも。あ、ちなみに私の名前はリジェル。大神官やらせてもらってまぁす。あの子の姉でもあるから、そこんとこ以後、よろしく」


 軽い。

 リジェル、伝説と相対しているのに、あくまでも軽い。

 大神官の役柄上、百年ぶりの魔獣の解放など警報級の惨事ではないのか。

 ケルスがいぶかしむこと、頂点に達していた。


「なに、考えとんねん……」

「それはこっちが訊きたいこと。あなた、魔界に戻る気はないわけ? 解放されたっていうのに」

「あほ抜かせ。なんで愛想尽かして捨てた場所に戻らなあかんねん」

「捨てた?」

「こき使われてたまらんかったんや。あれやこれや言い始めたらきりないわ、あの暴虐魔王」


 ケルス、吐き捨てる。

 嫌悪感ありありと。


「ふーん……。なんか、聞いてた伝説と違うのね」

「そういう態にしたんや、お互いの利を取ってな」

「どういう意味?」

「ワイは別に、人間に負けたわけちゃうっちゅうこっちゃ。自分であそこを寝床にしたんや、ゆうたらな」

「つまり、あなたを捕らえたってことにしておけば、あなたは体よく魔界からオサラバ出来る、王国は体面を保てると」

「ま、そういうこっちゃな」

「同盟なんて一枚岩でもないから、魔界どころか人間界のそれへのけん制まで出来ちゃうわけだ。あなたがお城の下で寝ているだけで」

「よう分かっとるやないけ」

「ありがと。でも、それは正史に残せないわけだ。まさか魔獣と王国が裏契約していたなんてね」


 リジェル、さすがに頭の回転は速い。

 大神官の名に恥じないさとさで過去を理解したようだ。

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