第51話

 布美ふみが葛城氏へ嫁いだことは、朝廷へも報告がなされた。そして、数日後、朝廷より祝いの品と勅を持って、役人が葛城山へとやって来た。

葛城玄理かつらぎのくろまろ。妻を迎えたことを祝い、これを与える」

 と役人が祝いとして与えられた物を読み上げた。それから、

葛城玄理かつらぎのくろまろに、宮内省にて呪禁師じゅごんしを命ずる」

 役人は勅の書かれた書を玄理くろまろに渡すと、玄理くろまろはそれを恭しく受け取り、

「ご期待に沿えるよう努めます」

 と言った。役人は、仕事を終えると帰って行ったが、葛城山では、突然の詔に騒然とした。


大王おおきみはなぜ、玄理くろまろを朝廷へと召されたのか?」

 玄理くろまろの父は眉を寄せた。

「大王には何か考えが?」

 まどかも訝るように言った。勅は絶対命令であり、玄理くろまろは朝廷へ上がるための支度を始めていた。そして、今、ここには玄理くろまろを除いた葛城山の上級の修験者が集まっていた。

「宮内省には物部もののべがいる。玄理くろまろをどうするつもりだろうか?」

 先の大戦では、物部氏と葛城氏の壮絶な戦いで、互いに殺し合い、多くの命が散っていった。戦いは物部が勝利して幕を閉じた。その因縁がまだ色濃く残る今、なぜ、大王は物部氏の者と葛城氏の者を近づけるのか? 皆、それぞれ考えてはいるが、答えは見つからなかった。何かの罠だとしても、それを拒む事さえできないもどかしさに、苦悩するのだった。


 翌日、支度を終えた玄理くろまろ布美ふみは、山を下りて都へ向かった。幾つもの荷車と玄理くろまろ布美ふみが乗る牛車、都で彼らに仕える従者を伴って、大行列となっていた。

玄理くろまろ様? 朝廷へ召されるのは名誉な事なのに、なぜ、皆の顔がすぐれないのでしょうか?」

 布美ふみ玄理くろまろに聞くと、

布美ふみ、お前は何も心配することはない。ただ……」

 玄理くろまろは二人の乗る牛車に結界を張り、

「大王のお考えが俺たちには分からない。物部の者と共に務める事になるが、何か企みがあるかもしれない。皆はそれを案じている。お前の事は俺が守る」

 そう言って、布美ふみを抱き寄せて頬に口付けをした。玄理くろまろは、布美ふみを安心させるためにそう言ったものの、大王と物部の企みが分からない今は、対処のしようもなく、布美ふみを守る事が出来るかも分からなかった。ただ、これは玄理くろまろ一人ではなく、物部氏と葛城氏の問題であり、そこに大王が関わっている。葛城氏はこの件を調べ始めているはずで、何か仕掛けてくれば、それに対抗する術はある。敵が動くまではまだ、こちらも動かずその動向を探る。玄理くろまろを朝廷へ呼び寄せたのは、敵が玄理くろまろを警戒しているからであり、目の届くところへ置いておくためだろうと、玄理くろまろは考えている。しかし、これは葛城氏にとっても好機なのだ。玄理くろまろが敵の動向を探るために、その最深部へと入る事が出来るのだから。


 半日ほどで都に着くと、そのまま大正門をくぐり、宮殿まで行った。入り口の門で確認を取ると、そのまま牛車は中へと通されて、他の者たちは門前で待つことになった。玄理くろまろは大王に拝謁すると、

葛城玄理かつらぎのくろまろ、先の大戦での活躍、物部の敵ながらあっぱれであったと聞く。物部布都久留もののべのふつくるの言葉添えもあり、お前をここへ呼んだのだ。務めを果たせよ」

 と大王が言う。

「ありがたいお言葉を賜り、恐悦至極に存じます」

 玄理くろまろが平伏して言うと、

「うむ」

 大王は満足そうに頷いて、

「もう、下がってよい」

 と玄理くろまろを下がらせた。

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