第49話

 翌朝、玄理くろまろが目を覚ますと、布美ふみはいつものように玄理くろまろの傍に座していた。

布美ふみ、おはよう」

 玄理くろまろが微笑みを向けて声をかけると、

玄理くろまろ様、おはようございます」

 と布美ふみも笑みを返した。

布美ふみ、身体は大丈夫か? 昨日はたくさん歩いて疲れただろう?」

 玄理くろまろが気遣うと、

「はい。もう大丈夫です」

 と布美ふみは微笑んで答えた。その時、宿の者が来て、

「お食事をお持ち致しました」

 と言って、部屋の入口に膳を置いた。

「うむ、ありがとう」

 玄理くろまろは礼を言って、膳を運ぼうとすると、

玄理くろまろ様、私がお運びします」

 と言って、布美ふみが立ち上がろうとした。しかし、布美ふみは立ち上がれずに倒れ、玄理くろまろがすかさずその身体を受け止めた。

布美ふみ、お前……」

 昨日、遠路を歩き、足を痛めたのだと知ると玄理くろまろは、

「足を見せなさい」

 と言って、服の裾を捲り、布美ふみの足を露わにした。靴で擦れた足は血が滲み、ふくらはぎは熱を持って腫れていた。

「こんなになっていたのなら、どうして俺に言わなかったのだ? お前を背負って歩くことも出来たのに」

 玄理くろまろが言うと、

「私は玄理くろまろ様のお荷物になりたくはありません」

 と布美ふみは強い意志のある眼差しを向けて答えた。それを見て玄理くろまろは微笑み、

「分かった。けれど、お前は俺の大事な妻だ。お前が傷つくのは俺も辛い。だから、もう傷つかないで欲しい」

 そう言って、布美ふみの足にそっと口づけをして、息を吹きかけた。すると、ふくらはぎの腫れと赤みが引き、血の滲んだ足の傷は塞がった。そして、用意されていた足拭き用の水に布を湿らせて、布美ふみの足を拭いて血のあとを拭った。

「さあ、頂こうか」

 玄理くろまろは料理の乗った膳を運び、二人で静かに食して、膳を部屋の入り口に置いた。


 支度を済ませ、

「温泉はどのあたりにある?」

 玄理くろまろが宿の者に聞くと、

「あちらの方向に、十町ほど行くとありますよ。温泉の傍には建物があります。行けば分かりますよ」

 と教えてくれた。

「ありがとう」

 玄理くろまろは宿の者に礼を言うと、

布美ふみ、お前を歩かせはしないよ」

 と布美ふみに笑みを向けて、その身体を掬う様に優しく抱き上げて、そのまま飛翔した。暫く飛んでいると、眼下に湯気の立つ温泉と建物が見えてきた。

「あそこだな」

 玄理くろまろがふわりと降り立つと、それを目にした者が驚いて、

「神様が降臨なされた!」

 と平伏した。

「いや、俺は神ではない。仙人だ」

 と笑いながら言って、

「顔を上げて、俺たちは温泉に浸かりに来た」

 と言葉を続けた。

「そうでしたか! 仙人さま、どうぞ。この小屋の中で服を脱いで、奥へ行けば温泉があります」

 と男が案内した。

「うむ。ありがとう」

 玄理くろまろは礼を言って、布美ふみを抱えたまま小屋へ入った。そして、そっと布美ふみを下ろして、

「俺が脱がせてやろう」

 と言って、布美ふみの服を脱がせようとしたが、その手に布美ふみが触れて、

「いえ、自分で出来ますから」

 と頬を染めて言った。

「そうか」

 玄理くろまろは笑みを向けて言って、服を脱いで布美ふみを待った。

玄理くろまろ様、恥ずかしいので先に入っていて下さい」

 布美ふみにそう言われて、先に湯に浸かって待っていると、布美ふみが恥ずかしそうに身体を隠しながら小屋から出てきた。

布美ふみ、恥ずかしがらなくても」

 と笑みを向けて玄理くろまろが言うと、

「あまり見ないで下さい」

 布美ふみは顔を真っ赤にして、身体を隠しながら湯をかけてから、温泉に浸かった。

布美ふみ、もっと傍に」

 玄理くろまろがそう言って、布美ふみの身体を抱き寄せると、

玄理くろまろ様!」

 布美ふみは恥ずかしくて堪らず顔を覆って、

「困ります……」

 と消え入りそうな声で言った。玄理くろまろはそんな布美の反応に刺激され、

布美ふみ

 と声をかけて、自分の方へ向かせて抱きしめた。

「お前は、本当に可愛いな」

 そう言って、口づけして、

「ゆっくり浸かって、疲れを癒せ」

 と布美ふみに微笑みを向けた。

玄理くろまろ様」

 布美ふみはもう、顔を覆ってはいなかった。鼻先が触れるほど顔を寄せて見つめ合い、二人はゆっくりと湯を楽しみ、身体を癒した。

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